第12話 王の戦い・1~出会い頭の砲撃
ユーニウスの月の五日、午前。南ライゼ平原。
予定通りアラン率いる討伐隊は、アロイス=ギースベルトの一団と
このライゼ平原は、西には鉱山地帯が、東には山脈を見渡す事が出来、遮蔽物となるようなものがほぼない土地だ。土壌の性質もあってか植物は膝下程度までしか育たず、また野生の草食動物が植物をまんべんなく
戦いにおいては、奇襲や不意打ちがしづらい反面大局を視認しやすい、そういう地形だ。
街道沿いに陣取る形だが、北の町アーシーと宿場の先にあるフーリア村には討伐作戦の為の通行制限を通達している。強制ではないが、『戦いに巻き込まれたくなければ討伐完了まで待つか迂回しろ』と暗に示した形だ。
アロイス=ギースベルトの一団は、街道の道幅いっぱいまで横に広がった状態で立ち止まった。
前方には槍を構えた歩兵が二十名程おり、その後ろには縦にも横にも大きい二頭引きの馬車だ。中央の支柱から布が円錐状に広がっており、まるでテントを移送しているかのようだ。
すぐ後ろの箱馬車のキャビンの正面には、ギースベルトの家紋であるカサブランカの花の彫り物が飾られている。アロイスがいるとしたら、あの中だろう。
残りの二百名を超える兵は、箱馬車に追従していた。馬に騎乗しているものも十名程いるが、その多くは歩兵だ。後方に二台の幌馬車も見えたが、恐らく荷物を積んでいるのだろう。
アロイスの一団とアランの討伐隊との距離は、大体五百メートル。戦う気があるのならば、もう少し先の段階で陣形を整えるのが定石だが───
(陣形を展開する気はおろか、箱馬車から出るつもりもないとは。大した度胸だ)
既に言葉を交わす時期は過ぎた。礼儀を知らない腹違いの弟にかけてやる情けなど、持ち合わせてもいない。
「では、ミロシュ=スハルドヴァー大尉。”鏑矢”を───」
「な、なんだ、あれは!」
”矢合わせ”の指示をしようとしたその時、先にいる兵の誰かから声が上がった。
張り詰めた空気につられて改めて正面を見やると、二頭引きの馬車の荷台にかけられていた布が外され、その中身をさらけ出していた。
馬車の荷台には、二つの物体が置かれていた。
まず、荷台の幅とほぼ同じ大きさの鉄格子があった。鉄格子の中には、十人程の人間の姿がある。彼らは格子を掴んで何事かを叫んでいたが、何故か声は全く聞き取れない。
そして鉄格子の上にあったのは、丸みのある縦長の壺のようなものだった。成人男子一人くらいならすっぽりと入れるだろうか。光沢のある赤墨色のそれは、口をこちらに向けて固定されていた。
その壺を守るように、苔色のローブを着た者達五名が鉄格子の上で座している。フードを目深にかぶっており顔までは分からないが、手に持つ金属製の杖から魔術師ではないかと推測は出来た。
「”ゲィア・ソゥ・エトィモティヤナート、ティヤ・パティソ・ト・プトマ・ソウ”───」
異様な光景に討伐隊が呆気に取られる中、壺の底側にいた魔術師が立ち上がった。手に持った杖を掲げ、高らかに詠唱を始める。
「”アフティ・ィ・フロガ・ティヤ・フタセィ・セ・エサス・カィ・ティヤ・カネィ・タ・パンタ・スタチティ”───」
馬車の土台を含め、鉄格子も巨大な壺も複雑な紋様が刻まれ、赫々と発光して行く。光景はアランにも憶えがあった。荷台全体に魔力が循環している証だ。
やがて、壺の内側に真っ赤な光の玉が現れた。徐々に、肥大していく。
動揺が討伐隊全体に波及していく。兵の中には魔術の訓練を重きに置いた者達もおり、彼らの困惑がその成果を確実に表現していた。
「て、敵方より、魔力反応確認!増大して行きます!」
「束状放出魔術と思われます!推定射程、六百メートル超!威力、───目測では判断出来ません!」
魔力剣や魔術による攻撃も考慮して、討伐隊に魔術解読班を編成していたのは正解だった。要は魔力砲と呼べるものらしい。
訓練の賜物か、即座に兵器の正体に気付いた事を称賛したかったが、状況は逼迫していた。あんなものが隊に直撃したら確実に全滅してしまう事くらいは、アランですら肌で感じ取れた。
「第一中隊は右、第二中隊は左へ移動!同時に盾分隊、前へ出て構えよ!」
───カンッ、カンッ、カーンッ!
壺は固定されているらしく、こちらの急な回避行動について行く事は出来なかったが、それでも発動を止める気はないようだ。魔術師達が槍歩兵に命じて平原側へ───第二中隊の方へと、その砲身を向けた。
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