第13話 王の戦い・2~全力の防御

「「「”───我が全霊を以て、あらゆる災禍から守り給えトセトルプ・メ・モルフ・ルラ・スレツァシド・ウティウ・ルラ・ルオィ・ルォス”!」」」


 第一中隊、第二中隊共に、最前線で盾分隊が大盾を構える。敵意に満ちた魔力の波に抗うように、魔力障壁を生み出す文言が唱和する。そのままの状態で魔力攻撃による防御性能を持ち合わせている大盾だが、今必要とされているからこその詠唱だ。


 やがて、こちらの魔力障壁発動と、敵方の魔力砲発動の言葉が重なった。


「”───カタストロフィキ・アクティーナ”!」

「「「”英雄の盾ドォレィウス・フォ・セッリウカ”!」」」


 ───コウッ!!!


 馬車の高さをゆうに超えるほどの熱波が、極太の光線となって第二中隊に襲い掛かった。

 地面にギリギリ向けて放たれた魔力の塊は、その余波だけで草木を焼き払い、地面を舐めとり、空気を熱波に変えて、あらゆる存在を溶かして突き進む。

 魔力剣一本を全力で振るった際に放たれる魔力を、ゆうに超える威力だった。


 一方、盾分隊が作り出した魔力障壁は、正六角形の半透明のタイルを大量に組み合わせたような形状を成し、中隊の前面全体に展開された。ガラスを思わせる光沢の先から、敵方の魔力の塊が迫る。


 ───ギャギギギギギャギギギギ───!


 魔力同士の衝突によって、金属をかち合わせたような大音量の不協和音が平原にこだまする。魔力砲の直撃を受けていないアラン達第一中隊ですら、嵐のような熱波に煽られて兵も騎馬も尻込みする。


「クレプスクルム、落ち着け!───くそ、何という威力だ!」


 興奮している馬をアランはなだめようとするが、振り落とされないように手綱を操るだけで精一杯だ。


 一方第二中隊は、盾兵の魔力障壁によってどうにか守られていた。魔力反射付きの大盾が含まれているというのに、魔力砲の一端を外へ逃がすので精一杯で、その機能を十全に果たせていない。


 そして魔力砲の砲身へ目を向ければ、あちらは既に魔力の放出を止めていた。陽炎が揺らめいて良く見えないが、何やら騒いでいるのだけは見て取れる。


 その内に、第二中隊全体が大きく後退している事に気付く。

 隊自体が下がったのではない。周囲の地面ごと、隊が押し込まれようとしているのだ。あれでは足元が不安定で、踏みとどまる事が出来ない。


(飲み込まれる!)


 第二中隊に起こるであろう惨状に、誰もが息を呑んだ───その時。


「うわああぁあああぁぁぁあああっ!」


 第一中隊の盾分隊の中から唐突に絶叫があがり、一人の兵が中隊の枠から飛び出していた。魔力反射付きの大盾を構えたまま、第二中隊の方へ突き進んでいく。


 どこか幼さを感じさせるその後ろ姿に、アランは城での日々を思い出す。

 確か志願兵の中に、リーファと仲良くしていた3階担当の巡回兵がいたはずだ。魔力反射付きの大盾に対して、優れた適性があった一等兵。身の丈は大きいが、まだ十代前半と年若い少年兵。


 アハト=ランタサルミ───そんな名前だったはずだ。


 アハトは魔力砲の余波を大盾で防ぎつつ、第二中隊へと突っ込んで行った。迷う事無く最前線まで飛び込んで、盾分隊の中央に割り込み魔力反射付きの大盾を掲げる。


「”守れ守れ守れ守れ守れトセトルプトセトルプトセトルプトセトルプトセトルプ守れトセトルプーーー”!!」


 我武者羅がむしゃらな発動の仕方だったが、その効果は確かにあった。二重に展開された魔力障壁により、少しずつ膨大な魔力の塊を押し戻し始めたのだ。


「全、員、伏、せ、ろおおぉぉぉおおおぉぉおっ!!!」


 誰かが発した叫びから数拍置いて───


 ───ズ、ズンッ!!!


 大地はおろか、晴れやかな空までもを揺るがす程の音を立てて、第二中隊の先頭を中心に爆風が発生した。あっという間に砂埃が視界を占領し、更にはアラン達第一中隊をも飲み込んでしまう。


「「「うわぁああぁっ!」」」


 枯茶色に染まった風景の其処此処そこここから、兵の悲鳴が聞こえてきた。顔を手で庇いつつ周囲に目をくれると、爆風に足を取られ転倒する者もいれば、巻き上げられた砂塵にむせる者もいた。馬とて例外ではなく、衝撃に動揺して暴れかけており、騎乗している者達はなだめるのに必死だ。


 ───ドウッ!


 何かがぶつかる音が耳を掠めた。その大きさと反響から、かなり遠くで聞こえてきたような気がするが、アランの目には砂塵しか映らない。


 やがて、永遠とも思える砂埃の時間が過ぎ、草原の爽やかな風が視界を広げていく。顔を上げれば、地上の争乱など我関せず、と言わんばかりに青々とした空が見える。そして───


「………なんという事だ」


 開けてきた地上の有様を見て、アランは肝を潰した。

 景観が、一変していたのだ。

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