第二十三章 血路を開け乙女もどきの花
第1話 ある上等兵の煩悶・1
───某日。
ラッフレナンド城で兵役についているカール宛てに、一通の手紙が届いていた。
差出人の名は、シーグヴァルド=ラーゲルクヴィスト。カールの父親だ。
城勤めをしている兵士などへ、こうした手紙が届く事は珍しくない。
多くの兵士は基本勤め先周辺で過ごす事が多く、そう頻繁には帰郷出来ない。故にこうした手紙が、家族や友人、恋人などとの貴重な交流手段となるのだ。
言わずもがな、手間も時間もかかるし決して安価ではない。それでも何らかの節目には、こうした手紙が精神的な繋がりの一助となるのだ。
宛先の状況に、関わらず。
窓も扉も無い、のっぺりとした白い壁と床だけの広い部屋に、マグカップからのホットワインの香りが立ち上る。
スパイスを利かせたこのワインの温もりは、朝晩が冷え込むこの時期の心強い友と言えた。酔いが回ると絡み癖があるカールだったが、一人で酒を嗜む時はこれとビスコッティの組み合わせが止められなかった。
カールは机にマグカップを置き、溜息と共に側にあった手紙を手に取った。封を切り、中の便箋をざっと確認する。
内容は、時節の挨拶と他愛ない近況が簡素に書かれていた。叱咤も激励も指示もない、一見送る価値すらも見出せない内容だった。
(炙り出し…か。古典的だな)
しかし最後の方は不自然な程に大きく余白が出来ており、触れてみると紙質に僅かな違和感があったのだ。
カールは一旦便箋を机へ置き、左手に意識を集中させた。魔力を乗せながら、力ある言葉を紡いでいく。
「”我が手に宿れ、炎帝の
仰々しい詠唱だが、冷めた飲み物を温め直す時などに使われる魔術だ。
カールの左手が
(この程度、側女殿なら一言魔術で為してしまうのだろうな…)
姉弟子であり王の側女でもあるリーファが、
『時期がくれば手紙を送る。忘れるな』
六年前、カールの城入りが決まった日に、父シーグヴァルドが言っていた言葉を思い出す。
───当時は王太子ゲーアノートが早世し、オスヴァルト王の第三子アランが正式に王子として認められて一年が経過した時期だった。
ギースベルト派のやらかしを現王派が是正し始めた時期でもあり、その勢いに
ギースベルト派にとっては、旗頭が城を去り、同志達は次々と粛清されていくという酷い有様。
それは、その頃地方で
長兄と次兄が、相次いで地方へ異動する事態となったのだ。
功績が認められたのは確からしいが、一方でギースベルト派と距離を置こうとする、現王派の思惑もあったのだろう。
カール自身、ギースベルト家への忠誠心は持ち合わせていた。
父シーグヴァルドの意向に従った面もあったが、政治への不満、作物の不作、犯罪の横行などを”王の血統の悪さ”の所為にして、『ギースベルト家こそが真の王統だ』と
しかしカールは、長兄のように優れた剣技を持ち合わせている訳でも、次兄のように上官におもねる器用さがある訳でもない。ただただ実直で面白みのない男だ。
そんなうだつが上がらない三男坊に出来る事───それは、ラッフレナンド城内の情勢を逐一シーグヴァルドへ報告する事に他ならなかった。
ギースベルト家が玉座を手に入れる、その時の為に。
(『──────頃、強襲する。必ず持ち場から離れている事』…か)
上等な便箋を焼き焦がして浮かび上がってきた文字を、カールは胸中で読み上げる。最初の方に決行日が書かれてあるらしく、まだそこまでは読めないが。
(…ついに、か)
カールは魔術を中断し、机に手紙を放った。さすがに決行日が今日明日という事はないだろうと判断しての事だ。
気が向いた時に読めばいい。つまり、今は読みたくなかった。
カールとしては、出来れば”禅譲”という形が望ましかった。
公務を続けていく事に消極的だった現王アランを上手く退位させる機会は、全くなかった訳ではないのだから。
だが、機は過ぎ去ってしまった。
王は側女であるリーファの導きにより、王道を往こうとしている。
ならばギースベルト派が取れる手立ては、”簒奪”以外にない、という訳だ。
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