第14話 対話・3~想定外の生、再び

「…ありがとうございます。これでこの魂も、安心して逝けるでしょう」


 両手を解いてシェリーに声をかけると、彼女もまた祈りの姿勢を止めて顔を上げた。ポケットからハンカチを取り出し、濡れた目元を押さえている。


「…申し訳ございません。リーファ様のお世話に参りましたのに、逆にご負担になるような事になってしまい…」

「これは私の務めなので、気にしないで下さい。

 ───あとは魂を送らないと、ですね」


 そう言って、リーファは部屋の中を見やる。


 シェリーからは距離を取っているものの、例の魂はまだ部屋の中をうろうろしていた。豆粒ほどの丸くて白い綿毛のようなそれは、天井まで上がったかと思えば床すれすれまで降りてきて、部屋の中を見学しているようにも見える。


(白い帯…まだ全然出てないのね。堕胎が早くて、思い出を残せなかったのかな…)


 シェリーにも見えているようで、リーファ同様魂を目で追いかけながら訊ねてくる。


「…グリムリーパーは、魂を食べて送るのですよね…?この子もやはり…?」

「え、ええ。つまんで口に入れてしまうだけなので、シェリーさんは席を外して下さっても」

「…見ていても、よろしいのでしょうか?」


 ひょんなお願いに、リーファは思わずシェリーに顔を向けた。


 シェリーはもう泣いてはいなかったが、その頬に赤みは差しており悲しさをたたえている。それでも気丈に振舞おうと、口元だけは笑みを形作っていた。


「そうある機会ではありませんもの。この子の最後を、見届けたいのです」


 リーファは逡巡する。リーファの場合、お菓子をつまむ感覚で魂を食べてしまうので、光景を見てがっかりされてしまうのでは、とちょっと思ったのだ。

 ただ、我が子を見送りたいと思う気持ちまでは無視出来ず、真顔で首を縦に振った。


「そんなに大したものじゃないんですが…それで、良ければ…。

 ………さあ、いらっしゃい。ちゃんと送ってあげますよ」


 リーファは部屋をうろついている魂に声をかけ、手を差し伸べた。


 グリムリーパーによる魂への声掛けだ。強制力というものはないらしいが、多くの場合はこれで魂が近づいてくる。

 ───はずなのだが。


「あ、あれ。おかしいですね」


 声掛けで一度はその場で止まった魂だったが、すぐに動き出し、ベッドの方へと飛んで行ってしまった。


 普段にない動きをする魂にリーファが戸惑っていると、シェリーが怪訝に首を傾げる。


「魂も、食べられたくない時があるのでしょうか…?」

「う、うん。現世に未練があれば、抵抗される事はあるんですが…」

「…母体の性格を継いで、じゃじゃ馬に育ってしまった…とかは…」

「さ、さすがにそういう事はないかと………というかじゃじゃ馬な自覚あるんですね…?」


 冗談───と本人が思っているかはさておき───を言える程度に元気になってきたシェリーの姿に内心安堵しつつ、リーファは席を立った。送るつもりでいる以上、見失ってしまうのだけは避けたい。


 ベッドへ近づくと、魂は枕の周りを行ったり来たりしていた。居心地がいいとは思えなかったが、なかなかそこから離れたがらない。


(エニルの魂も、こんな感じで見つけたんだっけ…)


 ほんのりと感傷に浸りつつ、今度は逃がさないよう傷付けないように、リーファは両手で魂を包み込んだ。手の中にそれらしい感触はないが、どうやら捕まえる事が出来たようだ。


 シェリーも気になったようで、ベッドへと近づいてきていた。


「リーファ様、大丈夫ですか?」

「あ、はい。何だったんでしょうね。今度こそちゃんと送って───」


 などと言っている間に、リーファの指の隙間から魂が零れ落ちた。

 と言うか、


「え、あれ?あの、ちょっと?」


 ハーフとは言え、グリムリーパーが魂を取りこぼす事などあり得なかった。そんな事があろうものなら、リーファの仕事が成り立たなくなってしまう。

 だが、一つだけこうした現象を起こすものを、リーファは知っていた。


(赤子に宿る予定の魂───)


 リーファは息を呑む。


 一度胎に宿り、堕胎によって出てしまった魂という意味では、リーファが宿したエニルと同条件と言えた。

 だが、この魂には白い帯が出ていない。記憶、思い出というものを有していない。

 それが、赤子に宿る資格だとしたら。


(そんな事が、あり得るの…?)


 見失っていたその魂が、視界に入り込んできた。ぐるっと、リーファの周りを回っていたらしい。


 つかず離れず。品定めをしているように無遠慮に。リーファをジロジロと視ているような動きを見せた魂は、やおらリーファに向けて飛び込んできた。

 リーファが思わず手で遮ろうとするも、それは全く意味を成さなかった。やはり手のひらをすり抜け、スカートの真ん中辺り───へその少し下にぶつかって、淡く優しい光を放ち、消えてしまう。


「あ───」


 何が起こったのかを即座に察した。リーファは慌てて腰の後ろ側を見るが、貫通して魂が出てくる事はない。

 リーファの体の中へ、魂が入って落ち着いてしまったのだ。これは───


「私、も…妊娠、してた…?」


 その事実を口にして、リーファは最近の変調を思い起こす。


 強い眠気、食欲不振、熱っぽさ、だるさ───

 ストレスや不摂生から来る不調かと思い込んでいたが、以前妊娠した際にも似たようなものは経験していたのだ。

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