第13話 対話・2~魂に祈り捧げて
(私がシェリーさんを
そもそもリーファは、今回の件に何の関係もない。
シェリーの個人的な事情が原因でリーファがアランとの逢瀬を拒んでいるのなら、シェリーが問題解決に動き出すのは当然の事だ。
そしてリーファの心に生まれた
むしろ今のままでは、シェリー自身にも
(…なら私は…私に、出来る事を…)
リーファは抱えるように持っていた小皿とスプーンをテーブルへ戻し、シェリーと目を合わせた。
「…堕胎、したんですね…?」
再び話を蒸し返され、シェリーは瞠目した。エプロンの上に添えられた両手が拳を形作り、顔が幾分か強張る。
リーファが普通の人間なら、たとえそれが見えていたとしても、こんな無粋な話を当事者に投げかける事はしなかっただろう。
しかし残念な事に、リーファはグリムリーパーだ。
「…分かりますか…?」
「…その、肩の所に…」
リーファが指を差し向けた方───右肩───に、小さな綿の塊のようなもの、魂があった。
それは一見、シェリーの体で遊んでいるように見える。時々彼女の服の中へ沈んだかと思えば、弾かれるように飛び出して、また体に寄り添う。そんな事を繰り返していた。
シェリーもその姿を認めたようだ。側に在ろうとする魂を見て、唇を震わせていた。
「…土台だった肉体を失って、シェリーさんと混じる事が出来なくなったんでしょう」
「そう…ですか」
シェリーが手を差し出すと、魂は誘われるように寄ってくる。休憩場所を見つけたかのように、魂は彼女の両手の内へ収まった。
「この子は…きっと、わたしを恨んでいるでしょうね。
折角見つけた居場所を、わたしの都合で、潰されてしまったのですから」
魂をすくい上げ眺めているシェリーの姿は、まるで宗教画のような美しさを思わせた。倒れた者に寄り添う救世主の博愛───そんな情景が思い起こされた。
子を膝に乗せて慈しむ母のよう、とは決して思えなかった。
「それは…どうでしょうね。
私がエニルを見送った時は…何も、訴えかけては来ませんでした。
私が気付けなかったのか、恨み言を言う事も出来なかったのか、言いたい事は無かったのか…。
でもこちらの勝手な思い込みは、あの子にとっては余計なお世話になってしまう………私は、そう思いました」
このリーファの主観が参考になったのかは分からないが、シェリーは少し寂しそうに笑った。
「…憎悪も向けてはくれないのですね。
では…わたしは、どうすれば良いのでしょう…?この子に何も出来なかった、わたしは…」
リーファは両手を組み、目線を下げて胸元に押し当てる。
「…『何故人が亡くなると涙が出るのか』と、父に問うた事があります…。
父は、『弔いの涙が魂の癒しになる事を、人は知っているからだよ』と答えてくれました。
…泣いてあげて下さい、とは言いません。
弔う気持ちを、悼む気持ちを。そして旅立つ魂の幸せを、願ってあげて下さい。
それがこの子の癒しになって、旅路の一助となります」
その祈りの姿勢に、シェリーの表情からは動揺が透けて見えた。まるでそうする事が罪であるかのように、肩を震わせている。
シェリーはしばし無言で拒絶の意思を向けてきたが、一向に両手を解かないリーファを見てそれは許されない事だと悟ったようだった。諦めと共に吐息を浅く落とし、膝の上へ魂を下ろしてリーファと同じように両手を組む。
「………………わたしは、度胸のない、酷い女なのです。
高圧的な父に逆らう事も、何もしてくれない夫に訴えかける事も、先王の命令を拒否する事も、出来ませんでした。
あなたを身籠った時すら、独りで産む自信…育てる自信が持てず………怖くて………こうして、堕胎を、選択したのです…」
口から紡がれたのは、自責の念。後悔や反省ですらない、自身を傷付けるだけの言葉だった。
「…あなたは、入る場所を間違えたのです。
わたしの胎は、あなたが安らげる
………もう、お行きなさい。そして来世こそは、在るべき場所を間違えないで…」
どこまでも突き放すような物言いだった───が、その碧眼から頬へ伝い落ちる涙には、葬送の想いが確かに込められていた。
(…何でこんなに優しい方が、辛い思いをしなければならないんだろう…)
祈りに意識を傾けているシェリーの姿を見て、リーファは彼女の境遇に腹立たしさを覚えていた。
不妊で悩まされ、離婚をして、城の女性達を体を張って守り、望まぬ妊娠をして、堕胎をして。
体も心も理不尽なまでに傷付けられてきたというのに、今も尚シェリーは自分を責め続けている。自分を悪者にして、罰して欲しいと願っている。
(癒しが必要なのは、先を逝く魂だけじゃないのね…)
シェリーの想いが、魂に届いたのかどうかは分からない。
しかし、魂はそっとシェリーから膝の上から離れて行った。
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