第35話 老人の追憶・3~花火
この聖王都は、言うなれば”信仰の発祥地”だ。
聖王と信奉者達は、押し寄せてくる魔王軍への対抗策として、祈りの奇跡だけではなく魔術も活用したという。
聖王は『力に正邪はない。使う者の在り方次第だ』と説き、この土地で魔術も発展して行ったらしい。
その結果この聖王都は、街路に魔力灯が並び、移動方陣が
どこへ行っても魔術が溢れている以上、”魔術嫌い”と呼ばれていようと受け入れるしかない。
確かに最初はうんざりしたが、今はその技術を恩恵として認めるまでに考え方は変化していた。
『この出し物にも手を貸したんだろう?そうでなければ、誘ったりしないもんな。
フリーデが手伝ったんだ。きっと良い物だと思うよ』
『…ありがとう』
そんな風に言ってもらえるとは思わなかったのか。ヴィンフリーデは目を丸くして驚いていたが、やがて嬉しそうに微笑んだ。
───ドッ、ドッ!ドッ!
『!』
立て続けに何かが弾けるような音が聞こえ、周囲がざわついたのは、そんな時だった。
グラウンドの中央を見やれば、発射台と側の装置に青白い光文字が現れていた。そして。
───ドンッ!ドンッ!ドンッ!
けたたましく鳴り響く破裂音に天上を見上げれば、そこには光の芸術が咲き乱れていた。
グラウンドは大いに沸いた。
最初に打ち上がった花火こそ、一般的な花火のそれだったが、以降は形を変えて空を彩ったのだ。
星形、四角、三角などの図形、人の形を模したピクトグラム、果ては”勉強しろ!”、”彼女欲しい!”などとメッセージまで打ち上がったのだ。
『す、すごいな…!』
あまりにも多彩な花火に、ゲルルフは目を白黒させた。火薬と炎色剤を組み合わせた本来の花火では、ここまで多種多様には作れないだろう。
『打ち上がってるのは、操作している人の思念と魔力の塊に過ぎないの。
あの発射台で視界を誤魔化す幻術を込みこんで、打ち上げて弾けた瞬間、見ている人達が今まで経験したイメージに置き換えているだけなんだ』
『…それって、操作してるヤツと、見たヤツのイメージが一致しない場合もある…?』
『うん、うんっ!そうなの!
例えばチューリップをイメージして打ち上げても、見た人によっては色や形が違ったりするの!』
興奮した様子で頬を緩めるヴィンフリーデは、今まで見てきた中で一番綺麗なんじゃないかとすら思えた。彼女の魅力の一端を、ようやく知る事が出来た。そんな気がした。
『さあ!ここからはフリータイムと致します。
打ち上げたいイメージ、伝えたいメッセージがある方は、どうぞ発射台まで来て下さい!
ご自身の魔力を使うんで、安全を期す為にお一人様三回までとしますよ!
将来の夢、愛の告白なんかも受け付けちゃうぞー!』
学生の煽り文句に、場は更に盛り上がった。
自分が望んだ花火を打ち上げられると、興味を示した観客達が発射台に向かっていく。
希望者達によってあっという間に長蛇の列が出来上がり、程なく雑多な花火が打ち上がって行った。
『わたしたちも行きましょう!』
花火をただ観賞するつもりでいたから、ヴィンフリーデの提案に反応が遅れてしまった。
気付けば半ば強引に手を引かれ、ゲルルフは花火を打ち上げたい者達の列に加わっていた。
『あ、いや、俺は…』
日頃は”魔術嫌い”で通っていたから、周囲に奇異な目で見られるか心配してしまったが、どうやら皆浮かれてこちらの事など気にも留めていないようだ。
おまけにヴィンフリーデが指を絡めてくるものだから、胸が高鳴って何も考えられなくなっていた。
そこそこ時間はかかったはずだが、いつしか順番は回ってきて、気付けば発射台はすぐ目の前にあった。
発射台の側には黒い板が置かれていた。
魔術陣なのか、板いっぱいに青白い文字が円状に書き込まれ、ぼんやり明滅を繰り返している。
『打ち上げたいイメージを考えながら、この板に手を乗せるの。こうやって───』
ヴィンフリーデが説明しながら板に手を置いてみせる。
文字が一際強く発光し、ふ、と文字が消えたかと思ったら、発射台の突端に青白い球が形を膨らませていた。
───ぼっ!
短い音を立てて青白い球は空に打ち上げられて、そして。
───ドンッ!!
その場で打ち上がっていたどの花火よりも大きく、ヴィンフリーデの花火が空を彩った。
さっき話をしていたからか、真っ赤なチューリップの花が視界いっぱいに広がった。
特大級の花火に周囲が一際大きく沸き、ヴィンフリーデに喝采と拍手が降り注ぐ。
彼女は少し恥ずかしそうに頭を掻き、側に戻ってきた。
『どうだった?』
『とても大きな、真っ赤なチューリップが見えたよ。
あんなに大きい花火も打てるんだな…!』
『花火の大きさは、コツを掴めば誰でも自由に変えられるの!
さあ、グルフもやってみて!』
ぐい、と手を引かれ、ゲルルフもまた発射台と対峙する。
成り行きでやる事にはなったが、いざ目の当たりにすると気持ちが竦んだ。
魔術は、良くないもので、弱い者が頼るもので、忌避すべきもの。
でも、気になってはいたのだ。
聖王が認め、魔物を退け、都を発展させた実績がある、未知の力が。
ゲルルフは喉をゴクリと鳴らし、青い光の魔術陣が広がる黒い板に触れて───
意識が、落ちてしまった。
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