第34話 老人の追憶・2~誘引
文化祭”
学院全体が面白おかしく飾り立てられ、様々な模擬店が教室ごとに出される。
食事処、ゲーム場が圧倒的に多いが、自身の勉強・研究の成果を示す為の発表会を開く者もいる。
『教授達がこっそり評価している』『聖王都の司教クラスがお忍びで来る』と言う噂も聞くから、将来の為に出し物に熱を入れる生徒もそこそこいるとか。
何にせよこの日ばかりは皆浮かれ、顔にドーランや口紅を塗りたくり、魔物のような珍妙な格好をして、学院内を歩き回るのだ。
そして、特に何の出し物も計画していなかったゲルルフは、自然な流れでヴィンフリーデと学院内を歩き回る事になった。
───自然な流れだった、と思う。断られたらどうしよう、とかちょっとしか思わなかったのだから。
とにかく、ダミアンが催していたアルフォンソ式速記の発表を観覧して。
マロシュが主演の、演劇”トニーとパトラ”を観劇して。
アニェーゼを始めとする女性達が開いていた、ぼったくりメイド喫茶に引きずり込まれ。
有り金はそこそこ持って行かれたが、それなりに楽しんだと思う。
気付けば日は暮れ、空は藍色に染まって行った。
欠けた月が校舎の端から姿を見せ、月の光に負けじと星々も輝きを競い始めていた、そんな時間だ。
『グラウンドで花火の打ち上げをやるそうなの。見に行かない?』
ワクワクしているヴィンフリーデが新鮮に感じられて、足は学院の奥にあるグラウンドへと向かった。
グラウンドには既に多くの観客が集まっていた。
芝生に寝そべって待つ者、座って寄り添っているアベック、暗がりの中を陽気に走り回る者、様々だ。
中央には発射台と思しき筒状の物体が立てられており、その周囲に何かの装置のようなものが置かれていた。発射台は六つ設置されていて、それぞれ学生が最終調整を行っているようだった。
『フリーデー!』
彼女を愛称で呼ぶ女性の声に顔を向けると、発射台の調整をしていた一人の学生が立ち上がり、近づいてきた。
『レンカー、来たよー』
ヴィンフリーデが、学生に向けて大きく手を振って応えている。
名前は知っていた。
レンカ=ツィブルコヴァー。魔術工学の教授達に一目置かれている才女だ。
『───っと。”魔術嫌い”…』
どうやらあちらも、ゲルルフの事を知っていたようだ。
うぐいす色の髪を短く刈り上げた女性レンカは、ヴィンフリーデの側にいたゲルルフの正体を知って、苦々しい表情を浮かべた。
当然と言えば当然だった。
ゲルルフは常日頃、『魔術に頼るのは己が弱い証拠だ』と公言していた。その技術の最先端にいる才女が嫌な顔をするのは分かり切っていた。
だがヴィンフリーデは、ゲルルフの腕に手を絡めて引き寄せてきたのだ。
『グルフにも見せてあげたいの!いいでしょ?』
愛称で名を呼ばれて、柄にもなく浮かれてしまう。
彼女に寄りかかるようなみっともない姿は見せたくなくて、あくまで寄り添ってる体裁を取り繕った。
『…な、何か知らないけど、楽しみにしてるよ…!』
”魔術嫌い”に激励されるとは思わなかったのだろう。レンカは面食らったようだが、そうこうしている内に発射台の側にいた学生が声を上げた。
『おーい、レンカー!準備出来たぞー!』
『お、おお!今行く!───ま、まあ楽しんでってくれよな』
どことなく男っぽく相槌を打ったレンカは、愛想笑いを浮かべて早々に発射台へ戻って行った。
『…知り合い?』
『う、うん、同じ科目を受講してるの』
手近な場所にふたりで腰を下ろすと、頬を染めヴィンフリーデが笑う。
この聖王領学院は、年度初めに授業の週間スケジュールを組み、空いた時間に一時間だけクラス授業が組み込まれる。
通常の授業は特定の教室へ赴いて受講し、クラス授業で学院からの告知等を聞く、という具合だ。
ゲルルフとヴィンフリーデは同じクラスだったが、レンカとヴィンフリーデは授業が同じだったらしい。
やがて、グラウンドのあちこちに置かれていたスポットライトが、発射台の側にいた学生達に眩い光を差し向けた。
横に一列に並んだ、性別も出身もバラバラな学生達の真ん中に、レンカもいる。
『あー、あー。
皆さん、今夜はお集りいただきましてありがとうございます!
これからこの”
思い描いたものを天空に打ち上げる、”幻想打ち上げ花火”だ!
リーダーはもちろん、聖王領学院が誇るスーパー才女、レンカ=ツィブルコヴァー!!』
隅にいた男が誇らしげにレンカを紹介すると、観客達は一斉に歓声と拍手をした。
こういった場は慣れているのだろうか。レンカは誇らしげに観客に手を振っている。
『最初はスタッフが打ち上げますが、皆さんにも打ち上げを手伝ってもらいます!
スタッフが手伝いますから、思い思い打ち上げたいものをイメージしておいて下さい!
───あ、エッチなイメージはオレらが怒られちゃいますんで、そこんとこ程々にお願いします』
観客からどっと笑いが湧く。誰しも考える事は一緒、という事らしい。
何にしても、出だしの掴みは成功したと言っていいだろう。観客の拍手と共にスポットライトは消され、学生達は持ち場について行った。
『…嫌、だった?』
ぼんやりと説明を聞いていた所でヴィンフリーデに声をかけられ、慌てて彼女を見下ろす。
彼女は、どことなく不安そうにゲルルフを見つめていた。
『…”魔術嫌い”に見せるのは不安だった?』
『………………』
『気持ちは分かるよ。俺もここに来たての頃だったら、くだらない、で席を外したはずだ。
…でも、こうして故郷から離れれば、嫌だって今の環境に馴染むよ』
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