第7話 模索・4~ふくらむ夢

 ターフェアイトと話し込んでいる内に、ふと、アランが全く反応していない事に気付いた。


「…あの、アラン様?」


 恐る恐るアランを見上げると、彼は目を逸らし口元に手を当てて何か考え込んでいたようだった。ブツブツ何か言っているが、よく聞き取れない。


 ターフェアイトは聞こえるのだろうか。アランを見上げ、ニヤニヤしていた。


「…あー、毎日でも店に通う気でいるねぇ、この王サマ」

「ま、毎日来られるのはちょっと」


 ターフェアイトに突っ込みを入れていると、アランは小さくうなずいてからリーファに顔を向けた。


「…うむ、却下だ。

 確かに城と城下の二重生活は、大変そそるものがあるが…。

 そもそもお前の店の物など私が全て買い占めてしまうのだから、製作も販売もわざわざ城下でやる必要はない」

「っぷ、ははははっ!通うんじゃなくて住むつもりだったのかい。

 こりゃ一本取られたねえ」

「…何でうちに住むんですか…王様なのに…」


 ターフェアイトは腹を抱えて大笑いし、リーファは呆れて肩を落とした。どういう訳かアランの想像の中では、城とリーファの実家を行き来する事まで考えていたようだ。


「という訳で、あり得ない未来の話は終わりだ」


 アランはそう会話を断ち切って、リーファを手招いた。どうやら授業方針の完成は明日以降になりそうだ。

 リーファはノートを閉じ、鉛筆と一緒に引き出しに仕舞い込む。


「師匠、また明日よろしくね」

「ああ、おやすみ」


 ターフェアイトに手をかざすと、彼女はリーファの手をぺちりと叩いてみせた。小さな師匠の体は歪み、白い綿のようなものに姿を変え、座っていた水晶玉と一つになっていった。

 水晶玉に真っ白なシルクのハンカチをかぶせると、一度だけほんのり光を放つ。


「”断て”」


 天井から部屋を煌々と照らす魔術灯に手をかざし、魔術遮断の魔術を発動させて灯りを消す。アランを追って、リーファもまた魔術研究室を後にした。


 部屋に鍵をかけていると、側にいたアランがぼそりと呟いている。


「…あんな事を考えていたとはな」


 鍵をスカートのポケットにしまい、苦笑いでアランに応えながら肩を並べて廊下を歩きだす。夜が更けた為か、視界の先にある薬剤所も医務所もそこまで忙しくはなさそうだ。


「ただの妄想ですってば。昔は、あんな事思いもしませんでしたよ。

 …ナイフに小さな火の魔術を付与して、火起こしが出来る万能ナイフにしたり。

 守りの紋を付与した花の髪飾りを作ってみたり。

 人を見てその人に合う発動体に改良…とかも面白そうだなって」

「具体的な商品も既に考えているのか。

 …ならば私は、お前が望む素材の仕入れでも手伝うとしよう」


 リーファの妄想にアランが無理矢理割り込んでくるものだから、ドキリとしてしまう。

 心配になってアランを見上げると、彼はご機嫌で口の端を吊り上げていた。


「や、やだ。何言ってるんですか。お、王様稼業はどうするんです?」

「ただの妄想、だろう?そこに王だの国だのは関係ない。

 何でもない一人の男として、私を好きに使うといい」


 つまりアランは、リーファのこの拙い妄想に付き合ってくれるらしい。


(こういうのって、自分の中で勝手に考えて勝手に終わるものだと思うけど…)


 しかし、リーファが考えもしないような発想が、アランの口から飛び出る事もあるだろう。そこから想像を膨らませるのも楽しいかもしれない。


「あ、ありがとうございます………じゃあ、買い出しをお願いしますね。

 ああでも、どこに買い出しに行ったらいいんでしょうね。宝石屋さんで一通り揃うんでしょうか…?」

「アーシーの町は、マゼスト周辺で採掘された宝石や貴金属が運ばれる。武具や装飾品を求めるならば、あちらに買い出しに行くのがいいだろうな。

 植物が必要ならば、フーリアのゲーエント庭園に交渉するといい。

 魔術関係の物品はさすがに専門外だが…魔術研究が盛んなリタルダンドは遠いからな。

 海路が拓けているシュリットバイゼ経由で探す方が───

 思い切ってヴィグリューズに足を延ばすのも───」


 さすが、というのも失礼な話だが、国内をまとめる王だけあって、各町村は勿論諸外国の情報も頭に入れているようだ。どこまでも出てくるアランの知識に、リーファから感嘆の吐息が零れた。


 城下の実家の中で小さく収まっていた、リーファのつまらない妄想。それがアランの言の葉によって補強され、一気に膨らんでいく。


 ───荷馬車を借りて町へ買い出しに出掛けて、家に戻ったら素材を加工して、作りたいものを作る。


 最初は城からの注文を受けて数をこなし、経営が軌道に乗ったら城下の人向けの商品を考える。

 実家の立地は悪くないのだ。冒険者向けの商品を取り扱ってもいいかもしれない。


 商品が増えれば、保管する倉庫を借りないといけなくなるかもしれない。

 効率よく商品を作る為に、人を雇わないといけないかもしれない。


 他の町に支店を作れるほど成長したら、どうしようか───


(こんなすごい人の側に、私いるんだなぁ…)


 アランから入ってくる知識をもとに妄想が膨らむ中、今更な事をしみじみと考えてしまい、リーファはほんの少しだけ恐縮してしまった。

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