第6話 模索・3~将来の妄想

『…アタシはあんたが心配だよ、リーファ。

 掃除も狩猟も採集も料理も、だいぶ上手くなった。だがねえ…。

 あんたの魔術の腕はどこまでも安定してるってのに、あんたの感情はどこまでも不安定だ。

 魔術師に一番必要な、”精神的基盤”ってのが欠けて見える。

 あんたは魔術師として、どんな夢を見るんだろうねえ…』


(師匠、そんな事を言ってたっけ…)


 きゃんきゃん喚いている残留思念を見下ろしながら、リーファは昔の事を思い出す。修行を終え、城下に帰る事が決まった日の話だ。


 確かにリーファにとって、魔術は手段であって目的ではなかった。

 日々の生活をほんの少しだけ快適にする為であって、魔術を習得して何か特別な事をしようなどとは考えていなかった。


 周囲の環境を見ても魔術を活用する機会は皆無で、逆に魔術師だと知られれば白い目で見られてしまう。

 ラダマス辺りに相談すれば、国を出る工面位はしてくれたかもしれないが、その選択肢すら浮かばなかった。


(あの頃の私は視野が狭かった…。でも、今はどうなんだろう?)


 ターフェアイトが城へ来てから、リーファの仕事は大幅に増えていた。

 ”ラフ・フォ・エノトス”の管理、魔術や呪術の対処指導、素質補助具の作成。


 側女本来の務めからは大きく逸脱したが、他国の魔術事情などを知る機会にも恵まれ、魔術を用いた将来を想像するまで考えは変わっていた。


「…そうね。全く相談事がない訳じゃないんだけど。

 でも、今のところはカールさんについてて欲しいかな」


 頬を膨らまして腹を立てていたターフェアイトだが、リーファのささやかな願いを聞いて不機嫌に鼻を鳴らした。


「…ふん。んな事言ってたら、いつか消えてなくなっちまうよ」

「それはそれでしょうがないでしょ。それが本来の形なんだから。

 師匠からしたら、こんな私の生き方は物足りないかもしれないけど」


 特に含みを込めたつもりはなかったが、リーファの自嘲するような微笑に何かを感じ取ったようだ。ターフェアイトは口の端を吊り上げて笑った。


「…へえ、夢を見つけたのかい?」

「夢って程じゃないよ。ここでのお勤めが終わった後の話。

 ツテも元手もないから、ただの妄想かな」


 ターフェアイトはちら、と扉の方を見やり、どこか楽しげに失笑した。


「勤め、ねえ………終わんのかねえ?

 そこの王サマ納得させんのは、骨折れるよぉ?」

「…そこ?」


 会話に夢中になっている自覚は無かった。この部屋の前の通りは人が滅多に通らないから、足音ですぐに分かると思っていたのだが。


 ───がちゃんっ


 しかし、リーファが扉の先にいる誰かの正体に気付く前に、扉は開かれた。

 無言のまま部屋に入ってきたその人物は、リーファの主アランだった。


「アラン…様…!」


 リーファは青ざめた顔で慌てて席を立った。よりにもよって、一番聞かれたくない相手に聞かれてしまうとは。


 渋い顔をしてリーファの側まで近づいてきたアランへ、ターフェアイトは上機嫌に声をかけた。


「やあやあ王サマ、ごきげんよう。こうして会うのは三ヶ月ぶりかねえ」

「久しぶりだなターフェアイト。これはまた随分小さくなったものだ。

 …そのまま消えて無くなってしまえばいいものを」

「おやおや、随分嫌われたもんだ。ねえリーファ、アタシ何かやっちまったかい?」


 ターフェアイトに訊ねられリーファは顎に手を当てて考えるが、元々接点のないふたりだ。思いつくものはそう多くはない。


「う、ううん。アラン様を操って、サークレットをバッグに隠させた事、かな…?」

「あれはリヤンに預けた方だろう?

 アタシであってアタシじゃないようなもんの話で、ケチつけられてもねえ。

 …でもまあ、アタシがやっても同じ事やるだろうがね」


 肩を竦めてケラケラ笑うターフェアイトを半眼で見下ろし、アランは諦めた様子で吐息を零した。


 リーファは、ここにいる残留思念が普段カールのネックレスにいる事をアランに伝えていない。

 カールは、この残留思念をアランの施しだと感じてはいるようだが、アランに謝意は向けていないようだ。

 そしてアランも、特に周囲から言われない限り、この残留思念の事に触れるつもりはないらしい。


 皆が知っていて誰もが干渉しない。このターフェアイトの残留思念は、今そういう立ち位置にあるのだ。


「…何やら、楽しい話をしていたようだな?私にも聞かせて欲しいものだ」


 ターフェアイトを無視して睥睨してくるアランに気圧けおされ、リーファは居心地なく顔を下げる。


「えっと、それは、その」

「ん?言いにくいか?どうせ薬剤所はすぐそこだ。

 お前が望むのであれば、媚薬でも自白剤でも盛り、正直にさせてやってもいいんだが?」

「いっ…!言います、言いますから!」


 ターフェアイトが期待するような顔をする前に、リーファは背中を向けようとするアランを慌てて呼び止めた。

 不満そうなアランとにんまり顔のターフェアイトに注目され、リーファはもじもじしながら白状する。


「そんな、かしこまって言う事じゃなかったんですが…。

 …魔術関連の、雑貨屋さんって、ちょっといいなって…」


 リーファが”ただの妄想”を打ち明けても、ふたりの反応は薄かった。ターフェアイトは小さくうなずき、アランは黙り込んだまま目を細めた程度だ。


「護符とか、補助具とか、発動体の製作や販売をやってみたくて…。何でも屋をやっていたリヤン姉さんや、訪問販売に来るリャナを見ていて、ちょっと憧れたというか…。

 でも、色んな町を歩き回るのは大変ですし、実家を改装してお店にしてみたいなって…。ぜ、全然元手とかもないですし、城下で魔術の店なんて誰も来ないのは分かってますけど…。

 だからこれはただの妄想で…その」

「…うん、まあ、いいんじゃないかい?」


 反応したのはターフェアイトの方が早かった。彼女は水晶玉に座り直し、足を組んでリーファに考えを示す。


「この土地は、質の良い水も、良い感じの鉱山も、豊かな土壌も揃ってる。

 まあだから、かつての王はここに街を作ったんだがね。

 先立つものさえありゃあ、その位の店を作るのは訳ないだろうさ」

「でも、私呼び込みとかやった事なくて…仕入れとかも、どこから手をつけていいか分からないし…。

 魔術師への偏見はまだ根強いから、あんまり町の人達を刺激したくないっていうか…」

「そこはほら、最初は城と取引すりゃあいいだろう。

 その位はしてもらったってバチは当たらないんじゃないかい?

 評判が良くなりゃあ、勝手に人は来るもんさ」

「そ、そうかなあ」


 ターフェアイトが変に持ち上げるものだから、リーファもつい顔がにやけてしまう。かつては英雄みたいな事もやったらしい師匠のげんに、ついつい惑わされてしまう。

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