第26話 その気持ちに他意はなく・10

 ───それからしばらくが経って。


「…というのが、ここしばらくの近況です」


 ラッフレナンド領南西の森。

 ターフェアイトの墓碑の前で、グリムリーパー達とターフェアイトの残留思念の間で会話に花が咲く。


 赤毛色の狼型グリムリーパー・ディエゴは、座り込んだリーファの隣にいる残留思念を見やって苦々しい表情を浮かべた。


「分かってはいたが、残留思念がこれ程までに残っていようとはなあ…」


 ここにいるターフェアイトの残留思念は、姉弟子リヤンの所へ届ける方だ。具現化した姿はカールの側にあるものよりもずっと大きい。全部合わせれば、もう一回りは大きくなっていただろうか。


「しかも呪い一つについていた残留思念だけでも、抵抗力のない人間を短時間操る力を持ってましたからね………規格外ですよ、本当に」

「はん、アタシの凄さをもうちょい讃えていいんだよ、リーファ?」

「往生際が悪いっていうか、潔くないっていうか。

 死んでるんだから、もうちょっと死人らしくしてて欲しいんだけど」

「っとにあんたは…」


 師匠を師匠とも思わないリーファの物言いに、ターフェアイトの眉間にしわが寄る。


 ディエゴはそんなふたりを呆れた眼差しで見て、リーファに訊ねた。


「…で、お前はこれからこれを届けに行くのか?」

「はい。リヤン姉さんの方が師匠の手は借りたいでしょうし、喜ぶでしょうから」

「ヒトゴトっていうか自分事だけど、カールのとこよりはマシだからねえ。

 まっさか全身舐め回された挙句、お人形ごっこさせられるとか…」


 ターフェアイトの溜息につられ、リーファも思わず吐息を漏らした。


 ───カールにあてがったターフェアイトの残留思念は、あれからカールの”実験”に付き合わされている。

 具現化した状態での五感の確認、衣服や体型の変化、カールに取りついた時の感覚など、リーファが興味を持たなかった事を次々と調査しているのだ。


 最初は不満ばかりだった残留思念も、途中から『一周回って楽しくなってきた』らしく、許容出来る範疇で付き合っている。


 そして、具現化にはどうしてもリーファが必要なものだから、研究室でふたりの仲睦まじい様子を見せつけられながら、リーファは次の講義の支度をする、という居た堪れない日々を送っているのだが───


「いや、でも、まあ、リヤン姉さんも割と師匠にべったりになりそうだけどね…」

「えっ、そうなの?」

「多分ものすごく話しかけられると思う…」


 リーファは、リヤンの所に滞在していた時の事を思い出す。彼女は、具現化したターフェアイトに頬ずりをしてとても喜んでいたから、熱狂度合いはカールとさほど変わらないような気がする。


 ディエゴはうつ伏せで寝そべって、憮然と半笑いを浮かべていた。


「お前の弟子は、変な奴らばかりだったからなぁ…。

 偏愛が過ぎて、自分の肉体をお前そっくりに改造した奴もいたし…。

 お前とひとつになりたくて、転生魔術を自分に使って欲しいと嘆願した奴もいた。

 変な奴が寄ってくるのか、変な奴に仕立て上げてしまうのか…」


 ディエゴは長くターフェアイトと付き合っていただろうから、他の弟子達の事も知っているのだろう。彼が言う”ターフェアイトの弟子達”は、最近のカールの雰囲気とどこか共通項があるように思えた。


「『変な奴に仕立て上げる』に一票を投じますよ、私は。

 カールさんも真面目そうな人だったんですけど、最近は『プライベートを師匠に見られるなどむしろ興奮する』とか言ってるらしくって………いくら何でも性格歪ませ過ぎですよ………」

「変人弟子製造機だな、お前は…」


 グリムリーパー達から非難の目を向けられ、ターフェアイトが小さな体で地団駄を踏んで猛抗議してきた。


「ふつーに弟子取ってただけで、何でそんな事言われなきゃならないんだい!?

 大体、変って言ったらあんただって大概なんだからね、リーファ!」


 ターフェアイトから心外な事を言われ、リーファは戸惑った。


「わ、私?」

「そうだよぉ。変人ばっかり育て上げたアタシの弟子の中で、マトモなあんたが一番変人じゃないかい?」

「はあ?!ひっどい!」

「あー…変人界隈でまともな奴は、ある意味変人かー」

「ディエゴさんまで!?」


 同胞からも納得の声が上がってしまい、リーファはがっくりと肩を落とした。


「そんなぁ…。父さんに無理矢理連れて来られて雑用させられてただけなのに、変人扱い…」

「ん?そうなのか?」


 ディエゴが怪訝な顔をしてターフェアイトに顔を向けると、師は腕を組み虚空を仰いだ。


「おー、そういやぁあんたは、他の奴らと違ってエセルバートに連れて来られただけだったねえ」

「父さんは、『ここに当分住むといい』としか言ってくれないんだもの…。

 魔術の勉強時間より家事の時間の方が長かったし、最初は師匠の介護を押し付けられたのかと思ったわ…」

「なるほど。望んで弟子入りした訳ではないから、他の奴らとは考え方が違うのか。

 …エセルバートは、仕事は出来る奴なんだが………どうしてそういう所は、そういう奴なのだろうなぁ…」


 色々と思い当たる所があるのだろう。はふう、とディエゴは悩ましげに溜息を吐いた。


(…父さんって、仕事出来るんだ…)


 グリムリーパーとしての仕事を父エセルバートから教わったリーファだが、ディエゴの『仕事は出来る』という部分はいまいちピンと来なかった。

 他の同胞の仕事ぶり、というもの自体を知らないのもあるが、あのぼんやりした父がきびきび仕事をこなしている姿は想像がつかないのだ。

 もっとも今は外回りをしているというから、そこで本領を発揮しているのかもしれない。やっぱり想像はつかないが。


「…まあ父さんの事はいいです。父さんですから。

 それよりもディエゴさん、一緒に行きませんか?」

「うん?」

「ラザーの所へです。

 リヤン姉さんに紹介したいですし、ディエゴさんもラザーに会いたいかなって思って」


 ふさっ、とディエゴの赤毛色の尻尾が空を掻いた。首をゆったりと左右に振って、何故か片言で悩ましげに呟き始めた。


「いや、別に、近況、聞けるだけで、いいが。でも、場所位は、知っておくのは、ありか。

 あ、でも、オットーが、最近居づらいって、異動希望、してたし、いっそ、住むも、ありか?

 ありか?───あり、かな?」


 思ったよりも好感触なディエゴを見て、リーファとターフェアイトは顔を見合わせて失笑した。


「姉さんのとこ、賑やかになりそうね」

「邪魔にならなきゃいいけどねえ」


 出発までの僅かな時間、狼型のグリムリーパーはいつまでもいつまでもうきうきと尻尾を振り続けていたのだった。

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