第31話 主の土産、側女の土産・2

 アランは呆れながら背を向け、枕の側を見やった。そこに、一冊の本が置いてある。


「まあ、そんな事だろうと思っていたがな。───これを持っていくがいい」


 その本を手に取り、リーファに手渡した。


 少なくとも見た事はない本だ。革のような風合いで、金縁の模様の入った濃藍色の表紙には何も書かれておらず、そこそこ分厚い。所々に付箋が貼られていて、誰かが熱心に読んだ事が伺える。


「これは?」

「男向けの性に関する手引書だ」

「!?」


 アランがそんな事を言うものだから、ついリーファはページをめくってしまう。

 真っ先に飛び込んできたのは、男女が絡み合った絵だった。


 ページには性交体位の名称や、その方法が細かく書かれている。

 ”猫が背伸びしたポーズで”とか、”一塊のハードチーズを両足で持ち上げるように”とか、独特な表現が使われているが、想像すれば何となく分からないでもない。


 最初の方は体の仕組みについての説明がされており、男女の性器の名称、年齢に伴う体の変化の説明、性衝動の発散方法が。

 真ん中あたりからは男女間の性行為に関する説明がされていて、避妊方法、妊娠を告げられた際の対応などが。

 終わりの方は、前戯や性交体位が一ページごとに紹介されており、果てはピロートークの一例まで書かれてあった。


 これだけのページ数を熟読出来るかは分からないが、ちゃんと、”同意のない性行為はしてはならない”、”婚前交渉をして妊娠した場合は、十分に会話を重ねて折り合いをつける事”と書かれてあるあたり、充分好感が持てる本だ。


「わあ…すごい…丁寧に書いてある…!こんな本があるんですね…」


 ドキドキしながら読んでいたら、アランがそんなリーファを見てニヤニヤと笑っていた。あまりにも食いつきが良かったから愉しいようだ。

 ちょっと恥ずかしくなってしまい、本をアランに返そうとすると、彼は手のひらでそれを押し戻した。


「王の子が生まれる度に更新し発行される、王族御用達の代物だ。

 私はもう使わんから、少年に持って行ってやれ」


 どうやらアランの私物らしい。付箋の量を見るに、何度も何度も読み返したのだろう。


(…そういえば、アラン様って結構丁寧に触れて下さるのよね…)


 アランとの日頃の情事を思い出して、本の表紙をもう一度見た。


 その日の気分によって扱いに差はあるが、自分の顔色を見て対応を変えているな、と薄々感じてはいた。

 単に反応を楽しんでいるだけなのかと思ったが、この本を参考にしていたとしてもおかしくはない。


 さすがに他の男性の事はよく分からないから憶測の域は出ないが、何の知識もなく困り果てていたバンデにとってはありがたいだろう。

 しかし、気がかりな事がないわけではない。


「あ、ありがとうございます………が………。

 こういうのって、そんなに早くに見せて良いものなんでしょうか…?」

「女の体に欲情しているというのなら、むしろ遅いくらいだ。私など、十歳の誕生日に王より手渡されたのだからな。

 大体、男が中途半端な性の知識で女を抱くから、女が余計な苦労を背負う事になるのだろうが」

「う…」


 正論を言われてしまっては、ぐうの音も出ない。

 特に王族の場合継承権にも関わってくるから、無闇矢鱈むやみやたらに女性に手を出すのは良いとは言えないのだろう。


「な、なるほど………間違いが起こる前に、正しい知識を与えるのは大人の責務ですものね…。お心遣いありがとうございます…」


 アランの気遣いに頭を下げつつ、リーファは持ち運び方を考えた。


 グリムリーパーは、実体化中は物質に触れる事が出来るが、非実体化中は触れる事が出来なくなってしまう。手に持った物は零れ落ち、着ていた服は全部脱げて足元に落ちてしまう。

 喉元を過ぎた物、胎に注がれた物は例外で、非実体化しても内容物をその場にまき散らす心配はないのだが、持ち運び方法としてはあまりに非現実的だ。


 今日、本を姉さんの家へ持って帰るのは難しい。

 用事もある事だし、リーファはアランに話を持ちかけた。


「ええっと、この体では物体は持って行けないので、明日一度ここに戻ってきますね。

 その時にこの本を預かりたいんですが…他にも、持って行きたいものがありまして」

「ふむ?」

「今から書き出すので、ちょっと待っていて下さいね」


 怪訝な顔をしているアランの頬にキスを落とし、リーファはベッドのカーテンを押しのけて部屋に備えつけられた机へと歩いて行った。

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