第30話 主の土産、側女の土産・1

 真夜中になって、グリムリーパーのリーファはラッフレナンド城へと赴いていた。

 家を発ったのは、姉さん達におやすみの挨拶をした後。時差を考えれば、ギリギリ起きているか、という時間帯だ。


 城の庭園には灯りが設置されているが、さすがにこの時間だと全て消されたようだ。側女の部屋も、灯りは消えている。


 昨晩同様、天蓋付きカーテンはベッドをくまなく覆っており、中を確認する事は出来ないが。

 恐る恐るカーテンの隙間から中を覗くと、


「遅い」


 と、真っ暗闇の中からアランの声が聞こえてきた。


「!?」


 この闇の中でよく姿が捉えられるものだ。感心する間もなくリーファの腕は掴まれ、あっという間にベッドに引きずり込まれた。


 ベッドの中に体が完全に入ったと同時に、天井の魔力灯が、ぱ、と白色にリーファを照らす。

 顔を上げれば、眩しそうに目を細めるアランがリーファを見下ろしていた。


「…今日は鎧姿か。情緒がない女だ」

「だって、昨日はロクに報告もさせてもらえなかったじゃないですか」

「鎧なら抱かれる心配はないと?それは大きな間違いだ。

 ”枷”をはめてしまえば裸同然になるのだから───いや、そんな事はどうでもいい」


 たらたらと何かを言おうとしたが、アランは早々に話を打ち切る。

 そして、リーファの体を舐め回すように観察し、ぽつりと問うてきた。


「何事もなかったのだろうな?」


 それだけで何の事を指しているのか分からない程、鈍くもない。昨晩、バンデに襲われかけた話だろう。


 リーファは考えた。

 状況とバンデの話、そして体に感じた違和感からして、大して触られてはいないようだった。

 ちゃんとお仕置きもしたし、大袈裟に報告する必要はないような気がした。


「…ええっと、はい。何事もなかったですよ」

「………………」


 笑顔のリーファを見下ろす藍色の双眸は、何を映し出したのか。アランは無言のまま、パジャマのポケットからアンクレットを取り出した。

 目の前でちらつかさなくても分かっている。”此岸しがんかせ”だ。


 あぐらをかいて何も言わずにリーファの左足を掴んでくるアランに、体を起こしたリーファは慌てて言い直した。


「ご、ごめんなさい正直に話します!

 胸を触られてました!上だけ脱がされて揉みしだかれました!なめられたりしゃぶられたりはしてませんっ!!

 あとちゃんと殴って───あ、いえ、正確には刈ったんですけど!

 とにかく懲らしめておいたので、二度と同じ目には遭いません!」


 自分が知り得る情報を正直に全部吐き出すと、アンクレットの留め具を外していたアランが手を止め、不機嫌顔を向けてきた。

 ほんの少しの間だけリーファを睨みつけていたアランは、溜息を零して”枷”をポケットへしまいこむ。


「まあいい。信じてやろう。

 …さあ、”枷”が嫌なら、王に寄り添うに相応しい姿で私をねぎらえ」

「い、嫌ではないんですよ?

 でも今日は、姉弟子さんの服をいっぱい繕ったので、見て欲しいなと思ったんです」


 リーファの言い分に、アランはより不機嫌の色を濃くした。文句を言いながら、リーファの隣に寝そべっている。


「お前は私を差し置いて何をしに行ったのだ全く…。

 まあいい。気に入らなかったら”枷”をはめるからな」

「ありがとうございます。…それでは、まず最初にネグリジェから…」


 リーファは両手を目の前に出し、一度深呼吸をした。纏っていた手甲が紙吹雪のようにはらはらと崩れて散って行く。

 両手を伝って、鎧、髪飾り、グリーブを解きほぐし、代わりにオールドローズ色のネグリジェを実体化させていく。


 綿とレースの二重構造になっていて、花の模様をあしらったレースが可愛らしい。肩を見せるタイプのネグリジェで、同じ色の肩紐が通されている。

 丈は膝上までと短く、背中の中ほどまで肌が見えているのは仕様らしいが、胸元は大きく切られていた為、そこは似た色のレースで補修をしてある。


「どうでしょう?」


 アランの目の前でその姿をさらけ出すと、彼は頬杖をついて真面目な顔でしばし黙り込んだ。

 リーファが背中を向けたり横向きになったりポーズを取ってみせると、やがてアランは苛立たしげにぼやいた。


「………こんな格好でいたいけな少年の性を刺激しているのか。お前の姉弟子は」


 どうやら劣情よりも、バンデへの同情心が勝ったらしい。


「繕う前はもっと胸が開いてたんですよ………見られる事も、全く自覚がなかったそうで…。

 独りが苦手な方らしくて。男の子を引き取ったのも、賑やかだろうからって。

 あまり男性の性事情は理解していなかったようですね…」

「孤独を恐れて、大して知識もないのに幼い男児を引き取ったと?理解に苦しむな」


 何だか自分が怒られているような気がして、リーファは居心地の悪さを覚えた。つい肩を竦めてしまう。


(まあ私も、姉さんの気持ちを全部理解出来た訳じゃないんだけど…)


 姉さんがバンデを引き取った理由は、リーファとしてもピンと来るものではなかった。


 そもそも”孤独”を理由に『人を買い取ろう』、という発想自体が思い浮かばないというのもあるが。

 料理や裁縫などの探究、絵画などの芸術の模索。

 生き物と触れ合いたければ、野鳥などへの餌付け。

 魔術師であれば、使い魔の作成。

 それらで、ある程度解消されるのでは、と思うのだ。


 しかし、そちらの方向へ考えが及ばなかったのは、彼女が求めるものが”人とのふれあい”だったのでは、と考える。


 黙して語らぬ物体よりも。

 会話が出来ない獣よりも。

 何でも言う事を聞き過ぎる使い魔よりも。

 時には意見を違えても会話をしてくれて、自分のする事に反応をしてくれる人が、彼女には必要だったのかもしれない。


 奴隷市場でバンデを得たのも、それだけ急いでいたのだろう。

 常に側にいてくれる人となると、距離を置いている町の人達を頼る訳にもいかないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る