第27話 報告、提案、脅迫・3

 三人でコーヒーを飲み、昨日買ってきたポルボロンを食べて一旦休憩をすると、姉さんはちょっとずつ落ち着きを取り戻していった。

 姉さんは、冬場向けのストールで肌を隠すように覆っている。リーファに指摘されてさすがに堪えたようで、暑そうだがそのままで過ごすのは気が気でないようだ。


「そ、それでさっき言っていた皆殺しというのは…?」

「あ、はい。

 バンデがここに来る前までの事を気にしていたようだったので、私のグリムリーパーの力を使って、バンデの幼い頃の記憶を探ってみたんです」

「あ………」


 事情を知らずとも察したのだろう。姉さんの表情がかげり、菓子に伸ばす手が止まる。

 自分の机に置いたポルボロンを平らげ、バンデは立ち上がり姉さんに詰め寄った。


「おれの父さんと母さんは、母さんの家族が殺したんだ。

 おれはかたきうちがしたい」


 真っ直ぐに彼女を見据えたバンデに、迷いというものはない。


 少年の真剣な姿に、姉さんは口を開けて驚いているように見えた。目を伏せ、何かを考えている。

 やがて彼女は目を開けて、毅然とした態度で答えた。


「…駄目よ」


 突き放すように告げられた彼女の言葉に、少年の目が大きく見開かれた。


「そういう理由なら、魔術は教えない」


 姉さんの冷淡な態度に、バンデは食って掛かった。


「な───なんでだよ?!さっきまで乗り気だったじゃねーか!」

「魔術は…人を守る為のものよ。人を、害するものではないわ」


 一見至極真っ当な理由を突きつけられ、何も反論できずにバンデは黙り込んでしまう。


 けんもほろろな姉さんに、リーファは横から口を挟んだ。


「姉さんは、人を守る為に師匠に弟子入りしたんですか?」


 リーファの方を向く姉さんの表情は暗い。怒りすら籠る声音で、リーファに説いてくれる。


「ええそうよ。

 このエルヴァイテルトでは、”外海の覇王”と呼ばれる海の魔物を抑え込む為に、国内外問わず魔術師をかき集めてる。

 わたしはこの国の魔術学校に入れなかったから、自力でターフェ様を探して弟子入りしたの」


 リーファは、ラッフレナンドにおける魔王軍のようなものを想像する。

 単体の魔物か、あるいは種族なのかは分からないが、海に面しているエルヴァイテルトにとっての脅威なのだろう。


「国防の為に師匠の弟子になったのに、何故ここで何でも屋を?」


 素朴な疑問を投げかけると、姉さんは露骨に嫌な顔をした。どうやらあまり触れて欲しくない事情だったらしい。


「…い、色々ダメだったのよ。わたしの事はどうでもいいでしょう?

 とにかく、人を傷つける為に魔術を習いたいなら、この話はおしまい!」


 腹立たしげに彼女は席を立ち、リーファからもバンデからもそっぽを向いてその場を離れようとする。


 キッチンの方へと歩いて行こうとする彼女に、バンデは不貞腐ふてくされた顔で呟いた。


「ふーん…じゃあいいよ。リーファに頼んで教えてもらうよ」

「えっ」

(え)


 姉さんは声を上げ、リーファは出かかった声を頑張って抑えた。


 姉さんが背を向けて固まっている中、バンデはリーファに詰め寄ってきた。


「なあリーファ、いいだろ?

 リーファは殺したいくらい憎いヤツいるって言ってたし、さくっと殺せる魔術知ってるよな?」


 バンデは右手で姉さんの背中を指差し、左手を口元に持って行って開いたり閉じたりしてみせる。どうやら話を合わせて欲しいようだ。


「…そ、そうねえ…。私が使える、人を殺せる力はグリムリーパー由来のものだから教えるのは難しいけど…。

 お城に戻れば、師匠が持っていた魔術書も、魔術を吹き込んでる術具もあるし、基礎を教える事くらいは出来るかな…」

「ちょ、ちょっと、ねえ?」


 リーファが前向きな話をしだすと、艶やかな黒髪を揺らして姉さんが慌てて近づいてきた。


「お、まじか?やったぜ!お城入っていいか?」


 おろおろしている姉さんを無視して、バンデはわざとらしく陽気にジャンプしてみせる。


「え、え、え?」

「そこは相談してみないと分からないけど…。

 部屋はいっぱいあるから、陛下にお願いすれば住まわせてもらえるかも?

 駄目なら駄目で、城下の私の実家に───」

「ダ………ダメーーーッ!!!」


 耳をつんざくような大声量をあげて、彼女はリーファに掴みかかった。


 ───ダンッ!


「!?」


 襟を掴まれた拍子に、背中から黒板に叩きつけられる。頭こそ打ちつけなかったが、粉受けに腰が、板面に背中が当たり、眉をひそめる程には痛い。


 押さえ込まれてはいるが、彼女を振りほどけなくはない。それほどに、胸倉を掴んでくる姉さんの手はか細く震えていた。

 うつむいて顔は見えないが、どうやら泣いているようだ。


「お願い…お願いだから、バンデを連れて行かないで…!

 ひとりは…ひとりは嫌………ひとりにしないでぇ………っ!!」


 彼女が泣きじゃくる様を見下ろし、リーファはようやく、姉さんが孤独を極端に恐れている事に気が付いた。

 そして、バンデがそれを見越して三文芝居をしてみせた事も。


(じ、女性を泣かす才能のある子ね…!)


 リーファは、姉さんの肩の向こうにいるバンデにジト目を投げかけた。

『女性を泣かすのよくない』と口パクと表情で訴えると、少年は両手を重ねて申し訳なさそうに頭を下げた。


 リーファは溜息を吐き、スカートのポケットからレースのハンカチを取り出す。


「お願いをする人を間違えてますよ、姉さん。

 あなたが話をしないといけないのはバンデでしょう?

 彼の言い分を、ちゃんと聞いてあげて下さい」


 ぐずぐずと泣いて震えている姉さんにハンカチを差し出すと、彼女はそれを取って頬に伝った涙を拭う。

 リーファは彼女の背中を撫で、バンデと向かい合わせた。

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