第26話 報告、提案、脅迫・2

 部屋の方をちらりと見やり、リーファは姉さんに訊ねた。


「あちらの部屋は、何が?」

「学校があった頃は書斎だったの。今は魔術の道具とか魔術書が何冊か置いてあって…。

 日当たりが悪いから、寝室には向かないのだけど…」

「まあそうは言っても、他に部屋はありませんからね…。

 この際だから、バンデの部屋にしてしまいましょうよ」


 リーファの提案に姉さんの表情は渋い。何かを考えて、上を見て、下を見て、明らかに戸惑っている。


「ど、どうしても、しなきゃダメ?」


 何故か食い下がる彼女を見下ろし、訝しげに問い質す。


「…何でそこで嫌がるんです?」

「え、だって、あの…」


 姉さんはそこで言葉を詰まらせ、顔を赤らめてもじもじと肩を竦めている。

 よく分からない所で黙り込んだ彼女を見かねて、バンデがリーファに理由を教えてくれる。


「こいつ、おれの寝顔見るの好きなんだ」

「ば、バンデ?!」


 藪から棒に日常を暴露され、驚きと非難の声が上がる。

 バンデは頬杖をつき、呆れながら姉さんを文句をつけている。


「知らねえと思った?ベッドにはりついて人の顔見てニヤニヤしやがって。

 何度したと思ってんだ。

 あとは、ほっぺにチューとか子供じゃねーんだからかんべんしてほしいぜ。

 それとそれと───」


 寝ている間に行われた微笑ましいスキンシップを次々と暴き立てられ、姉さんは羞恥で茹で上がりどんどん小さくなっていく。


(これは…性的嗜好、というよりは母性本能というか、趣味の範囲…って事なのかな…?)


 ふたりのやりとりをぼんやり眺め、リーファも似たような過去に想いを馳せる。

 道端にいる猫の仕草が可愛らしくてずっと眺めてしまったり、ついちょっかいをかけてしまったり。


 一緒に風呂に入ったり同じ部屋で就寝したりも、今までは何となくで許容されていたからこそ、してしまっていたスキンシップのかもしれない。


 何にしても深刻な話ではなさそうだ。ひとしきり責め立てられすっかり落ち込んだ姉さんに、リーファは呆れながらたしなめた。


「バンデのプライベートを、もうちょっと守ってあげて下さい。今の状況、彼にとって毒ですよ?」

「うう…はい」


 不承不承ではあるが、姉さんはようやく首を縦に振った。


 ふと、リーファは姉さんを見下ろしていて、不意に思いついた事があった。

 チョークを手に取り、黒板に”姉さんの服の見直し”と書き足す。


「あとこれは私の個人的な意見なんですが…。

 姉さんの服、大変、目のやり場に困ります」

「そ、そうなの?」


 落ち着きを取り戻した姉さんの顔が、また赤くなって行く。

 バンデは腕を組み、うんうんとうなずいてリーファに賛同した。


「あー…そうだな。だいぶなれたけどさ。

 なんかこー、『間に指つっこんでぐりぐりしてください』って言ってるよーな乳してるよなー」

「そ、そんな事考えないの!」


 だんだん遠慮なく言うようになってきたバンデを、姉さんは必死に叱っている。

 ちなみに姉さんの今日の服は、若草色のフレアスカートに白を基調とした花柄の半袖服だ。暑い季節に似合う華やかな装いだが、やや歪に胸元が開いている。


「そう!昨日のワンピースも今日のツーピースも、ついでにネグリジェも!

 胸が出すぎです、アピールし過ぎなんです!

 確かに、自分の魅力を最大限アピールするのは良い事です。ですが!

 それはどうぞ、意中の男性にだけ見せればいいと思います!

 そんな格好で歩き回ったら、あっちこっちから男の人が言い寄ってきて当たり前、です!

 なんかないんですか?もっと肌隠せる服は??」

「お、おお?」


 語気を強めてまくしたてるリーファに、姉さんはおろかバンデすらも引いている。


「だ、だって…私の体型で合う服ってあまり多くはなくて…。

 この地域の人、既製品が体型に合わない人は、布から自分で縫うそうなのだけど。

 わたし裁縫は得意ではないし、ハサミで首周りをカットして広げるしか…」

「じゃあ私が縫います!」

「…へ?」

「さすがに裁縫道具はありますよね?後で採寸して布買いに行ってきますので、その間にふたりでバンデの部屋作りお願いします!

 持っている服は一通り出しておいて下さいね。そっちも胸が隠れるように繕いますから」

「う、う、う、うん…」


 きびきびと指示を出すリーファを見上げ、姉さんが呆然と首を縦に振る。


「…なあリーファ。

 胸小さいからって、女のはみにくいからやめといた方がいいぞー」


 頬杖をついて退屈そうに発したバンデの誤解に、リーファは、は、と我に返った。

 改めて姉さんを見下ろすと、彼女は手と腕で胸元を隠して申し訳なさそうにうつむいていた。


「あ、や、ち、違うんです姉さん。

 私がお仕えしている王陛下が、姉さんがよくする仕草がとてもお好きな方で…。

 小指を唇に添えたり、目を逸らして恥ずかしそうにしたり、手を腿の前にそえて胸を強調しつつ上目遣いで話しかけるとか、そういうのがすごくそそるんだそうです。

 なんか『全男子が喜ぶ大変あざとい良い仕草』だとか言うんです。

 でも仕草ばかりは直そうったって、どうしようもないじゃないですか。だから、せめて服装だけはなんとかしたくて…!」


 もの凄い早口でまくしたてるが、聞いているのかいないのか、彼女はより一層身を竦めた。


「だ…大丈夫よリーファ。

 そ、そうよね?女の子のあなたが気にする位なのだから、男性も見てしまうわよね。

 …言われてみれば、町の女性達もそこまで胸は開けてなかったかも…」


 そして手で顔を覆い、机に静かに突っ伏してしまった。


「………穴があったら入りたい………」

「あ…あの、なんか。ごめんなさい………」


 とても落ち込んでいる姉さんに向けて、リーファはそう謝る事しか出来なかった。

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