第12話 レンガの町スロウワー・2

 居住区と工業区の境目にある大通りは、他の通りと違って華やかな印象を受ける。

 レンガで舗装された道は、円や三角、四角の模様が所々彩られていて美しく、規則正しく植わったプラタナスの木が青々と生い茂る。


「旅芸人かしら?ここいらでは見かけない踊りね」


 通りの一角に、人だかりが出来ているのに気が付いた。先程から聴こえてきた楽器の音色は、どうやらあちらから聴こえてきていたようだ。


 真っ赤な絨毯を地面に敷いて、楽器の音色に合わせて女性達が踊っている。

 楽器を持っているのは、浅黒い肌と縮れた毛の中年と老年の男性達だ。中年の男性はピンク色のシャツに真っ赤なベストに黒いズボンという衣装、老年の男性は頭に白いターバンを巻き、明るい青いシャツに紺色のベストとかなり派手で見栄えがいい。


(綺麗な褐色の肌…)


 そして、踊り子の女性達の肌の色に、つい見惚れてしまう。

 日に焼けたのか地肌なのか、褐色の素肌を惜しげもなく晒した女性達の踊りは蠱惑的だ。空色の胸当ても、緑・赤・青色を組み合わせたスカートも、肌を必要最低限しか隠しておらず色っぽい。観衆の口笛が一層彼女達に華を添える。


(ああいう衣装、アラン様好きそうよね…)


 肌を晒す民族衣装のようなものを好んでいたなと思い出していると、リーファ───というよりは隣にいた姉さんに声をかける老人が現れた。


「おお、魔女さんや。こんにちわ」


 姉さんも白髪交じりの小柄な老人に気が付き、朗らかに挨拶を返した。


「あら、エーリクさん。こんにちわ。その後、足の具合はいかが?」


 姉さんの横で老人の足を盗み見るが、これと言って不調を感じている様子はない。老人も、右足を軽く上げてぷらぷらと動かして見せる。


「ああ、もうなーんも痛くないよ。

 見事なもんだねえ。医者にゃあ『切るしかない』って言われたってのに、魔女さんはあっという間に治してみせた。

 あんたがいりゃあ、医者なんていらないねえ」


 彼女は老人の目線までしゃがんで見せて、可愛らしくたしなめた。


「そんな事言わないの。あれが病気だったら、わたしもお手上げだったわ。

 これに懲りたら、もう酔っぱらっている時にノミは振るっちゃダメよ?」

「あいあい、わーってるよ。………ところでさ」

「うん?」


 不思議そうに首を傾げる姉さんに、老人はへへっと笑って訊ねてきた。


「うちのせがれ、どうだい?いい歳だし、魔女さんにぴったりだと思うんだがねえ」


 いきなり縁談の話を薦められ、彼女は戸惑っているようだった。


(姉さんってもてるのかな…)


 部外者のふりをしながら盗み聞きしつつ、リーファは彼女を見やる。


 町から少し離れた場所に住んでいるが、こうして声をかけられるという事は町の人達とそこそこ交流はあるのだろう。

 年齢は分からないが、リーファよりも少しだけ年上な印象を受けるし、女性らしい肢体も含めて十分美人の部類だ。


 だが、後ろめたい表情で背筋を正し、姉さんは静かに顔を下げた。


「…ごめんなさいね。わたしも色々抱えてて、とてもそんな気持ちになれなくて…」

「ふぅむ、そうかい?バンデのヤツも、せがれとなら仲良くやれそうな気がするんだがねえ」

「それ以外にも、色々あるの…」

「そおかぁ………あんな辺鄙な所に住んでんだ。何か事情があるのかねえ。

 …まあ、あんたみたいな美人なら、いつでも大歓迎さ。気ぃ向いたら、声をかけとくれよ」


 割とあっさり引き下がる辺り、彼女がここに来る度に話をしているのかもしれない。早々に切り上げてくれて、姉さんもほっとしているのが伝わってくる。


「…うん、ありがとね。エーリクさん」

「そいじゃあね」


 愛想のよい笑みを浮かべ、エーリクは姉さんに背を向けて北の道の方へと去って行った。

 老人を見送り、旅芸人を囲う人だかりからも離れて大通りを歩き出す。


「…治療のお仕事をしてるんですか?」

「エーリクさんにだけね。みんな魔術に頼らない生活をしているけど、どうしようもない時に声がかかるの。

 怪我の治療、家屋の仮補修、引っ越しの手伝い………ブドウやオリーブの収穫の手伝いはしたかしら?」


 まとまりのない仕事内容を聞いて、リーファは小首を傾げた。


「特定のお仕事をしてる訳じゃないんですね。何でも屋さん…ですか?」

「そうそうそれそれ。それと、わたしは水・氷系統が得意だから、この時期は氷作りとか良い収入になるのよ」


 姉さんの魔術の使い方に、リーファは思わず唸り声を上げた。


 夏場の氷はラッフレナンドでも貴重で、少なくとも城下で暮らしていてお目にかかった事はない。城は保冷庫があるから在庫は確保されているが、一度に使える量は制限されている程だ。

 水さえあれば氷を作れる魔術は、どこへ行っても重宝されるだろう。


「自分の得意な魔術が活かせるのはいいですね…。

 私は土・植物系統なんですけど、身の回りの薬草の流通ルートは整ってしまっていて。

 入り込むスキがないというか、魔術で商売気を出せないというか…」

「薬草の売買だけが活かせる道ではないような気がするわ。

 花屋、庭師、フラワーデザイナー、花雑貨店…植物が絡むお仕事は多いと思うの」

「なるほど………母が診療所に勤めていたので、薬の事ばかり考えていました。

 花を育てるとなると広い土地が要りますけど、雑貨店は面白そうですね…」


 花雑貨店という言葉が出ていて、花を使った雑貨の事を考えてしまう。ハーブティー、贈り物用の花飾り、アクセサリーなど、必要雑貨とは言い難い趣味の店というのは楽しそうだ。


 先々の事を思い描いていたら、姉さんが大通りをそわそわと見回しているのに気が付いた。


「どうしました?」

「ん、うん。町に行くと言っていたから、バンデがいないかと思ったのだけど………きっと居住区にいるのね…」

「居住区に、友達が?」

「それが…そういう事も、教えてくれなくて。

 仕事の時に一緒についてくる事もあるから、そこで仲良くなったりはしてるみたいなんだ」


 魔物の特徴が色濃く身体に出ている者が町を歩いている姿を、リーファは見た事がない。故にイメージが湧きにくいが、そこは姉さんとバンデが上手く町に解けこんでいった結果なのだろう。


「行ってみます?」

「え?」

「居住区です。バンデ君の彼女とかに会えるかも」


 興味を持たせる言い方をすると、彼女は腕を組んで悩む仕草をしてみせた。

 そこそこ時間はかけたが───


「う、んー………。いえ、いいわ」

「そうですか?」

「家族に知られたくない事の一つや二つ、リーファにはない?」


 そう問い返されてしまい、リーファは考えてしまう。


 父とは、ここ二年程は顔を合わせていない。

 忙しいのか会いたくないのかは分からないが、リーファの近況は劇的に変化しているから、どこかで話をしないといけないのだが。

 ラッフレナンド城の人々の事。特にアランに関わる話は、ちょっと話しづらい内容ではある。


「そう…ですね。どうしても伝えにくいものって、ありますよね…」

「でしょ?だから、そこは話してくれるまで待ってみようかなって」


 優しく笑う彼女を見て、少し不満そうに目を閉じる。


(同世代の子達とどんな付き合い方をしてるとか、気にならないのかな…)


 しかし、この考えはあくまで好奇心なのだとも感じてしまう。


(私は部外者だし、あんまり余所よその家庭に踏み込むのはまずいよね…)


 姉さんの願いは、反抗期の少年との仲を取り持つ事だ。そう、心の中で言い聞かせた。


「さあ、そろそろ買い物に行きましょう。リーファの料理の腕、わたしに披露してみせてね」

「はい、がんばります」


 上機嫌に手を繋いでくる彼女の手を握り返し、リーファ達は商業区へ続く道へと歩いて行った。

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