第15話 迫られる選択・2

 官僚達にとっては厳しい選択と言えるだろう。判断材料と呼べるものは何一つ手元にないのだから。


 ラッフレナンド国民にとって、魔術師王国時代の歴史は革命の発生と共に終わっている。国史の教科書にだって、精々が一節書かれているかどうか、という程度だ。魔術師達の王の名前はおろか、その国名すらも知られていないのが良い証拠だ。


 かと言って、『何の判断材料もないから受け入れる訳にはいかない』と無下にするには、後に起こるかもしれない被害が大きすぎる。


「失礼ですが、側女殿が魔女の弟子…という話は事実なのですかな?」


 膠着していた状況の中、ジェローム=マッキャロル国務大臣はそう話を切り出してきた。額に汗を浮かべた壮年男は、少し遠慮がちに後を続ける。


「こう言っては何ですが…その」

「側女は、魔女の指図で城に入り込んだ尖兵ではないか、と?」


 ここでようやく、今まで黙って静観していたアランが応じる。彼は足を組んで椅子に背を預け、どこか余裕綽々に口の端を吊り上げた。


「…ふふ、否定出来ぬのが悲しいな。

 一目見て気に入り、家庭的な所にほだされ、公私に渡って助けられ、夜の伽に酔わされる。

 あれが魔女の魔性だと言うのならば、世の女達は皆魔女と呼ばれてしまうのではないか?」

「は、はぐらかさないでいただきたいのですが…」


 多くの場合で中立の立場に居続けようとするジェロームも、今回ばかりは判断出来かねているようだった。

 まごついている国務大臣が可愛く見えるのか、アランは口元を押さえて失笑した。


「そう怒るな。

 側女については、昨晩かけて

 確かに彼女は魔女の弟子ではあるが、この城の話は何も聞かされていない。

 しかし、『側女となってから城の異質さに気付いた』とは言っていた。

 疑わしいと思うのならば、この後にでも薬剤所か4階の衛兵に問い合わせるといい。

 何の薬を盛ったか、どんな自白をしたか、訊ねられたら答えるよう命じてある」


 昨晩、リーファにどんな尋問をしたのか察したのだろう。ジェロームはくしゃっと顔を歪めて黙りこくってしまった。


 アランにここまで言わせた以上、リーファを追及する者は誰一人としていなかった。『ラッフレナンドが誇れる薬剤所の薬まで用いて尋問した』と暗に示したのだ。そこまで疑ったら、自国の取り柄すら否定する事になってしまう。


「それと…これは先程聞いたばかりの話なのだが…。

 魔女ターフェアイトが、『兵士達に魔力剣の指導をしてもいい』と指導役の兵長に言っていたそうだ」


 アランから唐突に切り出された提案に、官僚達が皆眉をひそめている。

 恐らく現場の近くにいたのだろう。官僚の一人がはっとして顔を上げた。


「そういえば昼前頃、演習場の方で大きな物音がしていましたね?もしやあれが…?」

「ああ。魔女と側女が兵を伴い、演習場の訓練を見学したらしくてな。

 が魔力剣の使い方を実演してみせ、魔女が指導役の兵長に検討するよう告げて去ったそうだ」


 アランの説明に、大会議室のざわめきがより大きくなった。

 リーファ自身、解呪や除霊などで唯一無二の存在感を見せつけてはきたが、魔術方面の活躍は全く見せていなかった。

 周りにも『護身程度』と話している為、見せびらかす程ではないと思っていた者が多かったようだ。


「ま、魔力剣も扱えるのですか?あの側女殿が」

「使いたがらないが、魔術の腕もなかなかのものだぞ?

 下手な魔術師などよりもずっと腕が立つやもしれん」


 困惑する官僚らとは対照的に、アランは得意満面に笑みを浮かべていた。『なかなか』と評した一件は、アランもそれなりに痛い目に遭ったはずなのだが、それすらも忘れているかのようだ。


「魔力剣を全力で振るえば、演習場すら両断する程の威力になる…との事だ。

 今まで牽制程度の使い方しかしていなかった魔力剣だが…もし正しい使い方を習得すれば、大きな戦力になる」


『魔女に城の改装を任せる』という聞き入れがたい案に対し、演習場の一件は渡りに船と言えた。

 魔力剣の指導はラッフレナンドにとって有益になる上、ターフェアイトは『国に対して二心ふたごころなし』と意思を示す事が出来る。


(魔術師忌避の思想は、もう過去のものなのかもしれないな…。

 そうじゃなきゃ、指導役の兵長が易々と魔力剣を預けたりはしないだろうから)


 リーファの実力、魔力剣の性質やその指導と、降ってわいた新情報に議論が熱を帯びる中、アランは手を上げて場を静めた。

 一切の反論を許さぬ藍の瞳に見据えられて、官僚達全員が息を呑む。


「…話を戻そう。

 確かに、いきなり現れた魔女に城を弄繰り回されるのは業腹だ。

 しかしシステム停止が差し迫る中、一年程度で遷都などの大事業がせる訳でもない。

 そして私は、砂塵の山を『ラッフレナンド城だ』とのたまう気もない」

「…魔女が嘘を言っていない、と言い切れますかな…?」


 椅子が軋む音すら立てるのも憚られる中で、クレメッティが尚も口を挟む。

 疑念ばかりを向けてくる男だが、ゲルルフのような魔術嫌いでもなければ、アランを貶めたいギースベルト派でもない。貴族を第一に考えつつも司法につまらない手心を加えなければ、ある意味扱いやすい類の人物だ。


「私の””に嘘は映らなかった。

 …しかし、信用するに足る人物、とまでは思っていない。

 故に、国内外から魔術の有識者を招き、システムの披露目ひろめも兼ねて分析したいと考えている」


 アランの言葉遣い、所作、在り方は、時に年配の官僚すらも惹きつける。

 先王オスヴァルトを良く知る者達からは、若かりし頃に瓜二つと言われるその容姿が良く話題に上るが、若い者達からはその”目”に惹かれる、と言われる事がある。


「魔王領からの侵攻が小康状態になって久しいが、いつまでもこの平穏が続くとは限らない。

 今までこそ、魔術師王国の残滓に守られていたやも知れないが…祖先が散々蹂躙した者達の手を借り続ける、というのもおかしな話だ」


 アランの才”嘘つき夢魔の目”のモデルになった夢魔は、女王まで上り詰めたと聞いている。

 嘘を見抜くだけの才だと思い込んでいたが、王の資質もこの目に備わっているのでは、と思わずにはいられない。


「この機会に、国にとって有益か、不都合はないか、倫理にもとるものではないか───そうした多方面から、魔術師という存在を見定める。

 古き世代を看取り、我々が次代を引き継ぐ時が来たのだ」


 魔女と言う脅威に恐怖を滲ませていたのは何だったのだろうか。

 気付けばアランの高説に浮かされて、多くの官僚からけたたましい拍手が送られていた。クレメッティですら場の雰囲気に逆らえず、呆れ交じりに手を叩いている。


(本当に、君は罪作りだね………アラン)


 鳴りやまない拍手の中、ヘルムートは複雑な想いでアランを見下ろした。

 喜び、苛立ち、容認、不安、期待───どれともつかないこの感情に、誰でもいいから名前をつけて欲しい。そう思ってしまった。

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