第16話 城改装の結論は・1

 リーファ達の散策と称した城のチェックは、夕方まで続いた。


 食事も兼ねて食堂へ赴き、兵士宿舎、礼拝堂、公文書館、庭園、牢獄へと歩き、牢獄地下からシェルターと保管庫を抜けて本城へ。

 4階の王の寝室まで一通り見た後、1階の居室へと戻って行った。


 ソファで向かい合わせに座り、リーファとターフェアイトが状況をメモし、リーファのソファの横に直立しているカールが時折話に加わる。

 あくまで、午後の会議で改装の許可が降りれば、の話ではあるが、それでも夢は膨らんでしまうものだ。


「演習場は障壁をつけてやりたいねえ」

「そうですね。あれだと魔力剣の練習で被害が出てしまいますし。

 頻繁に破損が出るでしょうから、出来れば自己修復の紋はかけておきたいです。

 …そういえば、食堂は最近水の出が悪くなっていたみたいですね。配管に異常が出てるのかな…」

「異常と言えば、兵士宿舎は壁や床の傷みもひどくなっている。出来れば補修を希望したいが…」


 カールの要望に、ターフェアイトは青紫色の目をキラリと輝かせた。


「補修だけでいいのかい?いっその事リフォームしちまおうよ」

「…どのように?」

「5階建てにして、最上階全域を浴場にするとかさ。城内も城下も見下ろし放題だ。景観サイコーだろう?」

「そ、それは…浪漫は、あるが。オレの一存では何とも」


 急な提案に困惑しているカールだが、満更でもないようだ。手で隠している口の端がいびつに吊り上がっている。


「本城より高い建物だとケチがつきません?

 地下の浴場は換気が悪いから上に持ってくるにしても、何かに使いたいですが…。

 1階の武器防具置き場…地下に持っていけないかな…」

「武具を地下に置くならば、外から直接地下に降りられる道が欲しい。

 有事に武器をすぐに確保出来なければ、意味がないからな。

 しかし、地下の空間を武具置き場だけで埋めるには広すぎる」

「各階に物置がありましたね。あの中の荷物は、地下に動かせません?」

「…そうだな。あの中は毛布や消耗品が入っていたはずだから、移動してもいい」

「礼拝堂は思ったより傷みが少なかったねえ…屋根が欠けていたからそこの補修くらいか…。

 あとは、庭園地下の保管庫の中身がまだ残ってればいいんだが…」


 などと会話が弾んでいると、廊下の方が少しばかり賑やかになっていた。

 皆で顔を見合わせ、揃って扉を見やるといきなり扉が開かれる。


 ───がちゃんっ!


 そこにいたのはアランとヘルムートだった。アランは明らかに不満そうな顔つきで、ヘルムートは苦笑いを浮かべている。


「ア………陛下」

「リーファ、膝を出せ!」

「へ?あ、は、はい」


 あまりの剣幕に驚きながら、リーファはソファの右端へ体を移動させた。カールが扉の側に控えると、アランは左側から入ってきてリーファの隣に腰掛ける。

 そしてアランは、リーファのスカートをまくり上げた。


「ぎゃあ!?」


 酷い悲鳴が上がるがお構いなしに腿に頭を投げ出し、めくれたスカートを頭に被って思いっきり深呼吸を始めた。

 いきなりのスキンシップに、リーファは顔を真っ赤にして抵抗した。


「へ、へ、へ、陛下!こ、こんな所でそんな事しないで下さい!

 師匠だって見てるんですよ!?」

「知った事かここは私の城だ」


 と言いながら顔をこすりつけてくるものだから、髪の毛やらまつ毛やら眉毛やらが肌に触れてこそばゆい。


「あっ、ひゃっ、も、もうっ」


 いつも以上に横暴なアランを見て、ターフェアイトが足を組み直して心底楽しそうに笑っている。


「あーいいよいいよ。ぜぇんぜん気にしないから」

「私が気になるんだって───いっだっ!?」


 突然の痛みに驚いていると、どうやらリーファの腿にアランが歯を立てたらしい。血は出ていないが、せせら笑うアランの先で、腿の肉に歯形が入っている。


「噛みついて欲しいか?なめまわして欲しいか?大人しく膝を貸すか?選ばせてやる」


 ここまで機嫌が悪いともうどうしようもない。リーファは溜息を吐き、一番被害のない選択肢を選んだ。


「もう………言う事聞きますから…、お願いですから、大人しく膝を借りて下さい………」

「分かればいい」


 満足したアランは再びリーファのスカートを顔にかけ、鼻息荒く深呼吸を始めた。吐息が時折肌を撫でてくすぐったいが我慢するしかない。


 アランの有様はとても気が立っているように見えた。まるでやりたかった事が出来なかった子供のようだ。

 まさかと思い、リーファは側に立っていたヘルムートに声をかけた。


「もしかして…ダメだったんですか?」

「ううん。意外な助け舟があってね。システムの再構築と城の改装、ちゃんと理解は得られたよ。でもね…」

「あの馬鹿共、『側女殿に任せるには荷が重すぎるから、別の者を責任者に宛がうべきだ』などとのたまったのだ。

 これが怒らずにいられるか!クレメッティすら同意しおって!」


 ソファからかなりはみ出た足をばたつかせ、スカートに埋もれながらもアランが怒り狂っている。


 ヘルムートはアランを見下ろし、呆れたように肩を竦めた。


「アランがリーファを正妃にしたがる話は、結構な人数の役人に伝わってしまっていた。正妃にする条件を、何らかの形でクリアさせようとしていた事も、ね。

 彼らは、リーファに功績が与えられ、それをきっかけに正妃もなる事を恐れてるんだ。

 …あと、クレメッティ=プイストは偽セアラの一件で借りがあるから、これでチャラになったんじゃない?

 例外は彼昔から嫌がるし、リーファは正妃にしたくないんだろう」

「城の管理を任せるという事は、王の住まいを守るという事だぞ。

 国母たる正妃以外に誰が務まるというんだ」

「そういう事言ってるから『責任者を別に』って話が出るんだよ。

 あそこで条件を呑まなきゃ、この話自体なかった事になってたんだ。

 城を維持したいならそこは諦めようよ」

「………城など、さっさと潰れればいい」

「アーラーンー?」


 リーファのスカートを挟んで、アランとヘルムートの不毛な言い合いが白熱していく。


 アランの思惑とは逸れてしまったようだが、理解は得られた事に安堵した。半日かけて城の不備を見て回ったのが無駄にならなくて済む。

 しかし、リーファの中でひとつ懸念が生まれた。管理者の事だ。


 ターフェアイトは城の関係者ではあるが、ラッフレナンド王家からすれば無関係な人間だ。用が済めば出ていかなければならない。

 そしてリーファを管理者にする事は認められなかった。

 現時点で、この城の管理に足る人材がいない。


「私の事はともかく…困りましたね。

 誰に管理してもらうにしても、ソースコードが読めなければ管理のしようがありません。

 城の構造物に魔力を通す技術は、魔術師であれば出来なくもないでしょうが、ソースコードも読める人材を調達するにはあまりにも時間が…」

「いや、いるじゃないか。適任者が」

「え?」


 ターフェアイトがニヤニヤと笑ってリーファの後ろを指す。振り返って見やった先には、カールがぽかんとした顔で突っ立っていた。

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