第13話 魔力剣の訓練の中で・2

「どうぞ」


 フーゴと呼ばれた少年兵から剣を手渡される。長さは地面からリーファの腰上位まである。刃も柄も銀色で、柄頭に空色の宝石がはめ込まれている。


 リーファは柄を握りしめ受け取るが、


「お、重っ…!」


 思っていたよりも剣はずっと重く、兵士から渡された途端刃先を地面に落としてしまった。力をこめれば持ち上げられない訳ではないが、これでは狙いをつけるのすら難しい。


 兵士達から、どっ、と笑いが零れて、リーファは恥ずかしくなってしまう。


「こ、こら、笑うなお前ら!仕方がないだろうが!」


 フェリペは一応兵士達を叱りつけるが、彼もまた口元が緩んでいるから兵士の笑いが治まる事はない。


(穴があったら入りたい…)


 泣きそうな思いをしているリーファの側で、呆れたように溜息を吐いたのはカールだった。

 彼はリーファが握る剣の柄の空いている部分を掴み、持ち上げてくれる。一気に剣が軽くなり、動かしやすくなった。


「手を貸そう。早くやってくれ」

「は、はい」


 ふたりでよたよたと移動して、立てられた藁人形に狙いを定める。


「はっはっは。まるでケーキ入刀だなあ」

「茶化すな」


 フェリペの揶揄を、心底迷惑そうにカールが呟く。


(こんな近くに男の人がいるのって、アラン様以外はないなぁ…)


 カールの腕、指、体と密着して、体温と息遣いが伝わってくるようだ。アランよりは小柄なカールだが、リーファよりは上背があるし、兵士だけあって筋肉質だ。


(は、早く終わらせよう…)


 変に意識していると気づき、リーファは気を引き締めた。剣に意識を集中させる。


 剣を自分の体の一部であるかのようにイメージして、自分の魔力を剣に這わせていく。柄から刃へ、剣の形を覆うように魔力を伸ばしていくと、剣がぼんやりと白く発光し始めた。


「!?」


 カールの驚愕が剣越しに伝わる。

 やがて剣を包む光は文字を形作り、腹の部分に浮かび上がる。


(思ったより魔力を持って行かれる………なら)


 リーファはカールと一緒に剣を持ち上げ、そこに浮かび上がった文字を読み上げた。


「”空を舞い水を切る風の精よ。汝の片鱗を我に示せ。愚かなる者に断頭の刃を落とせ”」


 コオオオォォォォ───


 呪文に反応して、リーファ達に向かって風が集まってくる。通路になっている三方向と吹き抜けになっている上の方からの風を受けて、剣の輪郭が歪になる程の魔力が刃を覆う。


「お、おおおおおおぉ?!」


 風に煽られ兵士やフェリペがおののく中、リーファは見えない刃を伸ばした剣を高く掲げ、先にある藁人形に向けて振り下ろした。


 ───ズダンッ!!!


 大地が一瞬揺らぎ、爆風が演習場に吹き荒れる。兵士の何名かは、押し戻された風に煽られ転倒してしまった。砂埃により視界が灰がかった黄色で埋め尽くされ、リーファは堪らず目を閉じた。


「ぐっ、ぬうっ───!」


 唸る強風、何かが崩落する音、男性特有の低い悲鳴が、ごちゃまぜに鼓膜を打ち付ける。吹き飛ばされそうな体は、横にいたカールが肩を抱いて懸命に支えてくれていた。


 やがて衝撃のピークは過ぎ去り、砂埃の治まりを肌で感じて、リーファは恐る恐る目を開けた。

 未だ周囲は砂塵で満ちていたが、藁人形のあった方角はうっすらと視界が開けている。

 その光景をようやく認めて───リーファは瞠目した。


 地面を深く一直線に抉る刃の爪痕は、藁人形を越して観客席の2階まで到達していた。

 立てられていた藁人形は無残に粉砕され、細かい藁と縄の残骸が風に乗って散って行った。


 ◇◇◇


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」


 リーファは呪文のようにひたすらフェリペに頭を下げ続けた。


 幸い兵士たちに怪我はないようだった。ただ、あれほどの威力は初めて見たようで、全員恐れおののいているのが見て取れた。

 フェリペもこの光景は見た事がないのか、リーファをなだめているがどこか遠慮がちだ。


「い、いやいや。頭を上げて下さい側女殿。何もわざとやった訳ではないでしょうに」

「ごめんなさい…」

「謝んなくていいんだよ」


 演習場に刻まれた刃の跡を直していたターフェアイトが戻ってくる。

 観客席を見やれば、そんなものなど初めから無かったかのように綺麗な石段が広がっている。


「あれが本来の威力さ。

 魔力を剣に吸わせてやり、現れた文字を読み解いて、力の在り方を理解してから剣を振るう。

 魔力障壁もないこんなちっぽけな演習場じゃ、観客席がズタボロになっちまって当然なんだよ」


 戻ってきた魔力剣を恐々と握りしめて、フェリペが眉根を寄せて唸る。


「あれがこの剣の全力なのか…」

「ああ悪い。厳密にはそれは正しくないね」

「む?」


 ターフェアイトはリーファの方へと顔を向け、なじるように問い質してきた。


「リーファ。あんた、なんで公用語で唱えたのさ。

 ラッフレナンド公用語は発動までに一ステップ要するから、威力がどうしても落ちちまう。

 おまけにちょっとアレンジ加えたね?フェミプス語でそのまま読んどけば、もっと火力が上がっただろうに」


 その言葉の意味を理解して、フェリペが顔を強張こわばらせる。


「あ、あれ以上になるというのか?!」

「その気になりゃ、この演習場なんて一刀両断出来るさ」

「まじか…!」


 フェリペが恐ろしいものを見るような目でリーファを見下ろしている。


 三人の視線が刺さるようで、リーファは身を竦ませた。


「…上がりそうだったからやめたに決まってるじゃないですか…。

 思ったよりも剣に魔力を吸われたから、そのまま発動するのはまずいと思って…。

 本当なら、観客席の手前の壁で止めるつもりだったんですけど………なんか、思った以上に風の力が強くなってて…」

「ふたりで剣握ってたから、威力がちょい上がったんだろうねえ。

 字が読めなきゃ、普通はそんな事にはならないんだが…」


 ターフェアイトの分析で、フェリペ、リーファ、ターフェアイトが揃ってその原因に気付き、カールを見やる。


 仏頂面のカールもさすがにたじろぎ、一歩引いてしまう。


「カールさん…もしかして、フェミプス語読めるんですか?」


 確信が込められたリーファの問いかけに、カールは何かを言おうと口を開き、そして閉じる事を何度か繰り返した。まるで言い訳を考えているようだ。

 しばらく黙り込んでやがて目を逸らし、ぽつりぽつりと話し出す。


「…ラーゲルクヴィスト家は、王家の血筋を継いでいるギースベルト公爵家に仕える、騎士の、家系だ…。

 王を守る為、仇なす魔術師を理解する、為の、努力は、惜しまない。

 言語の、習得は…当然だ…」


 たどたどしい説明に、フェリペやリーファはもちろんの事、ターフェアイトですら「おおおー」と感嘆の声を上げた。


「お、おお…、お前んち案外すごいんだな…」

「う、うるさいな。案外は余計だ」

「へえ。こんな言語を知ってる人間なんかいやしないと思ってたんだが、物好きな勉強家がいたもんだ」

「物好きで悪かったな」


 フェリペやターフェアイトが感心する中、リーファは別の事を考えていた。


(し…”シーグリッドの騎士”の騎士様みたい…!)


 昔読んだ御伽噺おとぎばなしに、騎士が旅をする話があったのだ。

 思慮深く戦いを好まない孤高の騎士は、その智慧と機転で数多の苦境を乗り越え、最後は自分の仕えるべき女王に永遠の忠誠を誓う、という内容だ。


 その騎士の容姿は『陶器のような白い肌、アメジストの瞳、獅子のたてがみのような御髪を持つ、子供程の大きさの』と書かれていて、人ではないのだが、特徴だけであればカールとそっくりだ。


 物語の主人公を目の当たりにしたような気がして、リーファは目を輝かせてカールを見上げた。


「王様を叡智で守る騎士様の家系ですか………かっこいいですねぇ…!」

「………そ、そうか」


 率直な感想を真正面から受けたカールは、一瞬顔を歪め、すぐにそっぽを向いてしまった。

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