第12話 魔力剣の訓練の中で・1
人々との接触を最小限にする為、リーファ達は北の出口から本城を出て、東の方へと石畳の上を歩いていく。
「カールさんもついてきてくれるんですね」
振り返って、リーファはカールを見やる。
カール=ラーゲルクヴィストは、黄金色の髪を左右一房ずつ編み込んで後ろで結わえた青年で、菫色の瞳はついつい見つめてしまいたくなるほどに綺麗だ。しかし、彼の表情はどこか陰りがあり、リーファを見つめ返す面持ちもどこか厳しい。
「問題があるか?」
「いいえ。我儘に付き合わせてしまってすみません。よろしくお願いしますね」
「…これがオレの責務だからな」
そう言うと、彼はふい、と目を逸らす。
(…嫌われたかな…)
城にいる多くの兵士はリーファに対して友好的に接してくれる事が多いが、中には例外だってある。面と向かって悪態をつかれる事はないものの、距離を置いてくる者は一定数いるのだ。
ターフェアイトを見張る兵士達は、自身の仕事の合間に見張っているはずだから当然仕事量は増えているだろう。迷惑をかけている事に変わりはない。
「この建物は何なんだい?」
ふと、ターフェアイトは建物を見上げ訊ねてくる。
そこは城の北東にあたり、食堂の北にある建物だ。
外観は円柱状で、石造りの建物をいくつも連なった立派な柱で支えている。2階建てで外周は廊下が渡されており、1階の四方に中央へ通れる通路がある。
横切る事はあっても行く理由がない為、リーファも入るのは初めてだ。
カールが淡々と教えてくれる。
「ここは演習場だ」
「演習場?」
「来るべき戦いに備え、剣術、弓術、柔術の訓練を行う場だ」
通路を抜けると建物がすり鉢状になっていた。外周は階段状になっていて、どうやら座って中央の訓練を観賞出来る観客席になっているようだ。屋根がついている為、観客席が雨に濡れる心配もない。
中央の広場では、兵士たちが二十名程整列している。その先には教官がいて、剣を握りしめていた。壁に程近い場所に人の形を模した藁人形が立っていて、あれを目標にしているようだ。
見本を見せているのだろうか。教官は剣を構え、藁人形を見据えた。
「”風の精霊、我に力を。仇なす者に裁きの刃を与えん───風刃破”!」
ヴヴン───と音を鳴らし、剣がぼんやりと白く発色する。頃合いを見計らって教官は剣を振り下ろした。
ザッ!
その場で振り下ろされた剣から身の丈程の風の刃が解き放たれ、その先にあった藁人形を容易く斜めに切り落として見せた。
「「「おおおおお───!」」」
兵士たちから歓声と拍手が上がる。
リーファ達の後ろにいたカールが、先の光景を説明してくれる。
「あれは魔力剣を扱う練習だ」
魔力剣とは、その名の通り魔力が付与された剣だ。
偶然、必然に関わらず、何らかの理由により本来の性能とは異なる力が加わった剣の事を指す。性能が上がるものを指すのが一般的だが、不利益しかもたらさないものも広義では魔力剣と言われている。
「魔術は嫌うくせに魔力剣は使うんだねえ」
「魔力剣とラッフレナンドの歴史は、切っても切れない関係だ。
初代ラッフレナンド王は”魔術師殺しの剣”を所有し、その剣で魔術師の王を屠り建国へと導いたとされている。
以降、ラッフレナンドは魔力剣の練習を必修科目にしていて、将官クラスに昇格したものは皆魔力剣を授与されている。
…
「はあん、なーるほどねえ」
カールの説明に、あまり興味なさそうにターフェアイトは相槌を打っている。
(アラン様が魔王陛下から譲ってもらった剣にも、風の魔力が込められていたっけ…)
あれもまた、全く使われていない魔力剣だったなと思い出す。剣を振るわなくても良いのは平和な証拠なのだが、どうにも勿体なく感じてしまう。
次は兵士たちの練習のようだ。剣は一本しか用意されていないらしく、教官から剣を渡され兵士は身構えて見せる。
新たに立てられた藁人形を見据え、文言を唱えた。
「か…風の精霊、我に力を。あ、仇なす者に裁きの刃を与えん───風刃破!たあっ!」
しかし兵士が握った剣は光を発さず、振ってみても風の刃は出ない。
「気合が足りん!もっと剣に意識を集中させろ!」
「は、はいっ!」
教官に喝を入れられ、更に緊張した兵士は続けて剣を振るうが魔力剣の力は現れないようだ。
結局、何度か試した兵士だが結果は芳しくなく、肩を落とした兵士は別の兵士に剣を譲っている。
演習場の壁に背を傾けぼんやりとその光景を眺めていたターフェアイトは、ふとリーファの方へ向き直った。
「ねえリーファ。あんた手伝ってやりなよ」
「え?」
言っている意味が分からず眉をひそめていると、物分かりの悪い弟子に師は言い方を変えてくれる。
「魔力剣を試しに振って見せてやりなよ。あんたなら出来るだろう?」
「い、いやでも、兵士さんの練習の邪魔はちょっと」
「出来るのか?」
何故かカールが話に加わってきて、リーファは目を丸くした。
それを何故かターフェアイトが答えている。
「元々魔力剣は、魔術を上手く扱えない連中用の武器なのさ。
属性の得手不得手に関係なく、コツを掴めば誰でも使えるように出来てる」
「ふむ」
カールはひとつ相槌を打ち、演習場の中央へと歩いて行った。
「えと、あの、ちょ?」
意に反して何かが勝手に動いていく状態に、リーファは戸惑うばかりだ。
今も魔力剣の練習中だというのに、カールはお構いなしに教官に声をかけた。
「おい、フェリペ=ビセンテ兵長」
「ん?」
ぶっきらぼうに名を呼ばれた教官がカールに気づき、顔を向けた。茶髪を刈り上げた青年フェリペは、どうやらカールとは顔なじみだったようだ。
指導中なのに突然の介入に怒る様子もない。手で制して兵士の練習を止めさせ、カールに駆け寄る。
「おお、カールか。どうした?
っていうかお前、俺のほうが格上なんだから敬語使えよ」
「ふん、同期のお前に使える敬語などないさ。
…側女殿が、魔力剣の扱いの心得があるそうだ。
試しに剣を振らせてやってくれ」
「うん?何?側女殿?」
名指しされてしまった以上出てこない訳にも行かず、リーファもカールの後ろまで近づいて行った。
頬を引きつらせながらもフェリペに笑顔を向けておく。
「…む、無理でしたら戻りますので…」
「ふーむ…」
フェリペは腕を組んで考え込みだした。更にリーファの後ろから歩いてきたターフェアイトにも顔を向け、小さく
「…では、お願いしよう」
「え」
「よくよく考えれば、魔力剣は魔術に繋がる技術だ。魔術師に心得があるのは不思議じゃない。
───おい、フーゴ。剣持ってこい」
そう言って、魔力剣を持っていた兵士を呼びつけてしまう。
(ど、どうしてこんな事に…!?)
城に来てから一度も体験した事のない状況に陥って、リーファは困り果てた。
リーファ自身、常に側女の立場で日々を過ごしていたし、グリムリーパーの力も人前では極力行使しないように努めていた。
なのに、兵士の思い付きでいきなり魔術師としての力を求められるなど。『魔術師嫌いの国の真ん中で魔術を使ったらどうなるか』いつも恐々と考えていたリーファとしては、これほど恐ろしいものはない。
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