第9話 城改装の打診・1

 兵士から『魔女は見張っているから戻ってくれて構わない』と促されたので、リーファはターフェアイトの部屋を後にしていた。


 遅めの夕食を取り湯浴みを済ませてから側女の部屋へ戻ると、程なくアランとヘルムートが部屋へと入ってくる。

 ターフェアイトの話を聞きにきたのだと察し、リーファは会話の内容をふたりに報告した。


「城の地下に魔術師達が生きて…」


 暖炉側のソファに座り、ヘルムートが真っ青な顔をして項垂うなだれている。


「はい。信じられないかもしれませんが、事実です。

 …もう何人かは死んでるかもしれませんが」

「ここ出るって噂あるんだよ…。

 殺された魔術師の霊がいるとか、酷い拷問を受けた魔女の呻き声が聞こえるとか…」


 ヘルムートは、魔術で城が支えられていた事よりも、幽霊の噂の方が気になるらしい。少々呆れたが、『生まれてからずっと住んでいる家が曰く付きでした』という事実は確かに嫌かもしれない。


 ベッド側のソファにいるアランは、向かい合わせでリーファを膝に座らせている。額、頬、唇、首筋と、アランはキスを落として行く。


 ヘルムートの方へ首を向けながら、リーファはアランの頭を優しく撫でる。


「…幽霊、駄目なんですか?」

「普通は駄目だよね!?」

「そ、そうですね。普通駄目ですよね───あんっ」


 膝上丈のピンク色のネグリジェの肩紐が下ろされ、リーファがはだけそうになった胸を慌てて押さえる。アランはお構いなしに、程よく膨らんだ胸元に甘く噛みついた。


 もそもそと体をまさぐり続けるアランの指先に耐えながら、リーファはヘルムートに答えた。


「く、件の魔術師達は、地下に囚われてるので、魂は出て来てません。

 というか、その地下も結界が張られていて、そちらは私も入れないんです。

 お城の中は、私がマメに確認して、回収してますから、幽霊はいないと思います、よ?」

「ああ、それなら安心───て、え?回収?」

「はい。2階の…、ちょうどこの、下辺りの廊下だった、ような」

「それ僕の私室のすぐ側だよね!?」


 アランの指先がリーファの腿を撫で回す。胸に顔を埋め、深く深く呼吸を繰り返す。


「あ、え………だ、大丈夫です。多分縁はない方です。通りすがりの方、だったと思います」

「だよね?そうだよね?僕に恨みのある人とかじゃないよね?」

「…何か女性に、恨まれるような事したんですか?」

「え、女性なの?」

「え?」

「え?」


 アランの手が、へその下を撫で回し始めた。時折ランジェリーの中に指を滑らせたりすると、リーファの体がぴくんと反応した。


「ま、まあもう何もないので、安心して休んで下さい───あ、ちょ」

「そ、そうだね。もう安心だね」

「それで、魔術のシステムについてなんですけど───んもうっ」

「そうだね。そっちだね。でも…」


 ランジェリーの紐を解いて脱がせようとしているアランを見やって、ヘルムートがぼやいた。


「気が散るから後でやってくれない?アラン」

「それはこちらの台詞だヘルムート」


 すっかりあられもない格好になってしまったリーファを愛でながらも、アランは不満顔を崩さない。


「ここは側女の部屋だぞ?私が側女を好きなようにして良い場所だ。

 一日二日でどうにかなるような問題でなし、別に明日でも良いのではないか?」

「明日にでも控えが見つかったらどうするんだい?」

「役所のフロアでは見つからんさ。恐らく王の寝室のどこかにあるだろうからな。

 せいぜい泳がせておけばいい」

「───あ、やだっ」


 ついにランジェリーをはぎ取ったアランは、一瞥しただけで後ろに放り投げた。はらりと風に乗ったピンクのランジェリーは、緑の絨毯の上に落ちていく。


 頬を赤く染めてネグリジェで体を隠すリーファを、アランは膝の上に乗せなおした。


「リーファ、私は悲しい」

「…どうしてですか?」

「ターフェアイトに見せていた表情や話し方………あんなお前を見た事がなかった。それが悲しい」


 リーファが瞳を瞬かせ、先のやり取りを思い出す。城の真ん中でいきなり騒動を巻き起こした師に腹を立てていただけなのだが、あれがアランにとって新鮮に見えたらしい。


「あんな喧嘩腰が良いんですか?」

「私が知らぬ顔があるというのが気に喰わん。

 私の側女なのだから、もっと本音をぶつけて来ても良いのではないか?」


 ランジェリーを脱がされて、何だか腰回りが落ち着かない。リーファはアランの足に自分の足を絡めながら、アランに詰め寄った。


「でもそれを言ったら、ベッドの上での私は、アラン様しか知らないんですよ?

 ………そこだけは、誰にも譲らないんですから」


 そう言ってみると、アランの表情に変化があった。

 微々たるものだが、毎日顔を突き合わせていると何となく分かってくる。

 これは劣情を催した時の面持ちだ。


 リーファの肩を抱いて、アランは目を見据えて告げた。


「───リーファ、正妃になれ」

「だから無理ですってば」

「法律を変えてやる」

「私知ってるんですからね?正妃に関わる法律は、改正した次の代から施行されるって。そうじゃないと、王様は好きに法律を変えてしまいますからね。

 だから今変えても、私は正妃にはなれません」


 アランに言いくるめられない様に調べた知識だったが、どうやら彼は逆に考えたようだ。嬉しそうに口の端を吊り上げた。


「ふふん、詳しいではないか。

 私の正妃になりたくて調べたか?実に勤勉で正妃に相応しい」

「ああああ、だ~か~ら~っ!」

「ふふん、そうそう。そんな感じで私に絡むがいい」

「むむむむむ」


 結局揶揄からかいたかっただけだったらしく、そこそこ満足したアランはリーファの額にキスを落とした。リーファの中にはもやもやが残るが、追及したらしたで面倒なので黙っているしかない。


 アランは、ヘルムートがノートに書き起こした城のシステムの概要を手に取った。

 ヘルムートは門外漢のはずだが、思っていたよりも分かりやすくリーファの説明を文字にしてくれている。地頭が良い、という事なのだろう。


「魂の騒動の折に爺がそれらしい事を話していたから、何かあるのだろうとは思っていたが…。

 これはどう役人どもを納得させるべきか…」

「執政に関われない側女と、魔術師王国時代の魔女の提案だからね。

 条件反射で反対する奴らは多いと思うよ」

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