第8話 魔女来城の真意・2

 ───ラッフレナンド城に違和感を感じたのは、リーファがグリムリーパーとして独り立ちした後の話だ。

 父エセルバートには『城には入るな』と言われていたが、好奇心には勝てないもので城に行ってみたのだ。


 不思議な感覚は、城に向かう途中、湖を通過した時に気づく。

 ある地点で何かに触れ、そのまま通過する、という感覚があったのだ。

 城全体を透明なカーテンのようなものが覆っている、そんな感じだった。


 その時はそこまで深くは考えなかった。

 ターフェアイトがこの土地に縁のある人物なのは知っていたが、彼女は多くを語らなかった。だから、大したものではないと思ったのだ。


 しかし、リーファが側女として城に住み始めた頃になると、その違和感が強くなっていく。

 城内の施設の所々に、魔術運用の痕跡が見られたのだ。


 湯を出し続ける管、蝋燭の消費を抑える燭台、食品の劣化を抑える保管庫。

 壁や床に至っては、建材一つ一つに魔力が通され、劣化防止措置が施されていた。


 そこでようやく、この城全体が人為的に守られた魔術のシステムなのだと気が付いたのだ。


 その後発生した魂達の騒動の折、禁書庫の老人が『かつての王国で結界が張られていた』とアランに教えていて、その結界が劣化しつつも活きているという裏付けも取れた。


 動力源は、本城の遥か地下に眠り続けている魔術師王国時代の魔術師達の

 補助的な動力は本城に置かれた五本の柱で、この城にいる者の魔力を毎日少しだけ貰い集めていた。


 城中に散らばっていたシステムのソースコードを解読し、ようやくそこまで読み解く事が出来たのだった。


 ◇◇◇


「師匠と数多の魔術師達が編み出した人柱の法…。

 城全域を覆う、魔物を物理的に遮断する結界と、結界内を維持するシステム…。

 システム名とかあるんですか?」

「”ラフ・フォ・エノトス”」


 フェミプス語で発せられたシステム名に、リーファは眉根を寄せた。


「”運命の石ラフ・フォ・エノトス”?随分勿体ぶった名前つけたんですね」

「うっさいなほっとけ。カロに踏まれて喜んでるやつらなんて、それで十分だろ?」


 嫌そうにそう答えるターフェアイトを見て名付け親が誰か気付いてしまい、思わず苦笑した。


「誰がつけたのか…ふふ、まあいいです。

 とにかく、私がここに来た時点で、既に結界は意味を成していませんでした。

 …いえ、残滓は確認出来ましたが、効果はほぼないようなものでした」

「計算じゃあ、八人いりゃあ四百年は持つはずなんだが…誰か病気持ちだったのかねえ」


 ターフェアイトが不可解な様子で顔を歪める。この手のシステムはそうした想定外も含めて運用するのが常だろうが、そこを含めても合点がてんがいかないようだ。


「地下に人柱の魔術師を封じ、肉体はおろか魂すら魔力に還元して吸い上げ、構築したシステムを維持する…。

 馬鹿な事考えましたね。もっと効率よく運用していく手段はあったでしょうに」

「当時はここら一帯魔術師で溢れかえってたからねえ。

 むしろ魔術師の方が、使い捨ててナンボだったのさ」


 ターフェアイトのげんに、リーファは目を伏せしばし黙り込んだ。


 グリムリーパーにとって命はどれも同じものだ。どれだけ小さくても、どれだけ高貴でも本質は変わらない。

 故にリーファは、それを雑に扱う者を見ていると腹立たしい気持ちが湧いてきてしまうが───


(師匠の言葉もグリムリーパーの価値観も、元を辿れば同じ意味よね…)


 たくさんいる魔術師なら、一人や二人、使い潰しても問題がない。

 たくさんいる生き物なら、誰を刈ろうとも痛痒など感じるはずもない。

 視点が違うだけで、どちらも生き物を軽んじている事には変わりない───そんな風にも考えてしまえる。


 結局、魔術師もグリムリーパーも根幹は同じなのだと思うしかなく、リーファは無為に湧いた憤りを溜息と共に振り払った。


「…まあ、そういう時代もあるんでしょう。

 ところで、このシステムはどこまで城に作用してるんですか?」

「最優先は本城そのものの維持管理。城壁の保持なんかがそうだね。

 次は施設の維持。浴場の湯を出したり、建物内の温度湿度の調整さ。

 ………まさかとは思うけど、湯が出るの、温泉が勝手に湧いてるのと皆勘違いしてんのかい?」

「そうみたいですね…陛下に聞いたらそう返ってきたので…。

 上下水道のシステムも、多分理解されていないんじゃないかと…」

「うーわー………そんな事も分かんない連中にアタシら負かされたのかー………」


 げんなりした顔でターフェアイトはソファに寝っ転がって煩悶している。


 リーファはリーファで、このシステムが動かなくなる時の事を思い憂えた。

 湯口からは湯はおろか水も出てこなくなってしまうだろうし、保管庫に長期保管している食物はあっという間に腐っていくだろう。下水の機能も働かなくなるから、悪臭も強くなってくるに違いない。


「じゃあ、結界は一番優先順位は低いんですね?」


 悶えていたターフェアイトだが、ソファに寝そべったまま顔だけこちらに向けてきた。


「まあね。結界持ってるのに建物ボロボロとかないだろ?

 カロのヤツなんかは、『城も施設もどーでもいいけど湯が出ないのは困る!』って言ってたけどねえ。

 さすがにそれだとまずいから、建物優先にしたさ」

「そうですね。私でもそうします。

 何にせよ、その機能が今も活きているのは幸いですね。

 …地下の方々が、まだ頑張ってくれてる証拠なんでしょうけど」


 結界は弱くなっているとは言え未だ全ての機能が停止していないのは、魔術師達がまだ生存しているからだ。

 恐らく彼らは知る由もないだろう。既に魔術師の王は去って久しく、今や魔術とは縁すらない者達が執政を行っているなど。


「でも、もう限界だ」

「はい。師匠が入って来れる程に結界は摩耗してますし、冬場は冷えやすくなっていましたから、もう持たないでしょう。

 ………………」

「あん?どしたん?」


 変な所で黙り込んでしまったから、ターフェアイトが不思議そうな顔をしている。


 リーファは、一年程前の事を思い出していた。

 アランとリーファと魔王が、一緒に”陵墓の島”へ飛んできた際の、何かが弾けたような音。

 あれは恐らく、魔王が来た事で過度な負荷がかかった為に結界が壊れた音だったのだろう。

 結界は後に修復していたが、目に見えて強度が落ちていた。魔術師達の寿命を削る、大きな負担になってしまったのは明白だ。


「…結界に負荷がかからなかったら、もうちょっと維持出来ていたかもしれない、と思って。そのきっかけを、私が作ったようなものだから…」

「そんなの、いずれはなるもんさ。早いか遅いかの話だよ」


 ターフェアイトは体を起こし、犬歯を見せて威嚇するようにリーファを睨みつけた。


「リーファ、勘違いすんじゃないよ。別にアタシは、あんたに助けてもらおうだなんて思っちゃいない。

 頃合いだと思った時期にあんたが城にいるって聞いたから、押し付けてやろうって思っただけさ。

 …システムが寿命で力尽きるのはいい。それが当たり前だからね。

 でも、メンテナンス出来そうなが継いでくれんなら、技術者冥利に尽きるってもんさ」


 そして少しだけ寂しげに目を逸らし、物憂げに言葉を続けた。


「…あいつらも疲れたろう。そろそろ、楽にしてやらないとさ」

「…はい」


 リーファは瞳を閉じ、小さくうなずいた。

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