第8話 茶会・4~黒歴史と悲運の過去
リーファに恥を掻かせてそこそこ満足したアランは、やおらカーリンに声をかけた。
「それはそれとして。カーリン、私からも聞いていいかね?」
「えっ、は、はい。何でしょうか、陛下」
「このリーファだが、城下で暮らしていた頃はどんな娘だったかね?」
唐突な質問に、庶民全員の視線がアランに集中する。
「彼女は昔の事をあまり話したがらなくてね。
童話好きという話や家族構成は何となく聞いているのだが、それ以外の事はさっぱりだ」
「別に話したがらない訳じゃ………ただ話すきっかけがないだけで…」
ぶつぶつぼやくリーファに、カーリンが苦笑いしてフォローする。
「まあまあ。第三者目線での話が聞きたいって話でしょ」
「そういう事さ。───リーファ」
名を呼びつつ指先でコツコツと小突くアランのティーカップを見ると、中身は既に空になっていた。
「あ、はい。今、おかわりをお持ちします」
リーファは一礼して、トレイを取りにワゴンへと戻った。
アランのティーカップとケーキの小皿を下げていると、カーリンは少し悩まし気に腕を組んだり首を傾げたりしながら、ぽつりぽつりと話し始める。
「そうですねー…。どこから話したらいいかなー…。
とにかくうちは近所なので、物心ついた頃から一緒に遊んでました。
子供の頃から不思議ちゃんで。『幽霊が見える』とか、『変なものが追いかけてくる』とか、そんな事ばかり言う子でしたよ。
近所の子達と一緒に肝試しに行こうって話になっても、リーファだけは行かせてもらえなかったんです」
(…何もそんなところから話さなくても…)
アランがおかわりを要求したのは、横やりを入れさせない意図があったのだろう。カーリンの話し出しに、リーファは胸中で文句をつけるしかない。
しかしそんな思惑など気付くはずもないジョエルは、リーファを見て驚いている。
「え、お前ってそういうやつなの?」
「…な、何か寄ってくる体質らしくって。母さんがすごく反対するし…」
「その手の苦労は昔からなのだな…」
「お察しの通りです…」
アランの呆れを込めたぼやきに、新しい茶葉で紅茶を淹れなおしつつリーファは苦笑いを浮かべた。
不意に、あ、と声を上げたカーリンの表情に意地悪な感情が浮かび上がる。リーファをちらちら見ながら、話を続けた。
「これ言っちゃっていいのかなあ?交換日記をやった時があって。
リーファってば妄想と現実ごっちゃにするから、返事書くの大変で大変で…」
「ちょ…!十年以上昔の話なんだから…っ。いい加減忘れてよ…っ!」
「ほう、その話もう少し詳しく」
「オレもオレも」
アランは当然としても、何故かジョエルまで食い気味に聞いている。
さすがのカーリンもこの反応は予想していなかったらしく、アランとジョエルを交互に見てリーファに助けを求めてきた。
「え?あの?ええっとお………リーファ、言っていいよね?ね?」
「………友情に、差し障りのない範囲で、お願いシマス」
「う、ん?んんんんん?」
死んだ魚のような虚ろな目で紅茶を淹れるリーファの返しに、カーリンは更に混乱したようだった。
「うーーーん???」
しばらく頭を抱えて考え込んで。
ぱん、と、やおらテーブルに手をついて、彼女はアランに深々と頭を下げた。
「モウシワケアリマセン………コレ以上ノ、詮索ハ………詮索、ハ…!」
カーリンのあまりの
「リーファ、お前…」
「そ、そこまでさせるつもりはなかったんですけど…」
アランの分の紅茶をテーブルに配しながら、リーファは苦笑した。
唇を尖らすカーリンに顔を向け、リーファは代替案を言ってみる。
「そこじゃなくたってあるでしょう。
かぎ編みで帽子と手袋のセットを作ってもらったとか。
課題の廊下敷きの刺繍に失敗して直してもらったとか」
「…そういうトコは面白エピソードのうちに入らないしー…」
「面白くしないの」
「…はーい。
でも…家に帰ればしょっちゅう遊んだけど、学校はクラスが違ってたから授業中の事はちょっと…。
…そういえばジョエルは同じクラスだったでしょ?あの頃のリーファ、どんな感じだった?」
カーリンから話を振られ、最後の一口を咀嚼していたジョエルが味わう間もなく嚥下した。
トレイを置いて席に戻るリーファと目がかち合って、彼は気まずそうに視線を逸らす。
「あー…そうだなあ。ぶっちゃけ浮いてたかなー…。何してても上の空って感じで。
だからかあいつらによく絡まれてたよな」
ジョエルに顔を向けたアランが、怪訝にオウム返しをする。
「あいつらとは?」
「メダリオ=ヴァッカって奴と、その取り巻きですよ」
「ヴァッカ………例の、家族まるごと失踪したという家の」
先程からちょいちょい名前は出ていたが、ここに来て思い出したくもない話を掘り起こされ、リーファの顔が曇る。
だが、嫌な思い出があるリーファは勿論、同じクラスだったジョエルも、顔を合わせた事があるカーリンにも繋がっている人物には違いない。
「わたし、アイツら嫌いよ。
教科書はダメにするわ待ち伏せするわ殴ってくるわ蹴ってくるわ。ネチネチネチネチうざいったら」
「お前、よくリーファかばってついでにぶん殴ってたよな」
「リーファもそのくらいやれば良かったのよ」
ふたりが話題にする以上乗らない訳にはいかない。リーファは渋々口を開く。
「…まあいなくなる事が分かってたら、一発位殴ってやりたかったけど。
でも抵抗すると私が先生に怒られるのよ?どうしろって言うのよ」
「担任のドメニコ、あいつの親から金貰ってたらしいからなー」
「何それクズじゃん。死ねばいいのに」
カーリンが悪態をつく様にアランが苦笑している姿を盗み見て、リーファはふと考える。
(アラン様から見たカーリンって、どんな感じなのかな…?)
思った事は割とさっさと口に出してしまう彼女だから、アランの好みかどうかはともかくそう悪いものではないのでは、と良い方に期待してしまう。
「…まあでも、アレがいなくなってせいせいしたわ。
いなくなってから、落ち込んでた成績もちょっとは良くなったんだから。
やっぱり、悩みの種が無くなると勉強にも集中できるようになるのよね…」
「おばさんが亡くならなきゃ、ちゃんと卒業出来てたのにねえ」
思い出したくもない話題から逸れたのはありがたいが、こちらもこちらでリーファにとっては良い思い出とは言えない。心中は複雑だ。
(父さんは滅多に帰って来ないし、学校では苛められて、母さんは亡くなって、子供も流れてしまうなんて………まるで不幸の塊みたい)
実際、今現在に至るまでそう酷い事ばかりでもなかったはずなのに、要約すると悪い部分ばかりが顕著に見えてしまう。
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