第7話 茶会・3~自身の近況
「そういえば、お前からふたりに近況は伝えなくて良いのか?」
魅惑のケーキの余韻から引き戻されたリーファは、問いかけてきたアランへと顔を向ける。
胃袋の中に収まってしまったようで、アランの皿に既にケーキはなかった。彼は机に頬杖をつき、どこか期待しているような、楽しんでいるような眼差しを向けてくる。
「そ、それは…」
「あ、そうよ」
リーファがたじろいでいると、カーリンの視線がケーキからこちらへと上がった。
「リーファのお城の暮らし、どんな感じなの?」
「は?え?城に暮らしながら側仕えしてんのか?」
何故かジョエルも興味を示してこちらを見てくる。
皆の視線がリーファに集中して、たまらず笑顔が引きつった。
カーリンとジョエルがただの好奇心で訊ねているのは分かる。しかし、アランは明らかにこちらが困っているのを見て愉しんでいた。
「あ、うん。まあ、ね。…えっと」
「お前が話さないのなら、私から話してやろうか?」
「い、い、いえ。大丈夫です。私から、話します───ん」
アランの安い挑発につい乗ってしまい、リーファは発言を即座に後悔して口を
(で、でも、アラン様に余計な事を言われるよりかはマシだし…っ)
結果は変わらないような気がしたが、発言権を得ただけでも良いと思う事にした。何となく察しがついたような顔をしているカーリンに話し始める。
「わ、私は側女、っていう立場でね。
陛下の身の回りのお手伝いをするのが仕事なんだけど…」
「一番重要な仕事があるだろう?」
「………っ!」
アランがニヤニヤしながら指摘してきて、内心イライラするが頑張って堪える。
(この仕事は大切な仕事なのよアラン様は相変わらず見合いをする気がないんだからせめて私が仕事を全うしないといけないのよ国の明日を担ってるんだから恥ずかしい事なんてないんだから)
頭の中で三秒位で自分に言い聞かせる。そう暗示をかけなければ、ついさっきまで与太話だと思っていた幼馴染や、そもそもリーファがここにいる事すら知らなかった同窓に告げる事など出来ない。
「そ、そうですね。えっと…。
一番大切な仕事は、陛下のお世継ぎを産む事…ですね」
「「──────」」
カーリンとジョエルで、揃って口を開けて驚いている。ジョエルのフォークが、カチンと音を立ててケーキ皿に落ちた。
(ああああ………もう………!!)
思った通りの反応をされて、リーファの顔が真っ赤に染まった。嫌な汗が背中から噴き出て、ブラウスに染み込んでいくようだ。ふたりに視線を合わせられず、食べかけのケーキを見下ろすしかない。
沈黙の続く個室の中で、アランだけは上機嫌に紅茶を啜っている。とてもとても満足そうだ。
「お世継ぎ、って…」
ジョエルの呟きに触発されて、リーファは我に返る。堰を切ったかのように、恥じらいを誤魔化すように、慌ててまくしたてた。
「ら、ラッフレナンド王家は不妊の家系らしくてね。お世継ぎに恵まれない事もあったらしくて。正妃様とは別に側女を設けて、王の血統を出来るだけ多く残すようになったそうなの。
もし私に子供が産まれたら、その子は王子様か王女様って呼ばれるのよ。認められれば、次の王様にもなれるかも…」
その言い訳が届いたのか届かなかったのか。ジョエルは呆然とリーファを見つめ、コクコクと首を縦に振る。まるでそういう人形かのようだ。
「わ、わー、わあー…」
カーリンはというと、顔を真っ赤にして頬に手を置いて反応に困っていた。口角は吊り上がっているが、言葉にならない声を上げるばかりだ。
動揺を隠せない庶民達を一瞥し、アランはやれやれと肩を竦めた。
「ふふん、そんな先の事など考えなくても良いものを。
お前はただ、ベッドの上で私を悦ばせる事だけを考えていればいいのだから」
「あ、アラン様…っ!」
一番言われたくなかった事を言われてしまい、リーファはアランを睨みつけた。その反応すら楽しいらしく、睨まれたアランは口角を吊り上げるばかりだ。
「わあ、名前も呼ばせてもらえるんだー…」
「!」
カーリンの一言に、リーファはハッとした。
一国の王の名前を呼ぶのは官僚ですら許されていない。リーファも、本当なら呼んではいけないのだ。
アランが命じるから非公式な場では名前呼びが許されているだけで、アランが”王”として振る舞っている間はいつも通り”陛下”と呼ばなければならない。
リーファは席を立ち、苦々しくアランに首を垂れた。
「陛下………、礼を失しました。申し訳ありません………」
「ああいいさ。寛大な私は許すとも。
お前の痴態など、伽の折にいくらでも見ているからな。
ほら、お前の大好きなココが空いているぞ?座るか?」
(座るかー!!)
ポンポンと自分の膝を叩くアランを見て、飛び出そうになった叫びは唇を真一文字に引き締めて阻止した。代わりに、か細く、短く、言葉を絞り出した。
「………………けっこう、です」
「そうか、それは残念だ」
などと言いながらも、アランは何だかんだ嬉しそうだ。
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