第15話 同胞探し・4~甘い死の罠
「西の遺跡…」
最近聞いた遺跡の名を挙げると、呪術師がぴくりと眉を動かした。
「おや、ご存じとは」
「ある、という話だけね………国も調べてないみたいだし」
リーファの言葉に呪術師は失望したようだ。長く深い溜息を零し、舞台役者のように大袈裟に両手を振りかざして見せる。
「豚に真珠、という事か………ああ、実に…実に嘆かわしい。
あれほどの技術があれば、魔王軍など一刻もかからず殲滅出来るというのに。
いいや!魔王だけではなく、この世界そのものを手中に収める事も可能だというのに…!」
「でも、当時の為政者がそうしなかったのは、それを必要と感じてなかったからじゃないの?作ってみたら過ぎたものが出来ちゃったなんて、よくある事よ」
リーファは反論したが、呪術師は高らかに吠えてみせる。
「なればこそ!今、必要なのですよ!!
この国で多くの魔術師が迫害の憂き目に遭い、多くの血が流れた!
カロ=カーミスが生きていれば、『今がその時だ』と叫んだでしょう。
そう、今こそ!魔術師による魔術師の為の千年王国を築く!それこそが我が悲願!!!」
呪術師のご高説に、リーファは思わず溜息を零した。
(暇な人間がいたものね…)
誰に吹き込まれたのか興味はないが、三百年以上前の事をほじくり返すなど、よほど暇だったのだろう。もしくは今の境遇に納得出来ず、
何にしても、今この国で生きているリーファからすればたまったものではない。
「その第一歩の土台として、あなたがたグリムリーパーが選ばれた。
───光栄なことと、思いませんか?」
「っ」
リーファの目の前にしゃがみ、すっかり丸裸になってしまったリーファの腿を撫で回す。
怖気が走り力なく後ずさりすると、呪術師は笑みを濃くした。
「ああ、いい表情をなさる。このまま死んでしまうのが実に惜しい」
「それはどうも………本当、よく言われるの」
喜々と迫る呪術師から逃げられるはずもない。
息がかかる距離まで追い詰められ、露わになった肩を掴まれた時。
───リーファは不快感いっぱいだった表情を、不敵な笑みに変えてみせた。
「そのまま見惚れて死んで」
───シャンッ!
空を薙ぐ音が、呪術師の背後から放たれる。
縦に一閃。唐突に現れた煌めきが勢いよく呪術師に落ちてきて、彼は驚愕に顔を歪ませた。
「───な───」
切れ味の良い武器であれば脳天から真っ二つだっただろうが、その煌めきは肉体には被害を及ぼさない。しかし、その内側にあるものを容易く刈り取っていた。
呪術師の、魂を。
「ばか───な───」
あれだけ長々と喋り倒していた呪術師も、死に際の呻きはか細いものだ。
倒れてきた呪術師を避けようと、リーファは不自由な体をよじって何とか避ける。
呪術師は完全に事切れ、静かに床に沈んだ。もうぴくりとも動かない。
「…はーっ」
リーファは大きく溜息を吐いた。緊張の糸が解けて、胸を撫で下ろす。そして満足げに、宙に浮いている煌めき───もとい、小振りなサイスを見やる。
グリムリーパーの強制実体化と種族の能力を封印する”
アランから戯れに”
(正直、成果があんまりに微妙過ぎて誰にも言ってなかったけど…”芸は身を助く”ってこういう事なのね…)
しみじみと感じ入り、飛んできたサイスを手に取る。始めてやってみたが、草刈り鎌程度の大きさでも魂を刈り取る事に問題はなさそうだ。解呪も可能だろう。
「…やれやれ。まさか姪のハニートラップを見せられる事になろうとは」
顔半分が床に溶けて動けないでいるハドリーが、横でぼそっとぼやいている。
ハドリーに顔を向けて、リーファは肩を竦めた。
「私だって好きでこんな事したかった訳じゃないですよ。
この呪術師が帰ってくれれば円陣だけ解いて終わりだったのに。まさか迫ってくるだなんて」
先の事を思い出して腹が立ち、床の上で沈黙している呪術師の頭を軽く蹴飛ばす。彼の上には刈り取られたばかりの魂がおろおろ浮いているが、あの状態であれば放っておいても問題なさそうだ。
一方のハドリーは、左手で顔を覆って悩んでいるようだった。
「わたしは、今度エセルバートに会った時どんな顔をすればいいんだろう…」
「父さんなら何も言いませんよ…多分。
でも、もし会ってもこの事はナイショにしていて下さいね。めんどくさいので」
「勿論だとも。解呪に来たら罠に嵌って、挙句姪に体を張ってもらって助けられただなんて…。恥ずかしくて死んでしまいそうだ…」
「死なないで下さいせっかく助けに来たんだから。
───さあ、解呪して帰りますよ」
リーファは手に取ったサイスを振り上げ、足元の円陣に勢いよく叩きつけた。
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