第7話 側女として、人間として・1

 貴族の娘として大切に育てられたであろう淑女がアランの仕打ちに耐えられるはずもなく、ウッラ=ブリットは早々に自白した。

 と言っても大した怪我をさせた訳ではなく、宙吊りにしたウッラ=ブリットをひたすらムチで怯えさせただけだ。


 ただ、その間のウッラ=ブリットの有様を、リーファは見なかった事にした。

 彼女に思う事はあっても、同性として尊厳まで踏みにじる気にはなれなかった。


 何せよ、回復役として待機していたリーファはやる事がなくなってしまい、ヘルムートに促されて自白の途中で拷問部屋を後にしていた。


 湯浴みを済ませて側女の部屋でのんびりして幾ばくか経った頃、尋問を終えたアランとヘルムートが部屋へやってきた。


「お疲れ様です」


 ピンクのネグリジェを着てストールを肩にかけたリーファは、深夜の来訪者達に首を垂れる。

 彼らは手に数枚の紙を携えていて、格好も貴族服のままだ。寝に来た訳ではないらしい。


「自白内容を整理したい。お前も付き合え」

「はい。───あ、では私お茶の支度をして」

「それはシェリーにやらせている」

「あ、はい」


 相当疲れているようだが明日に持ち越したくはないのだろう。リーファがふたりを部屋へ招くと、彼らは向かい合わせにソファへ腰を下ろした。

 扉を閉めリーファがアランの隣に座ると、淡々とアランが調書を読み上げる。


「一ヶ月程前、ウッラ=ブリット=タールクヴィストは、エイミー=オルコット、アドリエンヌ=ルフェーヴルと共にウィデオー型の呪術儀式を行った。

 オルコット辺境伯の下に一時滞在していた呪術師に、『ある女を困らせてやりたい』と相談してエイミーが呪術の方法を教わったらしい。

 呪いの発現で城の者達が怪異に悩まされ、あわよくばその元凶としてお前が城を追われる事態になれば良い、とも考えていたそうだ。

 呪術師は、イヌ、ネコ、ウサギ、ネズミなどを生贄として使うよう伝えていたが、威力を上げる為に人間の奴隷を二人、生贄として使用。

 媒介はお前に買い与えたルビーの装飾具だ。杖を壊した際にくすねていた。

 そして、タールクヴィスト男爵邸の地下室で呪術の儀式は成された。

 儀式後、場は片付けられ、殺した生贄はメイド達に命じて近隣の森に遺棄させている。

 儀式以降エイミー、アドリエンヌとは連絡を取っていない。

 ───と、ここまで自白させた」


 リーファは入ってくる情報を黙ってうなずき受け止めた。

 ウッラ=ブリット達は知らなかっただろうが、水晶球と装飾具にはリーファの血がついているから、媒介としては打ってつけだっただろう。


 向かいのソファに座っているヘルムートは、呪いによる被害の報告を読み上げてくれる。


「被害は、タールクヴィスト男爵と夫人が正体不明の病により衰弱し病床に伏している。

 メイドが二名原因不明の発狂をして、うち一名が自殺。他のメイドが階段で転倒して骨折。

 執事が落ちてきた木の枝の直撃を受け右目を失明。

 …タールクヴィスト男爵の長女の婿が、事業に失敗して負債を抱えてしまったなんて言ってたけど、遠方に住んでいるというし関係ないよね?」

「この呪いの被害は直接的なものに限定されるので、それはたまたまだったんじゃないかと…。

 …呪いの所為せいにしたい気持ちは分かりますけどね…」


 全く関係ない不幸まで呪いの所為せいにされて、リーファは苦笑いを浮かべた。どうやら、本当に呪いの効果を知らないまま儀式をしてしまったようだ。


 アランは手元の自白調書を眺め、リーファに問いかけた。


「この、生贄を人間にする事で何が起こる?」

「ええっと…生贄に求められるのは、基本的にエネルギーなんです。

 生贄の魂に備わっている”力”を、呪いの燃料にしてるんですね。

 呪いの術式は型が決まっているので、生贄によって威力が変わる事はありません。

 発動時間が長くなる、と考えてください」

「…生贄を人間にしてしまった事で、短期間の悪戯で終わるはずの呪いが長期化している、という事か」


 アランの分析に、リーファは静かにうなずいた。


「恐らく。

 しかし長期化しているからと言っても、ウィデオー型でここまで被害があるのは腑に落ちなくて…。

 呪術そのものが、厄介な構成になっているのかもしれません。

 こればかりは、どういった術式だったのか見てみないと分かりませんが───アラン様?」


 リーファの呪術に関する講釈を余所よそに、アランは別の事を考えていたらしい。しばし調書から目を外し、やがてリーファに顔を戻した。


「…話は代わるが、ラッフレナンド王家にかかっていた呪いも、いつかは消える事になっていたのか?」


 どうやら自身にかかっていた呪いと今回の呪術を結び付けて考えていたらしい。アラン達を長年苦しめていたものだから、気になっていたのだろう。


「…そう、ですね。

 あちらの呪術はかなり条件を絞り込んでいましたから、相当代を重ねないと解けなかったと思いますが…」

「…そうか」


 そう相槌を打って、アランはまた黙り込んだ。

 ヘルムートも、リーファに質問をしてくる。


「これって、エイミーとアドリエンヌにも呪いがかかってる可能性はあるのかな?」

「あるかもしれません。

 前にも少し話したかもしれませんが、呪術は行使する者の魂を削って成すものなんです。

 ただ立ち会っていただけならともかく、儀式に参加していたなら影響は受けているでしょう」

「そっちも調べないと駄目なんだねー…。

 セグエ、ビザロ。アドリエンヌは…ペルダンか。

 うーん…東に固まってるけど、遠いなあ…」


 ヘルムートがうんざりした様子で頭を抱えている。リーファは行った事がないが、話を聞く限り調べるだけでも数週間はかかるだろうか。

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