第6話 目の奥に潜む害意・2
竈にくべられた乾いた木がぱちりと音を立てると、へらっと笑ったヘルムートから物騒な発言が飛び出た。
「…国家反逆罪が適応できるね。
斬首刑、絞首刑、火刑…好きな処刑が出来るよ?アラン」
ウッラ=ブリットが焦ったように顔を上げた。バケツでよく見えないだろうが声音の先にいるアランに呼びかける。
「お…お待ちください陛下!わ、わたしは…!」
「黙れ」
「…!」
アランの冷淡な一言で黙らされ、ウッラ=ブリットは肩を落とし
彼女を
「…そこまでには至らなかったと思いたいです。
この呪いは視界に作用して大多数の者を対象にする為、そこまで強いものではないんです。
私が王家の呪いを解いた話は知っているでしょうし、呪いの被害が出始めれば私が気付いて対処するだろうと思ったのではないかと…」
溜息を吐いたのがアランだったのか他の誰かだったのか。
どこからも流れてきた吐息と共に、アランが眉根を寄せて呆れかえる。
「お前は一体どちらの味方なのだ。私が酷い目に遭わされる所だったんだぞ」
「そ、そうなんですけど…。
本を見る限り、悪戯程度の威力しかないんです。この呪いは。
それが何で死人まで出てしまったのか納得がいかなくて…」
「お前などに───」
アランに弁解していたら、ウッラ=ブリットが後ろで声を上げていた。振り返ると、バケツの端から大粒の涙をぼたぼたと零している。
「お前などに同情されるなんて、何て…何て、屈辱…っ!!」
ウッラ=ブリットから
「見ろ。お前に同情などされる位なら死んだ方がマシだとか言っているぞ」
「い、いや、そこまでは言ってませんけど………そうかもしれませんけど…」
苦笑いを浮かべ、リーファはウッラ=ブリットを見下ろした。ぷるぷる震えている理由が怯えなのか怒りなのか悲しいのか、顔が見えない事もあってさっぱり分からなくなってしまった。
ふと思いついて、リーファは独り呟いた。
「…でもそうですね。せっかくなので、もっと屈辱的な思いをしてもらいますか」
「ふん?」
思案とも了承ともとれる相槌をしているアランを
「トールさん、ちょっと体が動かないようにしていてもらえますか?」
「触ってだいじょうぶ?」
「大丈夫です」
呪いを気にして離れていた牢役人に自信をもって答えると、トールは恐る恐るウッラ=ブリットの首に後ろから腕を巻きつけた。
「ぎっ?!ぐぅっ!」
きつく絞められて苦しそうに呻くウッラ=ブリットの豊かな胸元に手を添えて、リーファが呪文を唱え始めた。
「”我が手は過去への導き手。紡げ紡げ、運命の歯車───”」
「あっ?!───あつ、あついっ!」
女の悲鳴が拷問部屋に響き渡る。熱を発しているウッラ=ブリットの顔から湯気が零れ、バケツの口から白いもやが溢れてくる。
「”老者は大人に、大人は子供に、子供は赤子に、赤子は胎へ───”」
「いや!やめて!何でも、何でも話すから!いやあーーーっ!!」
トールの腕の中でウッラ=ブリットが暴れているが、この魔術の副作用である灼熱感はそこまで強いものではない。恐らく、何をされているか分からない恐怖から混乱しているのだろう。
「あ───」
しばらく悲鳴とともに藻掻いていたウッラ=ブリットだったが、詠唱の途中で気絶してしまったようだ。体をぐったりとさせ、首を押さえているトールに身を預けてしまう。
「”望む姿を臨むまで、戻れ、戻れ───”」
詠唱をある程度省略して、リーファは回復の魔術を終えた。
トールに合図して床に横たわらせ、バケツを外す。
気絶して目を伏せたウッラ=ブリットを見下ろし、厚く巻かれた包帯を外すと、傷もなくキメの整った美しい素肌になっていた。
「はー…すげえなあ」
相棒と一緒に彼女を覗き込んだテディが感心の声を上げた。
傷がない事を確認して、もう一度バケツを被せる。目を覚ました時に呪いの力が発現してはたまらない。
そしてアランの方を見やると、彼は椅子に座って足を組み、つまらなそうに成り行きを見届けていた。
「甘っちょろさもそこまで行くか」
「ただ怪我を見ているのが嫌だっただけです。そこも含めて私のせいにされても嫌ですし。
…それに」
にこー、と口の端を吊り上げ───しかし目は笑わずに───リーファはアランに訊ねた。
「尋問するなら、綺麗なお顔からの方がアラン様も嬉しいのでは?」
その言葉の意味を、アランはしばらく考え込んだようだ。
顎に手を置いて少し時間をかけ、そして思惑に気が付き、耳を疑ってリーファを見つめてくる。
やがて、にやりとアランも嗤い返した。
「…お前も分かってきているではないか」
「ええ。アラン様の側女ですから」
リーファはそう言ってスカートの裾をつまみ上げ、アランの目の前で優雅にお辞儀をしてみせた。
アランは椅子から体を起こし、笑みを絶やさぬ側女に浅い口づけをした。牢役人達は口笛を鳴らし、ヘルムートは呆れたように目を逸らす。
そしてリーファから離れたアランは、倒れるウッラ=ブリットの前へ立ち、乱暴に彼女の腰を蹴り飛ばした。
───がっ!
「う、うう…?」
ウッラ=ブリットの呻き声がバケツの中から零れる。
牢役人に体を無理矢理起こさせると、アランは覚醒には至れない彼女に無慈悲な言葉を投げかける。
「おい、起きろ。洗いざらい話してもらうぞ。
まあ、黙秘しても構わんがな。それならそれでこちらも楽しめるというものだ。
早々に吐くもよし、黙り込んで私を楽しませるもよし。
女の性的趣向は千差万別だ。私も全力でそれに応えてやろう」
そして、壁にかけてあった身の丈を超える長さのムチを手に取る。手慣れた仕草で誰もいない床に向けて振るうと、パシン!と空気を裂く音が部屋に響いた。
「は………あ………う………うぁ…!」
ムチの音とアランの
(…アラン様、嬉しそう…)
リーファからは背中しか見えないが、ちらりと覗ける横顔はとても楽しそうだ。舌なめずりまでしている。
リーファに対するアランの加虐癖は大分前から見られなくなったが、やはり楽しい事には変わりないのだろう。
アランのお楽しみの邪魔をしたいとは思わないが、言い忘れていた事を思い出し、一応ウッラ=ブリットに声をかけておく。
「ちなみに、回復の魔術は副作用で老化が早まるらしいので、早めに話した方がいいですよー」
「………っ!!!」
リーファの発言に、ウッラ=ブリットは更に恐怖を濃くしたようだ。
何にせよ、自分の役目は終わった。後は自白を待つだけだ。
部屋を出ていようか、ここで眺めていようか。ぼんやりと成り行きを見守りつつ入り口側の壁に寄り掛かると、ヘルムートが複雑そうな表情で話しかけてきた。
「リーファ、君もなかなかだね…」
「…言わないよりは親切だと思ったんですけど…駄目でしたかね?」
「いや…君にはその位のふてぶてしさがあった方がいいと思うよ…」
耳に堪えるのだろう。ヘルムートはそう言って、自身の耳を両手で塞いだ。
何故だか互いの会話が噛み合っていないような気がしたが、リーファは深く考えないようにした。
───程なくして、女の悲鳴が拷問部屋に響き渡った。
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