第十五章 それは罰と呼ぶには程遠く

第1話 深夜に響く怨嗟

 とある日の深夜。側女の部屋でリーファは目を覚ました。

 視界を上げれば、四方を覆う藍色の天蓋付きカーテンはすっかり闇色に染まっている。


 虫よけや隙間風を防ぐ目的である天蓋付きカーテンだが、時期的にまだ虫の心配をする事もなく、部屋自体密閉性が高い為あまり寒さを気にする必要もない。もっぱら装飾用だ。


 しかし、アラン───自分が仕えている王───に、


『アラン様がこちらに来ない時は、カーテンを広げて眺めて寝るんですよ。

 アラン様の藍色の瞳に吸い込まれて行くみたいで、不思議な気分になるんです』


 なんて言ってしまったものだから、今日はカーテンを広げて内側に灯りを点け、カーテンとアランの瞳の色に蕩かされる羽目になってしまった。まさに『口は禍の元』というやつである。


 ───それはそれとして。


 そんなアランも、今はリーファの隣で寝入っている。この闇色の世界で姿は捉えられないが、穏やかな寝息は鼓膜を優しく揺らしてくる。


 アランを起こさないようリーファは少しずつ体を動かし、カーテンを退けてベッドから降りた。音を立てないようにゆっくりと、側女の部屋を出て行く。


 側女の部屋のあるラッフレナンド城3階は、昼間もそこまで人の行き来はない。来客用の寝室は東側にあるし、西側はリーファが使う部屋以外は空き部屋なので、兵士の巡回もそう頻繁ではないのだ。


 部屋と比べれば、廊下はやや肌寒い。羽織ものを持ってくるべきだったとほんの少しだけ後悔し、リーファは廊下を眺める。


「「ア…ア───」」


 壁掛け燭台が申し訳程度に灯された南側へ続く廊下の先に、ぼんやり一つ、蒼白い炎のようなものが揺らめいている。


「「───クヤ…シイ───クヤシ…イ───」」


 うわ言のように響く怨嗟えんさの声は、その炎が奏でているようだ。


「「ニ…クイ───イヤ…ダ───」」


 リーファはその炎に近づいた。どこか虚ろな表情で、しかし寝ぼけている訳ではなく、ただその炎を見下ろす。


「「オマ…エ、サエ───、オマエ…サエ、イ…ナケレ…バ───」」


 手が届く程の距離まで近づくと、炎が次第に姿を変えていく。


「「ナゼ、ワタシ…タチ…ガ───オ…カシイ───コン…ナ───」」


 禍々しい、苦しみ呻く髑髏のように炎が姿を変えていく中、リーファが手を振り上げた。


「「───ワレ…ラ…ガ、ウラ…ミ…マツ…ダイ…マデ───」」


 ───バヂン!!!


 振り下ろされたリーファの手に叩かれた髑髏の炎は、薄っぺらい木の板を叩き割るような派手な音を立てて霧散した。視界に蒼白い残滓が少し残るが、時間が経てば力なく燃え尽きていく。


 後には何も残らず、いつもの静寂広がる廊下に戻っていた。恨みの籠った声が聞こえる訳でもなく、壁掛け燭台は廊下を穏やかに照らす。


「リーファさん?」

「!」


 背後から呼び止められ、リーファは少しだけ驚いて振り返った。見やれば、ランタンを手にひょろっと背の高い兵士が鎧を軋ませて歩いてくる。

 暗くて良く見えないが声を聞けば分かる。ここを巡回している兵士の一人だ。背は高いがリーファよりは若いらしい。


「あ…アハト君。巡回ご苦労様。

 こんなに夜遅くまで大変ね。眠くない?」


 少年兵アハト=ランタサルミは、胸を張って敬礼をしてみせる。


「陛下とリーファさんの安らかな日々をお守りする為なら、睡眠時間など幾らでも削ってみせますっ」


 リーファはクスクス笑った。ただ城に居着いているだけの自分の事も含めてくれるなんて、何とも健気な少年だ。


「ありがとう。でも、あまり無理しちゃ駄目なんだからね?

 寝不足は体調を崩しやすくするんだから」

「はっ、お心遣いありがとうございます。

 ───時に、リーファさんはこれからどちらに?」

「花を摘みにね───ええっと、お手洗いに、ね」


 笑って言い直したリーファに、アハトは少し困ったように言葉を返してきた。


「言い直さなくていいですよ。

 オレだってもう、『花を摘みに』と言われて本当に庭園に行くだなんて思わないですから」

「ふふっ。そんな事もあったね」


 アハトとそんな昔話に浸りながら、リーファは廊下の先の手洗い場へと歩いて行く。

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