第十四章 あなたに贈る「×××××」

第1話 薄情な女・1

 アランの見合いが失敗してからそろそろ一ヶ月が経とうとしていたある日の夜、リーファは不意に目を覚ました。

 元より眠りは浅い方で、夜中に目を覚ます事はちらほらあるのだが、最近はちょっと多いと感じてしまう。


 城内は、いつもの日常を取り戻している。

 この時期は国内行事も無く、アランの見合いなども無い為、役人達も比較的暇を持て余す事が多いという。


 そう、いつもの日々なのだ、周りは。───だが。


 リーファはベッドの左側を見下ろす。

 いつも右側に寄って寝る事が多いからつい癖で左側を空けてしまうのだが、そこには誰もいない。


 ここしばらく、アランは側女の部屋へ来ていないのだ。


 ◇◇◇


 見合いの一件で酷い有様となったリーファの部屋は、すっかり綺麗に整えられていた。


 テーブルを中心に広がる絨毯は新しい物に取り換えられた。

 緑を基調とした花の刺繍が散りばめられた絨毯は、見た目の美しさもさることながらその極上の手触りはいつまでも触っていたくなる程だ。


 奥に置いていた机と椅子のセットも、これを機に新しいものになっている。

 同じ意匠のものを選んだらしく、使い勝手の良さは変わらないまま、机を彩るバラの彫り物が可愛らしい。


 天蓋付きベッドも新調した。

 金縁刺繍がなされた藍色のベルベッド生地のカーテンと、花柄模様が入った白い薄手のシルクカーテンの二重構造になり、より豪華になっている。側に置いていたキャビネットもベッドに合わせたものだ。


 精力剤や媚薬、アランの趣味の物を入れていた戸棚は撤去された。

 ここも例の一件で荒らされており、傷が散見されたのと、最近は中身をあまり使わなくなっていたからだ。


 クローゼット自体に傷はないのだが、今回新しいものになった。

 隣の戸棚が無くなった分、少し大きめの物が設置され、アクセサリーや靴、小物が入るような引き出しが増えている。以前のものは中に鏡はなかったのだが、今度は戸の内側に鏡がはめ込まれている。


(そう言えばなんでこの部屋って鏡がなかったんだろう…?)


 不意に疑問が沸いたが、考えるのはすぐに止めた。アランにとってここは思い出の場所らしいので、それ由来なのだろう。


 何もかもが新しくなってしまって、申し訳ないやら、喜ばしいやら、落ち着かないやらと複雑な気分だ。


「それであたしもこっちに直行なんだ」


 出張販売に来てくれたリャナにリーファ達の事情を説明したら、どこか小悪魔的な笑顔の少女からそう言葉が返ってきた。


「まあ、アラン様の注文分は今回はありませんからね」

「前は、リーファさんへの届け物もいちいちチェックしてたのにねー」

「そうでしたね。そんな事もありましたね」


 懐かしい話を出されて、リーファは思わず表情を緩めた。見合いの事もあり、しばらく注文をお願いしていなかったから本当に久しぶりだ。


「で、リーファさん」

「はい?」

「誰から殺せばいいのかな?」


 金髪と紅色の瞳の可愛らしい少女からさらっと剣呑な提案が示され、リーファはさあっと顔が青くなった。


「実行犯から行っとく?それとも指示した令嬢の方?

 どうせだからまとめて誘拐して、いっぺんに片付けちゃうのもアリだよねー。

 だぁいじょうぶ、証拠なんて残さないから。

 まぁオススメは『殺してください』って言うまで徹底的に───」

「ま、ま、まっ───待って、下さい!」


 恐ろしい私刑の詳細が出る前に、リーファは慌てて待ったをかけた。


「制裁は、アラン様がやって下さってますから、これ以上は…」

「でも王様の制裁なんて、せいぜい罰金と鞭打ちくらいでしょ?」

「く、詳しくは聞いてなくて…多分そんな感じでしょうけど」

「ダメだよぉ、ちゃんと徹底的に潰しとかないとー。中途半端に殴っただけじゃ仕返しもあるんだからー。

 鼻の穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせるくらいしとかないとー」


 ぷんぷん、と可愛らしく怒ってはいるが、内容は大変に物騒だ。


 リャナが暮らしている場所は魔王城。言わずもがな戦場だ。

 魔王軍の中でも戦闘に特化した魔物ばかりが駐留し、己の強さを高める場でもある。魔物同士の小競り合いなんかもあるかもしれない。

 そうした環境で魔王の右腕を目指しているリャナは、常に周りに舐められない努力をし続けているのだろう。先のげんは、こんな小柄な美少女なりの処世術に違いない。


「…私もグリムリーパーの端くれです。魔術の心得だってあります。

 ここで暮らしている内は、そっちの力には頼らずに過ごしたいなって思ってましたけど…。

 ───大切な人を守るのに、の言っていられません」


 にやり、と悪い女風に口の端を吊り上げて見せると、唇を尖らせていたリャナは諦めた様子で肩を竦めた。リーファに真似るように、悪い笑みを返してくれる。


「…思ったよりも元気そうで安心しちゃった。

 でもいつでも言ってね?町ごと消滅からオス化メス堕ちまで、いつでも承っちゃうからさ」


(オス化メス堕ちって何だろう…?)


 質問してみたい気持ちはあったが、何か怖い答えが返ってきそうだったので聞かなかった事にしておいた。


「でも…こう言っちゃアレだけど、思ったよりも平気そうなのが何か意外。

 もっと落ち込んでると思ってたのに」


 楕円型の縁取りがされた新品のガラステーブルの上には、リーファが頼んだ商品が置かれている。男性用の栄養剤が三本だ。

 代金を渡しつつ、リーファはつい苦笑いを浮かべてしまう。


「落ち込みますよ?夜になると、あの日の事ばかり考えてしまいますから。でも…」

「でも?」

「…あまりくよくよしてると、周りの人達がすごい気をつかって下さるんですよね…。

 それが何だか申し訳がなくて。出来るだけ落ち込んでるところを見せないようにしてるんです」

「あー…ちょっと分かるかも。人の目あるし、独りでせいせい引きこもれないのかぁ」


 城暮らしをしている者として思う所はあるのだろう。うんうんとリャナがうなずいて納得している。


 ───ここしばらく、リーファに対する周囲の扱いは過保護と言っても過言ではなかった。


 食事は三食メイドが部屋まで持ち込んでくれるし、入浴も複数のメイド達の補助付き。

 側女の部屋の前には衛兵が常駐するようになり、リーファの移動についてくるようになってしまった。

 苦手になってしまった階段の上り下りに、衛兵が寄り添ってくれるのは大変ありがたいのだ。しかし衛兵を伴って歩く側女の姿は、役人などから奇異の目で見られ、何とも居心地が悪い。


 リーファの失意が周りの心配を誘い、周囲の介添かいぞえがリーファを落ち込ませる。

 この悪循環から脱するべく、リーファから変わって行く必要があった。


 まず人前に出る際は、明るく振る舞うよう心掛けた。

 階段の上り下りは練習を重ね、手すりにしがみついていた有様から、手すりに手を置いて移動出来るまでに改善した。走っての上り下りは今後の課題だ。


 結果、移動に対する懸念がある程度払拭された為、食事や入浴も一人でさせてもらえるようになった。

 衛兵の付き添いは続いているものの、部屋前の常駐時間は近々縮小される予定だと聞いているが───


「…でもアラン様が来なくなったのは、そういう所かもしれないですね…。

 私が落ち込んでいるように見えないから、薄情な女だって思われてるのかも」

「えー?そんな事ないよぉ」


 リャナは励ましてくれるが、現状を想うとリーファの口から溜息が零れてしまう。


 アランの来訪の無さも問題だが、最近は執務室へのリーファの入室も断られており、廊下で会っても露骨に避けられている。


(誰にどう言われても、何て思われても、守ってみせるってあの時誓ったけど…。

 アラン様に軽蔑されたのだとしたら、どうしようもないよね…)


 頑張っているつもりだったが、気持ちばかりが空回ってしまったのかもしれない。リーファは自分の考えの無さに肩を落としてしまう。


 暗くなってしまった雰囲気に居づらさを感じたのか、リャナは気もそぞろに部屋を見回していた。

 そして部屋の角にあった物に目を留め、リーファに声をかけてくる。


「そ、そういえばさ、あの布被ってるのってなぁに?」


 リャナが指を差した先を見やり、リーファはふと頼もうとしていた事を思い出した。

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