第26話 晴天に雨は降る・1

「アラン、例の件。最終報告が出来たよ」


 そう言って、ヘルムートが三十ページほどの報告書を手渡してきた。


 見合い三日目から二週間が過ぎ、ようやくアランはくだんの被害報告書に目を通す。

 尋問自体は当日中に出来たのだが、報告書のまとめ上げにはどうしても時間が必要だった。


 ページを開き、内容を確認する。


 エイミー=オルコット、ウッラ=ブリット=タールクヴィスト、アドリエンヌ=ルフェーヴルは結託していた。

 年齢上エイミーは正妃に選ばれないと考えたらしく、エイミーの印象をあえて悪くし、後のふたりの印象を良くしておこうと考えたらしい。

 側女の部屋の大部分を荒らしたのも、エレオノーラへの嫌がらせ行為も、彼女達の側仕えだと判明している。


 ペトロネラ=グライスナーもエイミー達に唆され、側仕えに部屋での狼藉を指示していた。

 ”死の道を舞う乙女”の破損は、ペトロネラの側仕えによるものだった。自国の歴史には、あまり興味はなかったようだ。

 一方で、エレオノーラへの嫌がらせには加担していなかった。意外というとおかしな話だが、菓子を駄目にする程度なら三人で十分だとエイミー達は考えたのかもしれない。


 そして、リーファを突き落とし流産させたのは───


(シーヴ=アグレル………ウッラ=ブリット=タールクヴィストの側仕え…)


 名前については特に思いつくものはない。大勢の側仕えの中の一人、というだけだ。

 しかし行動については目を見張るものがあった。

 あらかじめ城に常駐しているメイドを調べ、同じメイド服とカツラを複数種類用意して入城。度々変装しては、城内の動きをウッラ=ブリットに報告していたようだ。


 シーヴ自身はリーファの突き飛ばしについて『自分の意思でやった』と言っており、ウッラ=ブリットも『指示はしていない』と供述している。

 単独犯には違いないのだが、ウッラ=ブリットがリーファの胎の子を疎ましく思っていた事を知っており、それが惨事の原因になったと結論付けた。


 また、見合い中のアランが終始うわそらで、ウッラ=ブリットは『あの顔は寵愛している側女の事を考えているに違いない』と妄想を膨らませていた事を吐露していた。


(女の勘の鋭さにはつくづく恐れ入る)


 自分の迂闊さを痛感していると、ヘルムートが執務机に腰を預けて感嘆の息を吐いた。


「それにしても、バーベリー兄弟は大したものだね。まさか正答率八割とはね」


 バーベリー兄弟、とは牢獄で牢役人を務めている者達だ。

 トール=バーリとテディ=ベーンという名前で、実の所このふたりは兄弟でもなんでもない。だが昔から異様に気が合うらしく、ふたりの姓をくっつけてバーベリー兄弟と名乗っている。


 尋問にはアランとヘルムートに加え、彼らバーベリー兄弟にも参加してもらっていた。

 感情を視覚で読み取る”夢魔のモノクル”が正しいと前提した上で、『質問に正しく答えているように見えるか』をチェックした所、バーベリー兄弟はそれぞれ八割強の正答率を誇っていた。

 彼らが参考にしていたのは、四肢の挙動、唇の動きなど。目に至っては瞳孔の動きまで見ていたという。


『尋問中で意見が割れたら、二人で相談してから決めてまさぁ』

『あとは、なんかもう勘としか…なあ?』


 とも言っており、熟練者の着眼点やら相棒との信頼やら天性の勘やらを見せつけられた気分だ。


「それでも二割は外す可能性があるのだ。中には冤罪者もいたかもしれんが…。

 そこは互いが補って、不当な処罰はしていなかったと思いたいな」

「そうだね」


 報告書をめくっていき、最後に近いページには簡潔に書かれているだけだ。


 エレオノーラ=クラテンシュタインとその側仕えレーネ=ハーバーは、いずれの問題にも関与していなかった。

 何となくそんな気はしていたから、特に驚きはしなかった。

 しかし一連の話をしようと謁見の間に呼び寄せた際、エレオノーラからこんな話をされたのだ。


『───陛下。わたくしはこの見合いを、一度なかった事にして頂きたいと思っております』

『正妃は言わば国の母。

 全てを慈しみ、全てに屈さぬ心がなければ、到底務まらぬと思ったのです』

『今のわたくしにはそれが足りておりません。

 …陛下とお側に在る方々をお守りするのに、正妃が無力など民に笑われてしまいます』


(───私だけではなく、リーファまで守るとのたまうとはな…強欲な)


 だが決意を新たにして王を見据えた一人の少女は、その場の誰よりも美しいと思い知らされた。


 その後エレオノーラ達は、他の候補達の沙汰を知る事無く、一足早く城を去っている。


「エレオノーラの見合いは、一旦キャンセルの扱いにしておいたけど………いつするの?」

「レディの花嫁修業の邪魔はしたくないからな。

 その間に、あちらの前に良い男が、こちらの前に良い女が現れないとも限らないが…。

 当面の間は保留にしておいてもいいだろう」

「あんまり待たせたら駄目だからね。女はあっという間に腐るよ?」


 うんざりした様子で毒を吐くヘルムートを、ちらりと横目で見てしまう。


(聞いた事はないが…何か女性関係で、嫌な過去でもあったのか…?)


 嫁以外に浮いた話を聞いた事がないような気がしたが、こんなヘルムートにも恋愛に関して痛い思い出があるのかもしれない。


「今回散々思い知らされたからな…肝に銘じておく」


 最後のページには、今回の被害に対する各人への制裁内容が書かれている。


 見合い女性四人には、罰金刑が科された。

 アランは彼女達にこそ身体刑を科したかったが、役人の多くが反対したため、この程度に抑えざるを得なかった。


 代わりというべきか。シーヴの除いた三人の側仕えは公開の鞭打ち刑を科し、シーヴのみ杖打ち刑が科された。

 結審後、城下に設置された執行台で衆人環視の中、側仕え達の身体刑は執行された。


 そして裁判結果と罰金の通知を持った役人を伴い、彼女達はラッフレナンド城から送り返された。

 それももう、一昨日の話だ。四人の中では一番近いペトロネラ辺りは、もう家路についたかもしれない。

 信じて送りだした娘が、前科を抱えて帰ってきたと知ったら、家の者達はどう思うか。想像に難くない。


 何にせよ、これでこの一件は終わりだ。何もかも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る