第13話 一日目、最後の珍客達・2

 リーファも向かいのソファに腰かけ、改めて問いかけた。


「それで…どういったご用件でしょう?

 その、昼間の側仕えの方々のように、陛下の事についてを聞きに?」


 リーファの質問に、エレオノーラとレーネが互いに顔を見合わせた。不思議そうに小首を傾げると、リーファの方へと向き直る。


「そんな事が…?」

「いやしかし、講義の間は、側仕えは部屋で待機ですよね?」


 当たり前の事を当たり前の様に答える。どうやらこのふたりは、その辺りの理解はしているようだ。


「そのはずなんですが…何故かその時間にいらっしゃって…」

「まあ…」


 エレオノーラは頬に手を当てて少しうつむいた。

 レーネは腕を組んでしばらく考え込んでいたが、ふと思い立ったらしく、顔を上げてリーファに訊ねてきた。


「それって…もしかしなくても、わたしにだけ声がかからなかったって話です?!」


 同じ考えに至ったレーネを見て、リーファは静かにうなずいた。


 何かを理由に派閥が出来る、というのは、学校にいても仕事をしていてもよくある事だ。

 共通の趣味があるか。話が合うか。年齢が近しいか。などと、他愛ない理由でグループが出来上がったり、グループから外されてしまう。


 エレオノーラ達が、何故あちらの派閥から外れてしまったのかはリーファには分からないが───


 憤慨しているレーネを、エレオノーラは少し肩を落としてたしなめた。


「静かになさい、レーネ。

 …しかし、そういう事なのかもしれません。

 わたくしは陛下の御眼鏡に適う年齢ではありませんし…。

 父と母からも、『勉強のつもりで行ってきなさい』と言われたものですから…」


 どうやらエレオノーラは、年齢を理由に外れてしまったと思ったようだ。

 確かに、アランとエレオノーラは親子ほどは年齢が離れている。女性らしい体型がお好きなアランの場合、エレオノーラは対象にはならないかもしれないが。


「お家の都合でいらっしゃった訳ではない、と?」


 リーファの疑問に、エレオノーラは静かにうなずいた。


「はい。

 …実はわたくしは父に無理を言って、今回のお見合いに参加しているのです。

 陛下に選ばれない事は分かっておりますが…しかし、可能性があるのなら賭けてみたく…。

 へ…陛下とお話する機会は、これきりかもしれませんし…っ」


(これはもしかして───)


 頬を染めうつむくエレオノーラを眺め、リーファの頭にある仮説が降ってわいた。


「…陛下に、恋をなさっているのですか?」

「………………!」


 リーファの推理に、エレオノーラの顔が湯の沸いたやかんのように真っ赤になった。


「あらあらあらまあまあまあ…」


 口元を押さえ、世間話に花を咲かせる近所のおばちゃんのような相槌がついつい出てしまった。


 茹で上がった頬を押さえて黙り込んでしまったエレオノーラの代わりに、レーネがきりっとした表情で説明をしてくれる。


「実はエレオノーラ様が七歳の頃、たまたまいらしていた陛下に助けて頂いた事がありまして」

「れ、レーネ?!」


 そのフォローはしてもらいたくなかったのかもしれない。エレオノーラが顔を上げてレーネに非難の声を上げるが、レーネは意を介さない。


「いやー、わたしは話に聞いただけなんですけどね。

 何でも、視察の為に陛下がクラテンシュタイン邸へお越しになった際、庭先で遊んでいらしたエレオノーラ様が野良犬に襲われた事があったそうで。

 陛下が身を挺してエレオノーラ様をかばい、こう、ずばっずしゃっどがーんっ、と野良犬を追っ払ったとか」

「レーネ!」

「なんで恥ずかしがるんですかあ。

 動けないでいたら優しく抱き上げて下さってキュンキュンしたとか、気付かれないようにそっと服越しにキスしてしまったとか、帰り際に抱き締めて下さった時そのまま連れて行って欲しかったとか、その日は一晩中泣き明かしたとかおっしゃってたじゃないですかあ」

「きゃーっ!きゃーっ!?」


 発言を食い止めようと、エレオノーラが喚きながら側仕えの肩を叩いているが、叩き慣れていないのだろう。可愛らしくぺちぺちと鳴るばかりでまるで効いていないようだ。


「まあまあまあまあ…」


 忘れていた感情が思い起こされるようだった。


(なんてっ…初々しい…っ!)


 アランの側についてからの会話といえば、子作りや見合いの話、そして魔術界隈の話が殆どだったものだから、このほわほわした雰囲気は童心に返る想いだ。


「…エレオノーラさん」

「は、はい?!」


 怒っていたエレオノーラが名を呼ばれてびっくりし、リーファに顔を向ける。

 両手を組んで膝の上へ置き、真剣な眼差しでエレオノーラに告げた。


「協力させて下さい」

「…はい?」


 頓狂とんきょうな声を上げているエレオノーラを余所よそに、リーファは組んだ両手を胸元に持ってきて、頬を赤らめて続けた。


「エレオノーラさんを見ていたら、こんな時期が私にもあったらなあって思います…。

 はあ…こういう、恋に恋する気持ちって、世界中の全女子憧れの話ですよね…」

「へ?ええっと…?あのぉ…?」


 エレオノーラは困惑しているが、その横にいたレーネはリーファの気持ちを汲んだようだ。腕を組んでうんうんと深くうなずいている。


「分かります」

「レ、レーネ?」

「駄目かもしれないと思っていても、恋焦がれた人に気持ちを伝えたい…。

 でもそこにはいくつもの難関が待ち受けていて…通りすがりに助けてくれる、良い魔女…。

 そして運命の再会。惹かれ合うふたり…。

 …いいですよねえ。まるで”糸紡ぎの姫”みたいな…」

「ああ、レーネさんは”糸紡ぎの姫”をご存じなんですね」


 愛読していた本の名前が出てきてリーファがすかさず反応すると、レーネが目を光らせ握り拳でアピールしてきた。


「それはもう!レイモン=マンドルーの童話は網羅しておりますとも。

 最新作”妖精のビスケット”も面白かったです!」

「新作が出てたんですね…!ここにいるとそういう話は分からないですから…」

「機会があれば是非購読して下さい!今回はどたばたモノですよっ。

 町娘の主人公が買い物に隣町まで行くんですが───」


 と、レーネが熱心に本のあらましを話し始めようとしたところで、エレオノーラが肩を震わせてうつむいている事に気が付いた。レーネもリーファの視線に気が付いて、話を中断させる。


 部屋の中が静かになった所で、リーファはエレオノーラに頭を下げた。


「し、失礼しました…つい。

 な、何にしても、陛下から良い返事が貰えるよう、エレオノーラさんを応援させて下さい」


 拗ねていたエレオノーラだが、リーファからの申し出に顔を上げてくれる。頼りなさげにリーファに訊ねてきた。


「リーファさんは、わたくしに正妃の座が務まるとお思いですか…?」

「それは分かりませんが…。

 でも、好きな人の側にいれば頑張れる、って事はありません?」


 何とも夢見がちなリーファの励ましに、エレオノーラは、ぽ、と顔を赤らめてまた黙り込んでしまった。


「ま、まあ御伽噺おとぎばなしの魔女のように、何か便利なものとかは出ないので、アドバイス位しかお手伝いは出来ないんですけど」


 苦笑いを浮かべて自信なく言ったリーファに、レーネが口を挟む。


「リーファさんは魔術師なんですよね?

 少し前のラッフレナンドの亡霊の騒動も除霊してみせたとか…」


 その話を出され、リーファは言葉を詰まらせた。やはり貴族間の噂話は届くのが早いらしい。

 ヘルムートと打ち合わせて決めていた内容でレーネに答える。実際、言っている事は間違ってはいない。


「あーええっと。魔術についてはそんな大したものは使えないんですよ。

 手のひら大の火を起こしたり、コップ一杯分の水を集めたり、あとは護身術をちょっとと…そんなところです。

 除霊は…その。

 父の家系がそういう血筋でして。たまたま除霊用の道具を持っていただけなので」

「そうなんですかあ…残念ですねえ。

 何かこう、陛下に一目惚れして頂けるような惚れ薬とかあると思ってました…」


 魔術師に対する割とありがちなイメージをそのまま想像していたらしい。レーネは落胆した様子で溜息を吐いた。

 そんなレーネを見て、エレオノーラが不機嫌に鼻白む。


「…そういうのはどうかと思います。

 だってそれは、陛下の御意思ではないのですから…。

 陛下にはちゃんとした形でわたくしの想いをお伝えしたいものですから…」


 そこまで言ってみせて、リーファ達の表情の変化にエレオノーラはハッとした。

 レーネはにやにやとエレオノーラを見つめ、リーファもほっこりと笑顔を返している。


「いいですねえ…」

「ええ、本当に…」

「り、リーファさんまで!」


 ぷんすかと怒るエレオノーラもまた可愛らしいなあと思ったが、それを言うとまた怒られそうなのでリーファは黙っている事にした。

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