第30話 死の王の居城、再び・2

 何にせよ、話を勝手に終わらせてくれたのはありがたい。アランは改めて、リーファの話を振ってみた。


「あ、ああ。気にしては、いない。

 リーファがこちらに来ている事は、ビザロの町のグリムリーパーから聞いている。

 連れ戻したいのはやまやまだが、今ラッフレナンドは未曾有の災害に見舞われている。

 彼女の事は、問題が解決してから───と思うのだが」

「ふむ。わたしの孫娘よりも国の方が大切だ、と。なるほどなるほど」


 どうあってもリーファを優先して欲しいらしい。

 特に縁もない余所よその国がどうなっても構わないのは分からないでもないが。


「彼女を危険に晒すわけにはいかない………という事でご容赦願いたい。

 ………時に、リーファは何と言ってこちらに?」

「うん。何でも国で悪さをしたようで、国を追われて来たとか言っていたかな。

 処刑なんて話もしてたが、一体を何をしたのか全く覚えていないそうだ。

 君のような人徳者が国を治めているというのに、何故そんな物騒な話になったのだろうなあ」

「そ、それは…」


 気まずさと後ろ暗さで背中がちくちくしてきた。大方、思っていた通りにラダマスに伝わっているようだ。

 と言うか、言い方に悪意すら感じる。リーファがここまで来た過程を思えば、嫌味の一つも言いたいのだろうが。


 どう言い訳しようか言い淀んでいたら、ラダマスが手で発言を制してきた。


「ああ、言わなくていいよ。わたしもちょっぴりしか興味はない。

 あの子の魂を見た所、記憶の結び目がほつれていたようだから、何か勘違いしてしまったんだろう。

 放っておいても自然に元に戻りそうだから、それまで滞在してもらう事にしたんだよ。

 ───その方が、長く一緒にいられるからねえ」


 そう話すラダマスはとても上機嫌だ。どういったやり取りをしたかは分からないが、ラダマスが喜ぶ程にリーファも好意的に接したのだろう。


(それにしても………まるで、リーファの記憶喪失を容易く解消出来るとも聞き取れたが…?)


 物言いが引っかかったアランだが、こちらの疑問を余所よそにラダマスは話を戻してきた。


「…しかし困ったねえ。今、殆どの者が出払っていて人手が足りない。

 魂達と言うが、具体的にはどんな感じかね?」

「昼夜問わず、町の中に球状の魂が動き回っているようだ。確認できた限り、百はいる」

「百、か。なかなかの数だねえ。

 その様子だと、ゾンビやスケルトンの類は出ていないようだね。

 リーファが手を抜いていたとは思わないが、回収が滞ってラッフレナンドの外に居た者達も集まってきたかなあ」

「………………」


 あまりにも白々しいラダマスの態度を、アランは目を細めて見てしまう。

 嘘を言っていないのか、そもそもグリムリーパーには反応しないのか。アランの”目”は、ラダマスの言動を嘘だと認めていないのだ。


(この男は、全てを知っているのではないのか…?)


 そう思えてしまう程に、リーファの失踪とラッフレナンド城下の魂騒動は繋がりがあるように見えたのだが。


(いやしかし、ここ最近リーファに外出の許可は出していなかった。

 墓参りの約束をしたが、そちらも結局行けず仕舞いだ。

 そのついでに魂の回収を考えていたとしたら…今は余裕で魂が溢れかえる頃合いだろう…)


 アランにも落ち度はあったのだから、ラダマスの真意はどうあれ責める事など出来はしない。


「一週間もすれば空く者もいるだろうけど…」

「あまり時間はかけたくないのだが…」

「だろうね。しかし、ないものはないのだ。

 そこで、だ。リーファを連れて行ってはどうかね?」

「…?」


 怪訝に眉をひそめるアランに対して、ラダマスは諭すように話を続ける。


「何があったかは知らないが、想いあっているふたりが離れる原因は、殆どが会話不足と聞いている。

 話さなくても分かる。話しても分かってくれない。その思い込みは、永遠に離れる要因として十分にあり得ると。

 かつてのわたしも、…と、じじいの昔話はどうでも良いな。

 とにかく、リーファは生きていて、会話が出来る。弁解の機会をお互い設けても良いのではないかな?」

「それはありがたいが───彼女は今、以前の記憶が失われているのでは?

 そもそも、人間の身でグリムリーパーとして魂の回収は可能なのか?」

「うん?出来るよ?」


 何ともあっけらかんと答えられてしまい、アランは目を丸くした。

 リーファが魂の回収する姿は何度か見た事があるが、いずれもグリムリーパーの姿だった。だから、人間の姿では出来ないものだと思っていたのだが。


(いや、人間の姿だと出来ないとは一言も言っていなかったが…)


 考え込んでいる様を見て、ラダマスが言葉を続ける。


「何か誤解があったようだ。

 …ああ。エセルバートは───あの子の父親は、その辺りの事は教えていなかったかもしれないねえ。

 人間の姿のまま、魂の回収する様を他人に見られたら困るだろうから。

 ───何にせよ、そこは教えればいいだけだからね」


 リーファと最後に顔を合わせた時の事が思い出される。


 瑪瑙めのう色の双眸が怯えを宿したのは、アランの言葉がきっかけだった。城を出る原因も。

 思い出のないリーファにとって、アランは『怖い事を言って去って行った男』でしかないはずだ。

 はっきり言って、合わせる顔などない。


「…リーファは、私に会ってくれるだろうか」

「それも一緒に聞けばいいのだよ。

 君には言葉を聞く耳も、話す口も、考える頭もあるんだろう?」


 がちゃりと、背後の扉が開いた。


「リーファはこの部屋を出て右の廊下を行った先の部屋にいるよ。

 ゆっくり話し合っておいで」

「………感謝する。グリムリーパーの王よ」


 胸に手を当て、アランは頭を下げた。

 扉の方へと顔を向け、足を向けようとして───


 そこでラダマスが、不意にアランを呼び止めてきた。


「───ああ、そうだ。ちょっと待って」

「…?」


 足を止めて振り返ると、ラダマスは玉座に座ったまま、頬を掻いて苦笑いを浮かべていた。


「リーファに会わせる前に、君に言っておきたい事があったのだよ。

 出来ればリーファには内緒にしておいて貰いたいんだが」

「…ああ、約束しよう」

「では遠慮なく。

 ───実の所ね、わたしは君の事が大嫌いなんだ」


 本当に遠慮なく言うものだから、アランの口元に笑みが零れた。とてもとても不敵な笑みが。


「ああ、知っている」


 それだけ言ってきびすを返したアランの背中の先で、ラダマスが愉しそうにクスクス嗤う声が聞こえてきた。

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