第24話 危急の知らせ
アラン達がビザロで一泊後、ラッフレナンド城へ向けて出発してから早一日半が経過していた。
既にビザロ側の宿場を通過しており、今はアーシー側の宿場に向けて移動中だ。
天候は穏やかで、薄雲は遠方にちらほら見られるが、雨が降る事はなさそうだ。
「………………………」
「………………………」
「………………………」
ヘルムートから二枚のカードを提示され、アランは眉根を寄せて黙り込んだ。意を決して、右側のカードを抜き取る。
そして取ったカードを翻した。ジョーカーのカードだ。
「ぐ、ぬ」
悔しいが、叫ぶのは我慢した。ヘルムートを睨みつけると、彼は上機嫌に鼻を鳴らしていた。
「ふふん。残念だったね」
「ふ、まだ勝負は終わってないぞ。油断は死を招くものだ」
不敵に笑い、手の中で二枚のカードを混ぜ合わせ、ヘルムートの前にそれを掲げて見せる。一方がジョーカーで、もう一方がダイヤのエースだ。
ヘルムートはカードを交互に指差し、アランの反応を見ている。
いつも『機嫌が悪い』だの『無表情』だのと、褒められた
「ほい───あがり」
ヘルムートはいとも容易くダイヤのエースを引き抜き、無事上がってみせた。長椅子の真ん中に積みあがったトランプのカードの上に、自身のカードもばらまく。
「何・故・だ…!何故五連敗も…?!」
ジョーカーを右手に、アランは頭を抱えてしまった。
ババ抜きで一足早く上がっていたシェリーは、向かいの長椅子に一人座って溜息を吐いた。
「アラン様の目は、口以上にモノを言うのです。
今も、ジョーカーのカードの方ばかり向いておりましたもの」
「シェリーはよく目を見るよね。
僕は、アランの指を見たなあ。ジョーカーのカードを持つ手が、指差した時に震えたの見ちゃったからなあ」
と、ヘルムートは笑う。
息抜きのババ抜きでそんな所まで見て勝負をもぎ取っていく大人げなさに、アランは抗議をした。
「お前達、もう少し手心を加える気はないのか」
「手加減したら、アラン怒るじゃないか」
「そうした接待がお好みでしたら、次は手を抜きますが?」
「全く…リーファであれば余裕で勝てるというに…!もう一戦だ!」
ジョーカーをトランプの山に叩きつけ、アランはなおも食い下がった。ヘルムートは渋々、トランプをまとめ始める。
「そろそろババ抜きも飽きたし、他のゲームにしない?
ポーカー、大富豪、戦争とか」
「ダウトは薦めませんわ…あれは一生終わらないゲームですから」
「神経衰弱は、カードを広げておかないといけないからここじゃあね」
「スピードは?」
「おふたりで遊ぶのは構いませんが、背もたれが引っかかりませんか?」
「ではジジ抜きで良いではないか?
一枚と言わず何枚か抜いておけば、最後まで何が足りないのか分かりにくい」
「六連敗になっても知らないよ?」
「望むところだ」
ヘルムートの挑発を、アランは真っ向から受け止める。
幾度となく繰り返されたやり取りを、シェリーが呆れながら眺めていた───が。
───がらがらっ
馬の
「な、何?」
驚いてトランプを床にばらまいてしまったヘルムートは、不安そうに周りを見回す。
シェリーの動きは素早かった。長椅子を押し上げ収納スペースに入れていた長剣を手に、ドアからキャビンの外へと飛び出した。
彼女が慣れた手つきで抜剣してみせると、馬車の先から男の声が聞こえてきた。
「恐れ入ります!
こちらは、ラッフレナンド王陛下の馬車でお間違いはないでしょうか!?」
こちらに対する素性の理解と敬意が籠められた言葉だった。間違っても、山賊の類ではないと言えた。
アランもキャビンから外へと出て、正面を見やる。
馬車の目の前にいたのは、一頭の馬とそれに騎乗した兵士の姿だった。
(近衛兵…か?)
鈍色の鎧の右胸に、赤い縁取りの国章の紋が入っている。ラッフレナンド城の近衛兵の証だった。
馬上の近衛兵は、アランの姿を目に留めると急いで馬を降りた。アランの前で
「ラッフレナンド城近衛兵、トゥーン=レーメルと申します!
陛下!東部へのご旅行中にお声がけして申し訳ございません。
至急お伝えしたき事があり、馳せ参じました!」
「何があった」
「ラッフレナンドが───ラッフレナンド城下が、魔物の襲撃を受けています!」
「な!?」
「馬鹿な!」
シェリーと、キャビンから顔を出したヘルムートが息を呑んだ。
「──────」
アランは声にこそ出さなかったが、険しい表情で近衛兵トゥーン=レーメルを見下ろす。
ラッフレナンド城下への直接の襲撃など、ここ数十年は発生していない。
魔物の領域との実質の境界線になっている北の国境アキュゼで、その多くが食い止められている為だ。
仮にアキュゼが陥落したとしても、進軍しながらラッフレナンドに到達するには四日はかかるだろう。
(…いくら何でも早すぎる)
動揺を気取られないように、アランは短く訊ねた。
「───詳しく話せ」
「はっ。
二日前の夕方頃、西方より亡霊のようなものが押し寄せてきて、城下を襲いました。
幸い死者は出ていませんが、避難の際に負傷した者が何名かいるとの事です。
城下の民は全て、本城の地下に匿っております。
教会の神父達の清めで本城への侵入は抑えていますが、どれほど持つか分かりません」
「亡霊の、類か。…アキュゼからは特に何も報告はないな?」
「はっ、ありません」
「アキュゼが陥落した訳ではないという事か…」
西から来ているという事だし、とりあえず北の国境は関係ないと見るべきかもしれない。だが───
(二日前………リーファが、グリムリーパーの城へ向かった後か)
嫌な予感が頭を巡る。タイミングが良すぎる。
憶測の域を出ないが、亡霊絡みという話も相まって、グリムリーパーが絡んでいるような気がしてならない。
「ヘルムート」
「うん」
側にいた従者に、アランは胸に留めていた金のバッジを手渡した。
「国章を預ける。城に戻りがてら、町という町に協力を仰いで神父と牧師を集めろ。
亡霊の浄化は出来ずとも、押さえ込む術くらいはあるだろう。
近衛兵を護衛につけていけ」
「…分かった」
そして次にシェリーへと向き直る。
「シェリーと兵士二名は馬車に乗ってラッフレナンドへ戻れ。
私はそちらの兵士の馬を使って先に戻る。単独で丸一日走らせれば、少し早く帰れるだろう」
アランが下した命令に、シェリーは渋い顔をした。
「…兵を伴わず、お一人でお戻りになるつもりですか?」
「馬車の馬は減らせない。
ヘルムートには、兵士の馬を一頭使わせたい。
近衛兵の早馬は、ヘルムートと共に行ってもらわねばならない。
使える馬は一頭のみだ。これしかない」
「…仕方ありませんね」
シェリーは小さく溜息を吐き、
道中で服を着替える余裕はないから、荷物は最低限だ。数日分の携帯食料と水、防水のフード付きマントなどを馬に積んでいく。入れ替えにそう時間はかからないだろう。
「…アランが行っても、解決はしないと思うけどねぇ」
支度を待つ中、ヘルムートがぼやいている。苦笑いを浮かべる彼からは、不安と困惑が見え隠れしている。
確かにアランが単身で城へ戻ったとしても、何が出来る訳でもない。相手が本当に亡霊の類であるならば、今必要な人材はアランなどではない。
「分かっているさ。
しかし、私の国だ。私が城にいなければ始まらんだろう」
「…そういう、事だね」
解決の為ではない。これは責務だ。
王で在る以上、国がどのような道を辿ろうとも民は守らねばならない。
アランの決意は、ヘルムートも理解しているのだろう。痩せ我慢を滲ませているアランを見上げ、軽く肩を竦めていた。
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