第20話 吟遊詩人に導かれて・2

 アラン達の視界にビザロの中央広場の風景が広がる。

 人も馬車も行き来がそこそこ多く、金稼ぎの為に中央の噴水の側で芸を始める者も見られた。


 その中に、先程の黒髪の女を見つける。これから演奏でもするのか、リュックサックを側に置き、噴水の縁に腰を掛けて少し不機嫌そうにハープを撫でている。


 リュックサックにぶら下がる赤く光る物に気が付いて、アランは目を細めた。


(あれは…)


 アランとシェリーは、女の側まで近づいた。


 午後になり伸び始めたアラン達の影に目を留めて、女───サンが顔を上げる。


「リーファに会いに、店を飛び出たのではないのか?」

「…なんだよ、あんた」


 サンは眉根を寄せ、苛立たしげにアランを睨み上げる。


 アランはお構いなしにサンのリュックサックを取り上げた。そこに括り付けてあった赤い宝石の装飾具を乱暴に引きちぎる。


「あ───ちょ!」


 腰を上げて抗議の声を上げるサンに、リュックサックだけ押し返した。

 ふらつきながら床に転がるサンの目の前で、アランは赤い宝石を手の中で転がした。


「これはリーファのものだな。何故持っている」

「な、何だっていいだろ?!リーファがくれるって言うから貰ったんだよ!」

「これは私があれにくれてやったものだ。

 お前に渡す理由にはならん。返してもらうぞ」

「ちょ…何だよ!返せよ!」


 リュックサックとハープを放り出し、アランに掴みかかろうとサンが手を伸ばす。

 しかし、アランに届くあとちょっとという所でシェリーが割って入り、あっという間に腕を掴んで張り倒した。

 背中の方へ手を捻られ、サンの悲鳴が上がる。


「いったっ───いたいいたい!」


 広場に響いた大声に、周囲の者どもの視線が集中する。その多くが遠巻きに見守る中、警邏けいらを呼びに行ったのか、通りの方へと走って行く者もいた。


 アランはお構いなしに、広場の床に這いつくばるサンを見下ろし問うた。


「リーファはどこだ」


 ここまでされて、サンはアランの事情を察したようだ。シェリーに捻られて痛いだろうに、脂汗をかきながらアランを睨み上げる。


「へっ───あんた、あれか。

 リーファを殺そうとしてた、性格悪そうな金髪の男」


 聞き捨てならない言葉が耳元を掠めた。うむ、と一つうなずいて、シェリーに告げる。


「シェリー、殺していいぞ」

「駄目です。一言一句正しい事ですので」

「…お前は一体どちらの味方なのだ」

「わたしは勿論、リーファ様の味方ですから」

「…ち」


 王の言う事を全く聞かないメイド長に、アランは舌打ちした。


 許可を出していないのに、シェリーはサンの腕を解放していた。ふたりの振る舞いに困惑しているサンの服の汚れを叩いている。

 そしてシェリーはサンの目の前で膝をつき、誠実な眼差しで見据えた。


「わたし達はリーファ様を連れ戻しに来ましたの。

 決して、殺そうとした訳ではありませんわ」

「…それを信じろって?」

「信じられないのも分かります。

 それだけの事を、そこの性格悪そうな金髪の方はなさいましたから」

「………………」


 どうやら、シェリーとサンはアランを敵認定したようだ。ふたりの突き刺さるような視線に、アランはつい明後日の方に目を逸らした。

 やがてサンはアランを見るのを止め、シェリーをじっと見つめた。


「…あんた、めいどちょーとかって人か」

「…リーファ様が、何か言って?」

「最初のところで親身になってくれた人がいたって。

 金髪で美人な女の───苦労人っぽい感じの人って」

「…そ、そう、でしたか」


 ───ぶはっ


「ふ、ふふっ」


 記憶喪失だったリーファの、シェリーに対するあんまりな第一印象に、アランは吹き出した。シェリーに背を向けて肩を震わせて笑ってしまう。

 ひとしきり笑った後、は、と我に返る。振り返れば、シェリーが鬼気迫る表情でアランを睨んでいた。


「アラン様…?」

「じ、事実だろう?」

「誰の、せいだと…!」

「………教会、だ」


 シェリーがアランに詰め寄ろうとした時、サンがぼそりと呟いた。

 ふたりして視線を落とすと、ハープをケースに入れて片付けているサンの姿があった。


「教会の、牧師が…おじさん、なんだってさ」

「───ありがとうございます。

 あなたのおかげで、リーファ様をお迎え出来ます」


 シェリーが自身の胸に手を当てて恭しく頭を下げたが、サンはあまり聞いていないようだった。

 ハープのケースを抱きしめ、悔しそうに歯噛みしてぼやく。


「…なんだよ。どいつもこいつもリーファリーファって。

 確かにあいつの声は凄いよ。ハープの音色に歌がしっくり来る。

 ハープに歌が合わせてくれるんじゃない。。引っ張られるんだよ。

 オレあんなの初めてで………才能ってああいうものなんだって思い知って………!

 でも───でもオレだって、昔からハープ練習しててようやくマシになったのに。

 何で誰も、オレの事を見てくれないんだよ…オレだって、オレだってさあ…っ!」

「お前の事など知るつもりもないが………単に、才能がないのだろうな」

「!」


 突き放すようなアランの言葉に、サンの表情は一瞬で険しくなった。


「アラン様!」


 シェリーが非難の声を上げるが、アランは溜息と共に続けた。


「あれはな、自分の声を呪っていたぞ?

 どこに居ても声は駄々漏れ。騒音と罵られ、子供もその声で目が覚める。

 お前と会った時はどうだったか知らんが、慣らしていない喉で声を抑えて唄った歌は、それはもう酷い有様だった」


 ───アランは少し前に、リーファが歌を苦手としていた理由を聞いていた。


『歌の練習を家でしていたら、近所のおじさんに『うるさい』って怒られてしまって…。

 まあ後になってそのおじさん、おばさんに怒られて謝りに来たんですけどね。

 でも、合唱なら口パクしてればバレませんし、迷惑になってしまう位なら歌わなくてもいいかなって…』


 その時アランは、そのおじさんとやらの気持ちにも共感し、リーファの心境にも理解を示した。


 厄介な才は、自分はおろか他人をも振り回す。

 アラン自身が、常日頃そう感じていた事なのだから───


「…過ぎた力は身を滅ぼす。

 傍から見たお前にとっては、美しい宝石のように見えただろうが………あれは当人にとって、紛れもない”毒”だ。

 才能の枠に落とし込むのであれば、相応の努力と犠牲を払わねばならんだろう。

 仮にあの”毒”を持っていたとしても、こんな所で燻っているお前に制御など出来るものか」


 何故このサンという少女にここまで心を砕いてやっているのか、アランは自分で理解出来ないでいた。


 サンも、『なんでこんな”性格悪そうな金髪の男”にここまで言われないといけないんだ』と思っているに違いない。

 助言とも無駄話ともつかないアランの言葉に、怪訝な顔をするばかりだが。


「…なんか、分かる。あいつも、違うトコで悩んでたんだな…」

「そういう事だ。

 …だが、先程のハープの音は、そう悪いものではなかったぞ」

「なんだそれ?褒めてんの?」

「解釈次第だな」


 ふう、とサンが溜息を吐いた。ゆっくりと、北の方へと指を差した。


「…教会は、この北の道を行った先だ。

 ………さっさと、行ってやれよ」


 そしてサンは、もう話す事はないと言わんばかりにそっぽを向いてしまった。


 アランとシェリーは顔を見合わせ、静かにうなずき合う。


「リーファ様を連れ立って、ここまで来て頂きありがとうございました。

 ───ご機嫌よう」


 サンに対して優雅に首を垂れたシェリーは、きびすを返して北の通りへと歩いて行った。


 アランもそれを追ってサンに背を向けたが、ふと思いついて上着についていたボタンを一つ引きちぎった。ラッフレナンドの国章が彫り込まれたオーダーメイドの金ボタンだ。


「小娘」

「…あ?」

「受け取れ」


 放ったボタンは、サンの眼前でマメだらけの手に受け止められた。手のひらに転がっている物を見て、サンは眉根を寄せている。


「なんだよ、これ」

「当分は忙しいが、戻る気があるならラッフレナンド城へ来るといい。

 これを衛兵に渡して、『アランに会わせろ』とでも言え。

 あの馬鹿女を世話した見返りくらいはくれてやる」


 そしてサンの返事を待つでもなく、アランはシェリーの後を追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る