第2話 騒動の前の服選び

 ラッフレナンド城2階の執務室。

 執務机に腰を預けてにんまりしたヘルムートが、無表情で椅子にもたれているアランに声をかける。


「いやー、女の子はいいねえ。

 見栄えが良くて服のバリエーションも多い。どれがいいか悩むよねえ」

「そうだな。二番の服は悪くなかった」

「僕、四番の服がいいんだけど」

「三番は胸が小さいと服が余るのが難点だな」

「二種類位候補上げて、メイド達に好きに選ばせてみる?」

「それもありだな………おい、まだか。早くしろ」

「分かっています」

「っていうか、何でここで着替えしなくちゃいけないんですかー」


 急かすアランに、シェリーは淡々と応じ、リーファは不満を込めて愚痴を零した。


「移動の時間が惜しいからに決まっている」

「着替える時間も審査の対象だからねえ」

「はあ…」


 男性陣にそう言われてしまい、リーファはうんざりしながら着替えを再開した。


 今回、メイド用の制服を一新する事になり、リーファの目の前には何着もの候補の服が並んでいた。

 メイド達は、いつもの仕事があるからこんな事に付き合わせる訳にはいかない。

 そういう事情で、いつも暇そうにしている寸胴体型のリーファと、長身で見事なプロポーションのメイド長のシェリーが呼び出されていた。

 ふたりで着替えをしてお披露目していけば、吟味する時間が短くて済むだろう、という話だ。


 ちなみに、リーファ達が着替えているテーブル側と、アラン達が待っている執務机側の間には、衝立など気の利いたものは置いていない。着替え風景は全て丸見えだ。


「メイドの人達用の服選びなのに、何で私もこんな事を………サイズ合うはずないのに…」


 悔しそうに唇をへの字に歪める。用意されている服は、全てメイドの平均体型に合わせているので、小柄なリーファにとってはややブカブカだ。


 シェリーは姿見で服の乱れをチェックしながら、リーファに説いた。


「文句を言っても始まりませんわ、リーファ様。

 手早く済ませるなら、言われた事には従う事です。心を無にするのです」

「こ、こころを、むに。が、頑張ります。

 …でも、なんで制服って下着込みなんですか?

 こんな下着…色々見えちゃうじゃないですか」


 純白の下着をかざしながらぼやく。

 フリルがついていて可愛らしくはあるが、布地面積がこれでもかというほど少ない。


 これは他のメイド服付属の下着にも言えることで、お尻がほぼ丸見えなものもあれば、紐みたいなものもある。

 隠さないといけない場所が隠れていないとか、リーファには到底理解できなかった。


「いつ見えても恥ずかしくないよう、見えない所も常に手入れを心掛けよ、という事でしょう。

 うっかりふさふさしたものとか見えてしまったら、殿方ががっかりしてしまうかもしれませんもの」

「ふさふさって…やっぱり、見せる事が念頭にあるんですね…」

「素敵な殿方に見初められる夢をもって、城仕えする女性達も多いのです。

 城には色んな身分の方がいらっしゃいますから。

 礼儀を習い、常に身奇麗に、身支度を整えておくのに、メイドという立場は絶好の役なのですよ」

「それで、これ…ですか」


 再び下着をかざす。服は既に着ているから、あとはこれをはくだけだ。


「少なくとも陛下が満足される服を着ていれば、陛下にお声をかけられる機会があるとは思いませんか?」

「…なるほど。陛下の運命の女性は、案外近くにいたりするかもしれませんね」

「あら。リーファ様はロマンチストでいらっしゃるのですね」

「そ、そうですか?そんな事は───」


 ───ヒュッ


 夢見がちな発言が急に恥ずかしくなり、頭を掻こうとしたリーファの視界に何かが飛び込んできた。


「!」


 弧を描いて飛んできたそれがリーファの頭に当たるか、というところで、素早くシェリーが受け止めてくれる。

 シェリーの手の中に収まっていたのは、インクの小瓶だった。その先を見れば、アランがそれを放った体勢のまま、機嫌悪そうに半眼で睨んでいる。


「早くしろ」

「はい、ただいま」


 着替え終わっていたシェリーは小瓶をテーブルに置き、机の前へと歩いていった。リーファも慌てて下着をはき、シェリーの側に立つ。


「五番です」

「な、六番です」

「ああいいなあ。五番、ちょっと胸零れるね」

「服が小さすぎますから、仕方がありませんね」


 シェリーはそう言って、ブラウスの襟を正す。


 ブラウスは白、ワンピースは緑を基調としているが、胸元が開いているので胸がより強調されるよう出来ている。スカートの丈は短めだが、黒地のタイツをはいているので冬場も寒くはなさそうだ。こげ茶色のブーツは動きやすそうに見える。


「六番、丈はもう少し長めがいいな」


 リーファが着ている服は、ブラウスは白に近いピンク色、ビスチェとスカートは藍色だ。フリルをふんだんにあしらっており、メイドが着るにはやや華美が過ぎるかもしれない。白のオーバーニーソックスをはき、靴は高めのヒールでスカートと同じ藍色だ。


「あの位がいいんじゃないの?

 ソックスの丈もっと短くして、素足がちらりと覗けるのなんて最高じゃないか」

「いや、これは譲らん。少し動いた時に見える位が丁度いい」

「…なるほど、めくる前提か………盲点だったな」

「分かってくれるか」


 共通の感情を持ち合った者同士、アランとヘルムートが握手を交わしている。


 そんな様子を眺めて、リーファが小声でシェリーに訊ねた。


「陛下ってあんな方でしたっけ…?」

「わたしも、陛下のあのような姿は初めて見た気がします。

 きっと、リーファ様が来られた事で、新たな性的嗜好に目覚めたという事でしょう」

「…、………、………………、なにそれ、こわい…」


 さっと青くなったリーファを見下ろして、シェリーがくすくすと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る