第4話 久しぶりの実家で・2
リーファは隣の寝室に入り、壁に張り付いているはしごをよじ登って天井の扉を押し開けた。
屋根裏部屋も、大分埃が積もっていた。もっとも、物置代わりに使っていたから普段から掃除はさぼりがちだったのだが。
屋根に取り付けられた左右二つずつの窓から、塵埃で曇った光が差し込んでいる。
窓を開けて風を通し、突き当たりの木箱を開けて魔術や呪術絡みの道具と本をかき集める。
ふと、棚の上に置かれていた横長の箱を手に取る。赤を基調とした金縁で彩られた、枕くらいの大きさの箱だ。
(懐かしいな…解呪の練習用に渡された
箱を開けるも、中には何も入っていない。
残留思念が
(陛下達にかかった呪いも、ちゃんと解呪出来ればいいな…)
箱を棚へ戻し、荷物を吟味しながら広げた風呂敷に置いていく。
───と、居心地が悪くなったのかそろそろとアランが屋根裏部屋に上がってきた。
しばらくして、真下の寝室にも掃除の手が入ったようだ。
「あの男、リーファちゃんの彼氏なのかねえ?」
「仏頂面だけど結構男前じゃないのさ。いい服着てたし、どこかの貴族様かねえ?」
「あたしも若けりゃあの位の男落とすなんて訳ないさね」
「今からでも試してごらんよ。オトナの魅力に、案外ころっといっちまうんじゃないかい?」
「やだー。そんな事したらリーファちゃんが可哀相じゃないか」
「はっははは」
そんな話が足元から聞こえてくる。
(…意外と分からないものなのかな…)
下の声を聞きながら、リーファはアランの正体が知られない事に安堵した。
王子時代には国境で魔物との戦いに明け暮れ、その戦いぶりから”狂王子”、”アウルム・オブスクリタス”と呼ばれていたアランは、下手したら先王オスヴァルトよりも顔が知られていると思っていたが。
(まあ、でも、こんな辺鄙な所に陛下がいるだなんて普通思わないよね…)
この国では、貴族というと金髪の印象がある。
金髪長身というだけでこの国の王だと結びつけるのは、さすがに無理があるのかもしれない。
横の本棚からも何冊か本を探りながら、リーファは木箱に腰掛けているアランに声をかけた。
「色々ばれなくて良かったですねー」
「………………………そう、だな」
何故だか分からないが、アランが疲れているように見えた。
◇◇◇
一時間後。
窓はぴかぴか、床はつるつる。キッチン周りは鏡面のように磨かれ、埃一つ落ちていない。
薬草を出したついでに消臭用の香料を焚いたので、不快な臭いも殆どしなくなった。
生まれてからずっと住んでいた家だというのに、まるで新築の家に招かれたかのようだ。
悪く言えば生活感のない家屋が、目の前に広がっていた。
洗濯物はさすがに乾かなかったので、エリナが明日、裏の物置小屋にしまっておいてくれるらしい。
「ありがとうございましたー」
リーファはおばさん達を見送る。
彼女らは、一仕事終えた職人のようなさわやかな笑顔を浮かべ、報酬の瓶を両手いっぱい抱えて帰路についていった。
生まれ変わった家屋を後にして、長らく待たせていた箱馬車にふたりは乗り込む。
荷物は、リーファがまとめた大きめの風呂敷一つに納まった。ちなみに保冷庫は思いの他重量があった為、見送られた。
夕日が山間に沈もうとしている。夕餉の時間には十分に間に合いそうだ。
「ご近所付き合いってありがたいですねえ。こんなに早く終わるとは思ってませんでした」
「………………」
「ロルモーさんはお針子で、ビーチェさんは道具屋、ブラジェナさんは宿屋のおかみをしてるんですよ」
「………………」
「ピエダドさんは専業主婦なんですけど、お料理が上手で。
ちょっと前まで色々教えてもらってたんです。
前に作ったアップルパイも、ピエダドさんに教わったんですよ」
「………………」
話しかけているのに、アランの反応がない。物憂げに、城下の町並みを見てぼーっとしている。
アランの見る方向を眺めながら、リーファは恐る恐る訊ねた。
「…あの、陛下。どうかしたんですか?」
リーファの目線にようやく気がついて、アランが少し不機嫌になる。
互いに怪訝な顔でしばらく見つめ合っていると、彼はやっと口を開いた。
「………………………庶民の」
「はあ…庶民の?」
「………庶民の女というのは………皆、ああなるのか………?」
アランの問いに、リーファが首を傾げる。
『庶民の女』というのは恐らくエリナ達の事を指すのだろうが、『ああ』の意味がよく分からない。
あまり待たせるのも怒らせる要因になる。何とか角が立たないように、リーファは答えた。
「んー…んーと…。言っている意味がよく分かんないんですけど…。
はあ。まあ、大体、庶民の女の人は、ああいうものだと思いますよ?」
「お前の…母親も、か」
「え、ええ。そうですね。
まあ、母はもうちょっと細身でしたけど、性格は…エリナさんが一番近いですかね。
さばさば系というか、がつがつ系というか、男前系というか…」
「…そう、なのか…」
アランから、明らかな戸惑いの表情が読み取れる。
(な、何か言っちゃダメな事言ったかな…?)
不安になってアランの次の反応を待ったが、怒るでもなじるでもなく、また馬車の先の城下を眺めた。
「そうなのか…」
まるで自分に言い聞かせているかのようだ。
こちらを見ようともせず、ただぼうっと馬車の外を見て、そう口ずさんでいる。
とんでもない事をやらかしたような気がしながらも、何となく黙っているのも気が引けて、リーファはつい口を開いてしまった。
「な、なんか、憧れちゃいますよねー。私もあんな風になれるよう頑張らないとなー」
「…そう、か…?」
口ずさんでいる言葉の中から、ぽろっと疑問の言葉が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます