第3話 意外な支援者との出会い

 荷物を城へ届け終えた荷馬車が、ガラガラ音を立てて城下町の大通りを抜ける。


 ラッフレナンド城下町のほぼ東側。

 大通りから入れる二番目に広い通りを少し進んだ荷馬車は、ある店の前で止まった。

 荷馬車の主が、御者台から降りて目の前の店の裏手へと入っていく。別の荷物を積みに行ったようだ。


 その荷台に積み上げられた空の麻袋の下から、リーファはひょっこりと顔を出す。

 周囲を見回して誰にも見られていないか確認し、荷馬車からこっそり飛び出した。


 荷馬車の止まっている側の建物を仰ぐ。広いとは言えない木造の建物の店内外に、色々な雑貨が陳列されている。


(”ラモー雑貨店”…)


 軒先にぶら下がっている木製の看板をまじまじと眺めていたら、短い茶髪を刈り込んだ鼻下の髭が似合うエプロン姿の中年男性が入り口から出てきた。

 店主だろうか。リーファに気が付いて、愛想の良い笑顔を見せてくれる。


「いらっしゃい!お嬢さん。うちの店に何かご用ですかい?」


 急に声をかけられ、心臓の鼓動が一気に早くなった。肩が竦んで、震えてくる。

 しかし、ここで立ち止まる訳にはいかない。城からも出てしまった事だし、しどろもどろとリーファは訊ねた。


「あ、あ、あの。私、お金が無くて…その。

 ここでは、持っている物を買い取ってくれるんでしょうか…?」

「ああ、はいはい!物の買い取りですね!物によっちゃ難しい物もあるんですがね。

 まあお聞きしますよ。ささ、中へどうぞ」


 ご機嫌な笑顔に招かれ、リーファは店へと入っていった。


 店の中には色んな商品が所狭しと並べられていた。

 ナイフ、盾、兜、本、服、食器、野菜、果物、干し肉、本当に様々だ。


「おやじぃ!ここにあるもん全部持ってって貰っていいのかぁ!?」

「!」


 店の奥から聞こえてきた青年の声に、リーファはびっくりした。

 姿は見えないが、どうやら誰かが手伝いをしているようだ。店主の息子だろうか。店主も負けじと声を張り上げる。


「おう!そこにあるもん全部だ。ちゃんと伝票と付け合わせろよ。間違えんなぁ?!」

「わーってるよ!」


 青年からの返事が届くと、程なくがちゃがちゃと賑やかな音が聞こえてきた。荷物を運び出しているようだ。


 店主はカウンターの先に立ち、リーファに聞いてきた。


「それでお嬢さん、どういった物を売って下さるんで?」

「ええと…これ、なんですけど」


 リーファは、紺色のワンピースのポケットから赤い宝石を取り出し、カウンターの上へ置いてみせた。


「んん?!」


 店主はそれを見た途端、目を丸くして宝石を手に取った。眺めて、顔を近づけて、装飾品などを確認している。


 ふう、と息を吐き、店主はカウンターに宝石をコトリと置いた。腕を組み、静かに首を横に振る。


「お嬢さん申し訳ねえ。これはうちでは取り扱いできねえ」


 残念な返答に、リーファはがっくりと肩を落とした。宝石を見下ろし、溜息を零す。


「そう…ですか。きれいだから、売れるかなって思ったんですけど…」


 しょぼんとしているリーファを見かねて、店主は慌てて弁解した。


「ああ、良い物だってのは分かるんだ。

 だがね、これを買い取っちまうと、ウチの店が潰れちまう」


 とんでもない発言が出て、リーファは取ろうとしたその宝石を手から取りこぼした。カランと、カウンターに宝石が転がっていく。


(店が、潰れるって………もしかして、これって、爆弾───?)


 無いに等しい知識からそんな単語が転がり出た途端、リーファの顔からざっと血の気が引いた。

 部屋にあったからと、綺麗だからと、手にするべきではなかったか。


「そ、そ、そ、そんなこわいものだとは思わなくて…わ、私…!」


 一歩下がってプルプル震えているリーファを怪訝に見下ろし、店主はふとその理由を察したようだった。慌てて、理由を教えてくれる。


「あ、ああ。潰れるって、そういう物騒な意味じゃなくてねお嬢さん。

 この宝石はとても高価なものなんだよ。

 これに見合うだけのお金は、さすがに用意出来ないって事さ」


 どうやら、思った以上におかしな勘違いをしていたらしい。

 そして、この宝石が恐いものではなかったと分かった途端、リーファの顔が一気に真っ赤になっていった。


(は、恥ずかしい…!)


 茹で上がりそうな顔を隠し、店主にペコペコと頭を下げた。


「す、す、す、すみません。変な事を言ってしまって…そ、そういう事なんですね…!」


 きっと店主は、変な子だと思っただろう。諭すようにリーファに提案する。


「…お嬢さん、どこかの良いトコの子かい?

 良い身なりしてるし、家の人に相談してみてはどうかな?」

「家の、人…」


 その助言に、沸いていた頭が冷めていく。


(家の人、なんて人がいるの…?

 どこで生まれて、どうやって生きて、何であんな場所にいたのかも分からないのに…)


 天涯孤独で、とんでもない罪を犯し、処刑の為にあの場所にいたのかもしれない。

 生きている価値などない境遇かもしれない───けど。


(でも私は、知りたい…!)


 ”リーファ=プラウズ”宛てに届いていた手紙。あれは、何も分からない今のリーファにとって、唯一の手掛かりだ。

 追手が来る前に、処刑されてしまう前に、自分が何者かだけは知っておきたい。


「…私、知りたい事があるんです。

 どうしても行かなきゃいけない所があるんです…。

 もう帰れない…引き返せないんです。こんな事、誰にも相談できなくて…だから…!」


 意を決して顔を上げると───何故か店主は、顔を手で覆いむせび泣いていた。


 店主の異変にリーファが小首を傾げていたら、彼は静かにうなずいた。


「わかる」

「…はい?」


 店主は、カウンター越しにリーファの肩を抱き、深く深くうなずいてみせる。


「すっげえわかる!何かを成すために、旅立ちたくなる時ってぇのはあるもんさ。男にも女にもな。

 例えそれが茨の道だとしても、どんな苦境が待ち受けていても、そこに壁があるなら這い上がって乗り越える!そうじゃなきゃ男じゃねえってなもんさ!」

「そ、そうですね…」


 壁があるなら横から抜けて行けばいいんじゃないかなって思ったり、男の矜持の話になっているような気もするが、感動しているようなので突っ込まないでおく事にする。


 店主の熱弁は続く。カウンターの宝石をリーファの手に渡し、強く握りこませた。


「だが、それなら尚の事、この宝石は手元に残しておいた方がいい。

 これは多分、最後の最後に必要になってくるもんだ。うちのオススメ、フーリア産のオレンジを賭けてもいい。

 本当に必要になった時、こいつは自然と手元から離れていってくれるさ」


 手元に戻ってきた宝石をじっと見下ろす。

 ここでは買い取れないというし、どの道手元に残さないといけないが。


「でも、これ以外に売れるものが…」

「あー………うん。そこ、なんだよなあ」


 現実的な話に立ち戻り、店主の気持ちも幾分か落ち着いたようだ。リーファを解放し、腕を組んで悩んでくれる。

 しばらく店の中をぐるっと見回した店主は、最後にリーファを上から下から見て、口をぱくりと開けた。


「………………あ」

「あ?」


 首を傾げて見つめ返していると、店主はリーファに指を向けた。


「お嬢さん、旅に出るんだよな?」

「あ、ええと。はい、そうなります」

「それなら、身支度はしっかりしないといけないよな」

「え?あ、はい。そうですね」


 店主は口の端を吊り上げ、どこか誇らしげに鼻息を荒くした。

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