第14話 悪趣味な王の戯れ

(受け身───!)


 そう考える前に、何かに埋もれるように体が沈んだ。

 目で見なくても感覚で分かった。ベッドに突き飛ばされ、倒れこんだのだと。


 再びあらわになった胸を慌てて腕で隠していると、アランは満足そうに嗤った。


「最近の田舎娘は性急だな。会って早々、抱いて欲しいとぬかすか」

「あ、あれはクイズの答えであって、私の答えじゃなく───

 っていうか満点って言ったじゃないですか!」

「ああ言った。満点中の満点だ。実に素晴らしい。

 やはり、これだけ意思疎通が出来ている女でないと、私の正妃は務まらないな」


 倒れた拍子にめくれたスカートから伸びた足を、アランの指と手のひらがそっと撫で回した。


「ひっ」


 怖気に顔をしかめ、スカートの裾を押さえ指の侵攻を阻止しながら、悪意ある笑みを浮かべるアランに訊ねる。


「へ、陛下?」

「ん?なんだ」

「へ、陛下はとても女嫌い…じゃなくて、女性にお優しい方だと聞いてまして。

 そ、その、嫁入り前の女性をどうこうするような甲斐性───じゃなかった。

 とにかく、そういう方ではないと聞きましたワ」

「ふむ?田舎は時に、歪曲して情報が届くものだな」


 白いタイツ越しに脛に口づけられ、身を竦ませている内に膝を持ち上げられる。


「あっ」


 阻止しようと手を伸ばすも、アランの膝を差し込まれ、逆に腕を掴まれ頭の上で押し付けられた。金髪のカーテンが顔の周りを覆って暗がりを作る。


 ここまで押さえ込まれるともう色々と諦める他ないのだが、丁度目の前にアランの顔が来たので、苦笑交じりにリーファは言ってみる。


「ま、まだ婚姻を結んでいない状態でこういう事をするのは、ちょっとどうかと…」

「何を言うか。夫婦を続けていく為に、体の相性はとても重要ではないか」

「そ、そういう事言う人も結構いますけど…それって王族的にどうなんです?その、色々と」

「先王は候補を片っ端から手篭めにしていたぞ」

「…そうなんですか?」

「ああ、廃嫡裁判なんてしょっちゅうだった」

「うへえ…」


 リーファは露骨にげんなりした。


 庶民のリーファにとって王様を見る機会は限られるが、先王は死ぬ間際一ヶ月の姿は知っている。

 その時はしわくちゃよぼよぼの老人という印象しかなかったものだから、そういう目で見た事はなかったのだが。

 よくよく考えれば末子は若干十歳程度だから、近年まではそれはもう元気だったのだろう。


「まあ、私はそんな不誠実なマネはしないがな。

 心配せずとも、ちゃんと責任はとって結婚してやる」


 そしていきなり噛みつくようなキスをされて、リーファはくぐもった悲鳴を上げた。


「ぐ、うう、んんぅっ…!」


 絡みついてくる舌を噛みちぎってやりたくなる衝動をどうにか堪える。アランの性格上、そんな事をしても後々自分が手酷くされるだけだ。


「ん………ふ………う…」


 諦めてアランの舌に自分の舌も滑らせ絡めたら、彼は驚いたように目を見開いた。

 リーファの瑪瑙めのう色の瞳を細目で見つめ返し、しばらく口腔を蹂躙したかと思えば、舌を喉奥まで押し込む。


「んぐぅ…!」


 異物の侵入に喉がえずき、リーファの目に涙が溢れた。


 そこで満足したのか、アランは舌と唇を解放した。顔はまだ目の前にある。息も絶え絶えにアランを見上げるリーファを、彼は薄ら笑いを浮かべて見下ろしていた。


「なかなか情熱的なキスだな。一体誰に教わったのか」


 舌なめずりするアランのげんには答えない。代わりに、さっき言われた言葉に対して口を開く。


「馬鹿な事、言わないで、下さい………。

 結婚ってそんな…できるわけないじゃないですか…」

「何故だ?」

「な、何故って…」

「お前はそもそも、本物のセアラの替え玉としてきた。つまり代理だ。

 代理であっても、見合い相手は見合い相手。

 お前がセアラとして私のもとへ嫁いできても何の問題もないだろう?」


 無茶苦茶な言い分に、リーファはつい声を荒らげた。


「問題ばっかりです!

 だいたい、体の方はどうするんですか!?」

「体、と言うのは、貧相なお前の体の事か?

 一生目覚めない女をどうこうしたいなどとは思わんが、寝伏せたアレも誠心誠意愛でてやらんでもない。

 ───誇りに思っていいぞ?」


 耳元をくすぐる言葉に、頭を殴られたような気がした。


「い…一生…一生…?」


 リーファは、かつて先王オスヴァルトに取りついた時の事を思い出す。


 一ヶ月もの間眠り続けたリーファの体は、食事など出来るはずもなく、最低限の水分補給が命綱だった。

 排泄、清拭せいしき、床ずれ防止だって、人の手を借りなければならなかった。

 日に日に衰えていく自分の体を、先王の姿で見た時はゾッとしたものだ。


 あれが一生続くなんて、考えたくもない。


 目を見開き呆然と天蓋を見上げるリーファを、アランは満足そうに揺さぶる。首元にキスを落とし、谷間に顔を埋め、大腿と腰を撫で回していく。


「さあ、今夜はどうしてやろうか?

 会う機会も決して多くはないことだし、朝までここで妻としての心得でも教え込ませておくべきか?

 それとも王の寝室で、親睦を深めておくか?

 あちらなら、よほどの嬌声でも誰も気には留めないだろうから───」

「………………………」


 無言でぽろぽろ泣き始めるリーファを見て、アランは嘲笑うのを止めた。


「冗談に決まっているだろうが」

「だって…だって…」


 そんなはずはないと頭では理解していたが、気持ちは抑えきれなかった。

 緊張の糸が途切れた途端、ぶわっと涙が溢れて止まらなくなった。


 涙で顔がぐしゃぐしゃになったリーファを見たアランは、すっかり興が殺げたらしい。リーファを渋々解放し、ベッドの隣に腰をかける。

 放心しながらドレスの乱れを直し体を起こしたリーファを眺め、未だ零れる瞳の雫をアランは指で拭う。


「その残念な頭をもう少し働かせてみせろ。お前を持って行かれてもう四日だ。

 その間、私が何を考えていたと思っている」


 表情を見せず───しかしどこか物寂しげに───訊ねるアランを見上げ、リーファはおずおずと答えた。


「…心配してたんですか?」


 その返答を待っていたと言わんばかりに、アランの口の端が嫌な形に吊り上がる。


「性欲をどこに吐き出すべきかと、考えるだろうが普通は」

「うわ下衆い」


 あまりの外道発言に、思わず突っ込みを入れてしまった。


 そこそこの暴言だったと我に返ったが、アランはふん、と鼻であしらうだけで特に気にもしていないようだ。


「何とでも言え。側女とはそういったものだ」

「…まあそうですね。アラン様なら、そう言いますよね…」

「私ならそう言うとか、王を侮辱するとどうなるか躾けねばならんようだな」

「アラン様が言ったんですよ?!」


 薄ら笑いを浮かべてにじり寄ってくるアランに、リーファは尻込みした。ベッドの縁まで追いやられ、リーファは怯えに身を竦ませる。


 こちらを追い込んだ事で多少溜飲が下がったらしく、アランはいつもの鉄面皮でベッドから起き上がった。

 乱れた服装を整え、振り向きざまにリーファに告げる。


「確かにここで側女に死なれると処分が面倒だからな。見合いは破棄してやってもいいが。

 しかし手順は踏まねばならん。明日から三日の間はセアラとして過ごせ」

「…は、はい…ありがとうございます…」


 アランの命令に、リーファはほっと胸を撫でおろした。


(…たった三日。三日待てば、見合いのあれこれは片付く………けど)


 しかしまだ問題は残っている。相変わらずマルセルが来る気配はないのだ。


 セアラ達の目を盗むことが出来れば、空間超越で魔王城へ行って鍵の回収は簡単だろう。ラッフレナンドへ来るのも容易なはずだ。

 それが出来ないという事は、何かを理由にセアラ達の監視から逃れられない状況になっているか、こちらの事を考えていないのか。どちらかではないかと考える。

 出来れば後者は勘弁してもらいたいところだが。


(何にしても、待つしかない、っていうのはもどかしいものね…)

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