第13話 求められた女

「───という訳で、仕方がなくこの形でこちらに来た次第です…」


 ここに至るまでの経緯を語り終え、リーファは喉のつかえが取れたような気がした。まだ何も解決はしていないが、色々ありすぎて誰かに話さなければどうにかなってしまいそうだった。


 来賓用の寝室にある二人掛けのソファで、リーファは隣で無表情のまま見下ろしていたアランに声をかけた。


「あの、分かって頂けました?」

「………ああ、理解した」

「そ、そうですか。それは、よかった」

「それで?このいかがわしい体は一体なんだ?」


 アランはそう言って、リーファが羽織っていたショールを乱暴に引っぺがした。


「ぎゃーっ?!」


 胸元の大きく空いた薄緑色のドレスから、乳房が零れそうになる。リーファが慌てて席を立ち、腕で覆い隠した。


 満足したのは体か、仕草か、表情か。どこか嬉しそうに、アランは鼻息を荒くした。

 腰を上げ、リーファの腕を指で退けながら、柔肌の隙間に滑らせる。


「あの貧相な体の中にこんな卑猥な肉体を隠していたとはな。女は不可思議なものだ」


 リーファは後ずさってその指から逃れ、まくしたてた。


「わ、私だって嫌なんです!昔っからこうで…!

 人間の方もいつかはこうなると思ってたら、ちっとも大きくならないし…!

 せ、セアラさんのドレスはみんな胸元がきつくって。これとショールで隠すしかなかったんです…」


 上から下まで、じろじろとリーファをなめまわすように見ていたアランが、ぼそりと告げる。


「誰が嫌だと言った」

「え」


 やれやれと肩を竦めて、アランはリーファに近づいてくる。


「人には皆、優れた場所がある。見せたければ見せればいい。むしろ見せるべきだ。

 見せてその価値を示すべきだ、そうだろう。

 そも、女が女らしい体つきであるのは当然の摂理だ。

 そして男が女らしい体つきに惹かれるのも道理。

 ならば、それを隠すなどあってはならぬ事」


 大衆に演説でもしているかのように身振り手振りも交えた熱弁に気圧けおされて、リーファは一歩後退する。


「あー、その。アラン様?」

「ん?誰が名前で呼べと言った、無礼者。これだから田舎の娘は」

「お?」


 リーファは首を傾げたが、今はセアラとして来ているのでセアラとして振る舞えという事なのだろう。右腕で胸を押さえたまま、左手はスカートの裾をつまんで頭を下げた。


「ご、ご無礼をお許し下さい。陛下」

「うむ、私は寛大だから許すぞ」

「寛大なお心遣い、感謝します、陛下。そ、それでですね」

「なんだ」

「近いんですが」


 ダンスをする訳でもないのに、アランはリーファにぴったりと接近している。

 そして見下ろしていた。リーファを───というよりも、その肉付きの良い体を。


 ショールは取り上げられてしまったので手で何とかするしかない。両腕で胸元を隠すと、ふふん、と鼻で笑って、アランはリーファに問いかけた。


「…お前は何をしにここへ来た」

「え。あの…ええっと。…陛下の正妃候補として、お見合いに…?」

「そうだ。お前は正妃候補だ。

 そして私は王であり、お前の夫となる予定の男だ」

「は、はあ」


 心底嫌な予感がして、リーファの足が下がる。

 すると、アランもまた良い笑顔で一歩詰め寄るものだから、リーファはまた後ろに下がった。


「今までこれと良縁に恵まれなかったが。

 私もいい歳だ。多少問題があろうと、そろそろ妥協して妻を娶る事も考えなければと思っていた所だ」

「は、はあ、それは良いことだと思います」


 また三歩詰め寄られて、また三歩引き下がる。


「田舎の小娘だ。マナーの悪さはおいおい教育を施せばいい。

 少々反抗的なところは、私がじきじきに時間をかけて調教してやろう」

「ち、調教って…」


 また五歩詰め寄られて、また五歩引き下がる。


 ソファからかなり離されてしまって、自分の立ち位置が分からない。この後ろに何があっただろうか。

 そんな事を考えていたら、アランは急に趣向を変えてきた。


「さあ、ここでクイズだ。

 私はこの国の王アラン=ラッフレナンド。お前は正妃候補のセアラ=ウォルトンだ。

 夜も更けしっとりとした良い雰囲気の中、お前を訪ねて王が寝室へ来たとしよう。

 お前がセアラなら、王をどうもてなす?」


 唐突なアランの謎かけに、顎に手を添えリーファはしばらく考え込んだ。

 質問に質問を返すと怒られそうだが、下手な答えをしたらそれ以上に怒られそうだから、念のため訊ねてみる。


「…それは、セアラさんだったらどうするか、という話でいいんですよね?」


 こちらが望んだ形で言い方に含みを感じたのか、アランが怪訝な顔で聞き返した。


「そこまで言うほど酷い女なのか、その女は」

「う、うん。そうですね。アラン様…陛下の好みには合わないなと、思いました」


 視線を逸らして答えるその様子で色々察したようで、アランは溜息を漏らした。


「…なら、条件を変えよう。

 お前は正妃候補だ。品行方正才色兼備、男を立てるのが趣味みたいな女だとしよう。

 王の正妃となる。それはお前にとって願ってもない事だ。

 さあ、王が来た。お前ならどうする?」

「あ…うん、えっと…」


 リーファの頭に色んな考えが浮かんでいく。まずはお茶を出すか、マッサージなどして気遣うか、他愛ない話をしてみるか。

 だが、いずれもアランの望む答えではないはずだ。まあはっきり言って、もっと直球な答えだろう。


 リーファはアランの上着をつい、とつまみ、うつむいた。頬を赤く染め、囁くよう届くようにアランに答える。


「ここへ来るまでの間、決心はついております。私の身も心も陛下のものです。ですから…。

 だ…抱いて下さい…」


 リーファの視界の外で、アランは満足げに嗤った。


「───満点だ」


 ───どんっ


「うわっ?!」


 乱暴に突き飛ばされ、リーファは背中から倒れこんだ。

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