第11話 軌跡・7~マルセルの迷案

 ───ばんっ!


「!?」


 唐突に派手な音が立ち、リーファは身を竦ませた。

 どうやら扉が開いたようだが、リーファ達が入ってきた扉ではなく、左奥にあった部屋に繋がっている扉だ。


 そちらを三人で見やると、頭にたんこぶをくっつけたセアラが仁王立ちしていた。

 どこか勝ち誇ったように笑みを浮かべるセアラは、ずかずか部屋に入ってきてリーファに詰め寄った。


「聞いたわよ!このアバズレ!

 マルセルの事、何から何まで嘘だったんですって?よくも騙してくれたわね!」

「いやあの…私は何も言ってないんですけど…」

「だまらっしゃい!姪と伯父とか、なんて汚らわしい…!」

「あ、それ言うのマジでやめて」


 年齢の事を言われて気にしたのか、マルセルが顔色を悪くしながらセアラに手を伸ばす。

 セアラはそんなマルセルの手を取り、自分の頬へと押しあてた。


「ねえマルセル。わたしはマルセルが多少歳上でも問題ないのよ。

 三十八歳?三十四歳?ちょっと父様に歳近いけど、わたし全然気にしないんだから」

「わあ」


 横で聞いていたリャナが感心したように唸った。

 リーファも、聞き耳立てていたにしては年齢のくだりは器用に間違えるものだなと思うが、仮に『三百八十四歳』とちゃんと聞けていたとしても、信じたかどうかは疑問だ。


「三十八…三十四?ルーサーと、近い?年齢…ええ…?」


 マルセルはというと、色々な誤解も込みでショックに打ちひしがれている。


 そうこうしているうちに、今度はどたどたとルーサーと執事が応接間に入ってきた。


「セアラ!」


 ルーサーはマルセルからセアラを引きはがし、面と向かって叱りつける。


「いい加減に聞き分けなさい。もう迎えの馬車は来ているのだよ。

 そんなどうしようもない男は忘れて、ラッフレナンド城へ行きなさい!」


 セアラも負けておらず、ルーサーの手を振りほどきマルセルに寄り掛かる。


「いやよ!なんであんな王様のところへなんか!

 父様は、わたしがラッフレナンドの狂王に酷い目に遭わされてもいいの?!」

「そうは言っていない!御者の方を待たせたら、心証が悪くなってしまうのだ。

 どうせ見合いは破談になるだろうから、一度は行きなさいと言っているのだよ!」


(破談が前提になってるんだ…)


 リーファは呆れたが、今までの見合いの結果とアランの性分を考えると、その考えは間違っていないのでは、と思う。セアラの性格では───体型も含めて───、アランの御眼鏡には適わないだろうから。


「絶対いや!もしかしたら見初められてしまうかもしれないじゃない!」


(こっちはこっちで妙に自信あるみたいだし…)


 どこにそんな自信があるのかと不思議に思うが、城下にいてもアランの気性など分からなかったのだから、片田舎の娘が得られる情報では性格など計れなくて当然か。


 セアラはマルセルに寄り添い、猫撫で声で甘え始める。


「ねえマルセル、わたし、あなたの子供を身ごもってるの。

 もう少しで生まれるわ。名前ももう決めてるの。お願いだから結婚しましょうよ」

「「「「は?」」」」


 セアラとマルセル以外が、素っ頓狂すっとんきょうな声を上げた。


「え、いやあ、それは…」


 判断がついていないマルセルだけはしばらくおろおろとしているが、思い出したのか頼みの綱のリャナに視線を泳がした。


「りゃ、リャナ様?」

「あー、うん。嘘ついてるよそのお姉さん」


 助ける義理もなさそうだが、リャナは爪の手入れをしながらぞんざいに答えてあげている。


「ああ?!何でそんな事分かるのよ!」


 いきり立って噛みつくセアラに、リャナは余裕の態勢を崩さない。


「言っても分からないだろうから答えないよ。でも、マルセルはあたしの言葉信じるからね」

「な、なんなのこの子供…気味が悪い…!」

「というか、妊娠してから半年以上会ってないのなら、お腹はかなり膨らんでますからね…」


 呆れてリーファもフォローすると、セアラがぐっと唇を引き締めた。


 埒が明かないと感じ、リーファは席を立った。横で座っているリャナに声をかける。


「…リャナ。ここの事はマルセルに任せて、私達は屋敷を出ましょうか。

 鍵の事は…まあ他にも色々方法があるでしょうから」

「それもそだね。

 鍵が見つからなくても、パパかラダマス様にお願いすれば外してもらえるだろうし」


 リャナも、荷物をまとめてソファから降りる。


「それではごきげんよう、お邪魔しました」


 憮然としたルーサーに会釈して、ふたりで部屋を出ようと扉へと向かう。


「ま───待って!待ってってば!」


 マルセルは慌てて駆け寄り、リーファの腕を掴んでくる。


 リーファの筋力は普通の人間と変わらないから、いくら力を籠めてもマルセルの手は振りほどけない。


「離してよ………そちらの修羅場は、私達には関係ないんだから………!」


 うんざりとマルセルを睨むが無視されてしまい、代わりに部屋中に響くかという程の声音で高らかに叫んだ。


「あんたはラッフレナンドへ帰りたい。

 セアラはラッフレナンドに行きたくない。

 ルーサーはラッフレナンドへ王様の見合い相手を送りたい。

 そして俺はこのゴタゴタをなんとかしたい。

 この状況を解決する方法はただ一つ!

 ───そう、あんたが見合い相手としてラッフレナンドへ行けばいいんだ!」

「おお!」

「なるほど!」

「さすがね、マルセル!」


 執事、ルーサー、セアラがその”迷案”に食いついた。


 ずるずると巻き込まれている気がする。いや、既に巻き込まれてはいるのだけれど、引き返すポイントを間違えた気すらする。この屋敷に入らずリャナと帰っていればと、そう思わずにはいられない。


「なんでそうなるの………私はあとは帰るだけなんだから、巻き込まないでよ…」


 聞いているのか聞いていないのか、マルセルは耳打ちして今後の流れを勝手に説明しだした。


「鍵は俺が適当見計らって取りに行ってやるから。どこかで落ち合って、鍵を外してやる。

 そしたらあんたはもう自由だ。馬車の中で消えるもよし、城に着いてから消えるもよし。

 好きなタイミングでずらかってくれればいい」

「馬車に乗ってる間に消えたら御者が困るし、城にいる間に消えたら城の人が迷惑するでしょう。

 最短でラッフレナンドへ帰れるのは、見合いが終わってここに戻された後。

 リャナと一緒に帰った方が、私は早く帰れてデメリットもないのよ?」

「確かにな。だが、この状況を見てもそんな事が言えるかな?」


 親指で応接室を指差し、リーファもぐるっと見回す。


「むー!うー!」


 リャナの口を執事が塞ぎ、ルーサーが少女の荷物を抱えている。

 そしてセアラが、リャナの喉元に包丁の切っ先を向けていた。


「ええ…」


 眩暈めまいがした。体がぐらつく気がする。緊張と恐怖と怒りに唇が震える。

 さすがに腹に据えかねて、リーファはマルセルを半眼で睨んだ。


「…こんな事して、ラダマス様達にどう言い訳するの…?

 私はともかく、リャナに何かあったら何しでかすか分からない人がいるのよ…!?」


 マルセルはリーファを半眼で見下ろし、薄ら笑いを浮かべていた。

 嘲笑の類ではない。額に汗をこぼしているその様は、『もう引き返せない所にいるんだ』と訴えている。


「それは俺も考え中なの。お願い察して」

「行き当たりばったりじゃない………もう」


 やっぱり屋敷に入るんじゃなかったと、リーファは心底後悔した。

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