第10話 軌跡・6~人ならざる者達の雑談

 忙しなく出ていくルーサー達を見送り扉が閉じられると、リャナはマルセルに切り出した。


「ふう、やっとあたしの話ができる。

 …ねえマルセル。あんた今回の支援制度勘違いしてるでしょ」

「へ?」

「今回の制度、グリムリーパーは対象外だからね」

「─────────、はー?!」


 マルセルは素っ頓狂すっとんきょうな声を上げて目を丸くした。

 何となくそんな気がしていたリーファは、リャナの言葉を素直に受け入れる。


「ああ…やっぱりそういう事なんですね…」

「え?ええ?ダメ?ダメなの?なんで??」

「グリムリーパーは魔物じゃないじゃん。ポスターにも書いてある。ホラ」


 そう言って、リャナは一枚の紙をマルセルに渡した。

 大きさはリャナの身の丈ぐらいはあるだろうか。折りたたまれているそれを開くと、”子育て支援制度”と銘打って、概要と特典がつらつらと書かれている。

 そして一番下の注釈欄に、”グリムリーパーの方は支援対象外です。”としっかり書いてあった。


 その一文を食い入るように見つめて、マルセルは手を震わせながら呻いた。


「うーわ、マジかよー…」


 ショックを受けている間にも、リャナはさらに追い打ちをかけた。


「あと今回のリーファさんの誘拐騒ぎ、パパとラダマス様にも報告してあるから」

「え、───え?」


 驚愕しているマルセルに、リャナがもう一枚の紙を渡した。

 こちらは一般的な用紙サイズで、辞令が書いてあるようだ。サインが二ヶ所入っているから、恐らく魔王とラダマス両方のサインなのだろう。


「マルセルくんは、本日付けで魔王城勤務は終了。

 お出かけ大好きなマルセルくんは、外回り組に異動になりました。

 良かったね、マルセルくん。これで外に行っても怒られないよ!」

「はーーーーーーっ?!」


 部屋中に響くのではないかという程の絶叫で、マルセルは叫び散らした。席を立ち紙を引きちぎらん勢いで握りしめているが、魔術的な付与でもされているのか破けそうもない。


「ほあ~~~!?いっ、ひっ、へが~~~!????」


 言葉にならない悲鳴を上げ、柔らかくもない絨毯の上でのたうち回っているマルセルを見下げつつ、リーファはリャナに訊ねた。


「外回りって大変なんですか?」

「お給料はいいらしいよ。食いっぱぐれないし。

 でも、代わりに休みはほぼないけどね。休暇は数ヶ月に一度らしいから」


 リーファは、最近会っていない父の事を思い出す。

 父エセルバートは確かに数ヶ月に一度くらいしか帰ってこず、半年顔を見ない事もザラだ。

 仮に帰ってきても、お金を預けてすぐに出掛けてしまうような根無し草のような父親だが、預かるお金は決して少なくはない。

 時折、変な像やら置物を持って来て、置き場を困らせる事はあるのは玉に瑕だが。


「父さんが帰らないのってそういう…。

 でも食い扶持に困らないのはいいですねぇ」

「グリムリーパーの姿で四六時中飛び回っていないといけないらしいから、ハーフのリーファさんがやるのは大変かもしれないけどね」

「それもそうですね」

「いやだ~~~~~~っ!」


 絨毯の上で駄々っ子のように暴れているマルセルの声が、一際大きくなった。


 リャナはそんな彼を忌々しく眺め、おもむろに席を立つ。

 軽いステップでテーブルを踏み台にして───


 ───ずどん!!!


 少女の体は、動き回っていたマルセルの下腹部に寸分違わず急降下し、思いっきり踏み砕いた。


「ほげえ…」


 情けない呻き声を上げて、マルセルはびくびく痙攣して動かなくなる。


 女王のような貫禄すら纏い、悶絶しているマルセルを見下しリャナは告げた。


「うっさい。話は最後まで聞け。

 ラダマス様は、リーファさんをさっさと解放すれば多少は色をつけてくれるって言ってるんだけど?」


 人間であれば骨も内臓もぐちゃぐちゃになっていそうな衝撃だったと思うのだが、そこはそれ、マルセルはグリムリーパーだ。大して痛くはなかったのか、すっと上半身を起こし、恐る恐るリャナを見上げる。


「………えーと…それってぇ………」

「さっさとリーファさんの”此岸しがんかせ”外して、ラッフレナンドへ帰せって事」


 マルセルの顔が曇る。落ち着きなく床に視線を落とす。


「あー、うー。それは…」

「何?できないの?」

「鍵が、ここになくて…」

「どこよ」

「魔王城の俺のロッカーの中…」

「じゃあ今から行こうよ。

 魔王城へ行って、”此岸しがんかせ”外して、リーファさんを戻す。それでおしまい。

 マルセルはそのあとラダマス様の城に行って報告。以上!オーケー?」


 すっかり意気消沈してしまっているマルセルだったが、大分迷いながらも辛うじて返事をした。


「…ハイ。ワカリマシタ。

 ………ああ、可愛い嫁さんと、愛人に囲まれて過ごすハーレム生活がぁ………」


 最後にぶつぶつとどうでもいい事を言っているが、リーファもリャナも無視した。


(やっと解放される…?)


 そう自覚すると、自然と肩の力が抜けた。どうやら、そこそこ気が張っていたらしい。


 ほっとしているリーファを見やって、ソファに戻ってきたリャナはぼそっと心情を吐露した。


「…あたしは、リーファさんを戻したくないんだけどなあ…」

「…なんでです?」


 聞き返すと、リャナはほんの少しだけ言うのを躊躇ためらっていた。

 しばらくもじもじしたが、言わなきゃならないと思ったのか、覚悟を決めて教えてくれる。


「…リーファさん知ってる?

 あの王様、拘束監禁プレイが好きで、女の子の髪切り刻んで手元にいつまでも残しとく変態なんだよ」

「え」


 リーファの顔が強張こわばった。


 リャナが、アランのもとでリーファの事情を知った事までは察していたが。


(あ、アラン様と一体どんなやりとりが…!?)


 少女の発言に戸惑っていると、しょぼくれていたマルセルが四つん這いで寄ってきて、話の輪に入ってこようとする。


「うわなんだよ王様鬼畜か。ドン引きだなー」

「うっさい誘拐結婚詐欺犯は黙ってろ」

「ハイ…」


 リャナに睨まれ、すごすごとマルセルは引っ込んだ。


「………あー…そう、ですね………」

「「そうですね???」」


 リャナと引っ込もうとしていたマルセルが、リーファの言葉をオウム返しする。


 リーファは、頬に手を当てて唸る。

 完全に部外者のふたりに言う事に意味はない。これはただの愚痴だ。


「縛られたり、拷問部屋に放り込まれたりは、最初の頃からあったものですから…。

 そこまで酷い事をされるって訳じゃないんですよ?縛って放置とか、脅して怖がらせたりくらいで…。

 なんか、困ったり嫌がってる私を見てるのが楽しくて仕方がないだけらしく…。

 髪の毛も切られましたし。でも、取っといてたんですね…。

 髪には魔力が籠るものですから、何か考えて保管していただけかもしれませんが…。

 最近はそういう行動も鳴りを潜めたし、飽きたのかなと思ってたんですが………そっかぁ………」


 はあ、と溜息を吐いていると、マルセルはいたわるようにリーファの手を握りしめた。

 まるでお姫様と騎士のような雰囲気を醸しているような、そうでもない感じにしながら、マルセルはリーファに微笑みかける。


「俺と結婚しない?俺だったら、その鬼畜の王様よりも百倍優しくしてやる自信あるけど」

「親戚のおじさんとはちょっと…」

「おじさんって言わないで?!まだ三百八十四歳だから!」


 怒っているのか泣いているのかよく分からない顔で、マルセルは反論した。


 リーファは、ふと思い違いをしていた事に気が付いた。言動があまりに幼いから、若いのかと思っていたが。


「───あ、あれ?父さんより、年上?もしかして…伯父さん───」


 リーファの口を手で勢いよく塞いで、マルセルは必死の表情で訴えた。


「やめて!発音同じだけどニュアンス変えるのやめて!

 大体、エセルバートが老け込みすぎなんだよ。結婚した途端ずるずると老化しやがって。

 あいつの周りのグリムリーパー、あいつに感化されてみーんなおっさん化しちまったんだぞ。

『ナイスミドルが今どきの流行らしいよー』だとか冗談じゃない。俺は老けないぞー!」

「ああ…やっぱり気持ちで見た目が変わるのね…」


 背を向けて高らかに宣言しているマルセルを見上げて、リーファはしみじみ理解した。

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