第13話 魔王との邂逅・2

 成り行きを見守っていたら、魔王はリーファに向き直って話しかけてきた。アランが背中の向こうで睨んでいるが、気にした素振りも見せない。


「此度は煩わしい事に巻き込んですまなかったな。

 リャナをラダマスの城へ遣いに出したのだが、どうやらラダマスもリャナに用事を与えたようだ」

「は、はい。私の様子を見に来てくれまして…」

「遠見の術でラダマスの城を見やった時、腕輪持ちの者が城から出てきたのでリャナだと早合点してしまってな。

 腕輪にかけておいた転移術で魔王城へ戻そうとしたのだが…まさかそなたが持っていたとは。

 ちゃんと見ておくべきだった」

「そういう、事だったんですね…」


 上がっていた息が落ち着いてきた。リーファからほっと溜息が漏れる。


「そなた達をラッフレナンドへ戻すのは容易いが…その前にリャナを連れ戻したい。

 まだ城にいるだろうか?」

「う…」


 頭の中で整理が追いついてきた所で、頭痛の種が残っていた事を思い出す。


 一国の王を誘拐し、奇妙な偶然とはいえ魔物の城に放り込んだ首謀者だ。リャナが無事城から抜け出せる保障はない。あるいはシェリーあたりに捕まって既に殺されているかもしれない。


「だ、大丈夫だと思いますよ?

 正面から堂々と入ってきたみたいですし、彼女の魔術でお城の兵士さんも大分振り回されたようですし、リャナならきっと…」


 背中に嫌な汗をかきながら可能性の低い憶測を口にすると、魔王は途端に顔を綻ばせた。


「うむ。そうだろう、そうだろう。

 そなたと会ってからしばらく経つが、戦いも魔術もかなり腕を上げたぞ。

 補助魔術はあらかた覚えたようだし、今は魅了系の魔術の精度を高めるのにご執心だ。

 調子に乗ると攻撃が単調になるきらいがあるが、一対一の戦いにおいてはかなり慎重に動くようにもなった。

 私としては、もう少し遠距離から攻められる魔術を習得して欲しいのだがな。

 こればかりはあの子の性分だから仕方がない所もあるが───」


 とても流暢にリャナの事を自慢する魔王に、リーファは面食らう。

 ただの想像だが、恐らく義理の娘の自慢話をしたくてしたくてたまらなかったのかもしれない。

 最初に会った時もそれなりに大事にしているのは見て取れたが、ここまで行くと親馬鹿の域だ。


「そ、それなら何の問題もないですね…」

「うむ、何の問題もないな。…しかしだ。

 橋渡しの腕輪がここにある以上、リャナを呼び戻す術がないのも事実。

 飛んで帰ってこれない距離でもないが…あの子が真っ直ぐ戻って来ない事もありうる」

「そ、そこは信用してないんですね…?」


 悩ましげに唸っている魔王を見て、普段のリャナがどれだけ周囲を引っ掻き回しているのか想像出来てしまう。


(…でも考え方を変えれば、どんな問題が起こっても無事に帰ってこれる対策はしてるって事よね…)


 リャナ自身が対策をしているのか、あるいは魔王が加護を与えているのか、どちらかは分からないが。いずれにしても、リャナの無事はそうおかしな話ではないのかもしれない。


「───既に死んでいるかも知れんぞ」


 藪から棒に湧いて出た物騒な発言は、アランのものだった。


 苛立たしげに腕を組んで半眼で魔王を睨み返す様に、リーファの喉が詰まりそうになる。


「へ、陛下…!」

「我が国には歴戦の騎士を多く抱えている。

 騎士達だけではない。特務部隊も動いているはずだ。

 一度は城への侵入を許したが、あの状況でみすみすと魔物を逃すと思うか。

 いや、むしろ死んでしまった方がマシかもしれんな。

 私の城の拷問部は優秀だぞ?多くの者が、一晩とかからずに自白に追い込まれる。

 あの小娘はどれだけ耐えられるかな?」

「そ、それは…!」


(───そうですけど、それ何で今言っちゃうんですか!)


 叱責や罵倒が口から飛び出そうになったが、さすがに魔王の目の前で言うのは躊躇ためらわれた。


 アランの言は、明らかに自殺行為だ。自棄やけになっているとしか思えない。


 恐る恐る魔王の横顔を見上げる。アランの方を向いている端正な顔立ちから嬉々とした表情は消えたが、怒っているようにも見えない。

『妙案が出たぞ、さてどうしたものか』と考えているような。

『悩む程ではないが頭の片隅に入れてもいいかな』と考えているような。


 ほんの少しの間黙した魔王は、自分の手を胸に当てて提案を持ちかけた。


「───ではこうしよう。

 これでも私は魔王のはしくれ。世界中の何処であっても可愛い愛娘を探す事が出来るのだ。

 五体不満足でも死体でもね。しかし、少しばかり時間がかかる。

 リャナを見つかるまでのしばしの間、そなた達にはこちらに留まって貰おう。

 …ああ、別に独房に入れようとか思っていないのでね。丁重に、客人として持て成すつもりだよ」


 破格の待遇に、アランのみならずリーファすらも怪訝な顔をした。


 アランの挑発は魔王にも届いたはずだ。自慢するほど可愛い義娘なら、酷い目に遭わされるとなれば憤慨するのが当然ではないだろうか。もしくは嘆き悲しむか。


「…そんな事をして何になるというのだ」

「うん?」


 ぼそりと呟いたアランの声が震えている。

 聞いているリーファすら底冷えするような震えを覚える、憤怒のこもった声音だ。


「私はラッフレナンドの王だ。

 私の手は多くの魔物を殺め、死体の山を築いた。かつては狂王子と呼ばれた事もあった。

 貴様の知った顔も、我が剣に首を落としている。憎くないはずがあるまい。

 ───既に私の腹は決まっている。今私を生かすと、貴様の為にならんぞ。

 国へ戻り次第挙兵し、魔王領内を蹂躙してみせよう」


 怒りは伝わってくるのに、届く事はない。魔王を睨みつけるその様は、威圧というものを感じさせない。

 まるで虐げられて威嚇している子犬だ。勝てないと知って精一杯吠える事しかできない獣のようだ。


「…ふふ」


 魔王の口先からとても愉しそうな笑みが零れていた。

 こちらは強者の笑みだ。


 魔王の力がどれほどのものかリーファには分かりかねたが、そこらにいる魔物よりはよほど強いのだろう。

 息をひと吹きもすればその身が吹き飛ぶか。ほんの指先を動かせば四肢が弾け飛ぶか。

 絶大な強さの自身の前で、自分の城で、丸腰の人間が自分に噛み付いてきている。

 これは笑わずにはいられないのかもしれない。


 その反応に、更に顔を強張らせたアランに対して、魔王は一つ咳払いをしてみせた。


「ああ、笑ってしまったのは謝ろう。しかし───

 そなたを殺したとしても、そなたの後継が国を継ぐのだろう?そなたを殺す事に何の意味も無い。

 確かに私の知人の中に、ラッフレナンドとの小競り合いで命を落とした者はいるが………それは、彼らに力量がなかっただけの事。

 大体リャナが死んでいたとしても、それは国の意志だ。ここにいるそなたの意思とは無関係だ。

 どう転がっても、そなたを殺す選択肢が増える事はない」


 ふと、ちらりとリーファを見下ろし、ふん、と微笑んでからアランに向き直る。


「私はこれでも物覚えが良くてね。

 ───生憎と、約束をたがえるつもりはないのだよ」


 ◇◇◇


『───ラッフレナンドは、水源にも恵まれた鉱物の豊富な土地と聞いている。

 軍備の増強の為、出来れば領地を幾分か奪っておきたかったが。

 …ふむ。そなたが人間でいるうちは、領地侵攻は控えておいた方が良さそうだ』


『そ、そこまで気をつかって頂かなくても…。

 確かに、国が傾くと色々困る事もあるかもしれませんけど…っ』


『ああ、深く考えなくて良いのだ。

 軍備は重要だが、今は魔物全体の頭数を増やす事が優先だ、という話でな。

 先の暗黒年間では、魔物も人間も、あまりにも多くの命が散って行ってしまったからな。

 休息する期間は、どの道必要なのだ』


『…そう言って頂けると助かります。

 やっぱり、生まれ育った場所が戦火に呑まれる光景は、見たくありませんからね…』


 ◇◇◇


(───あ)


 魔王の言葉を聞いて、二年前にこの場でなされたやり取りが鮮明に掘り起こされる。

 出来事は覚えていても、会話の一部始終など覚えていられないと思っていたが。


(そうか。私、あの時───)


「くそっ!」


 リーファの考えを吹き消すように、アランの罵声が広間いっぱいに響いた。


「理解して貰えたようで何よりだ。───それでは、客間へと案内させよう」


 その様子を満足げに見下ろしてうなずいた魔王が、ぱん、ぱん、と両手を叩くと、入り口の扉が開いた。

 二匹のドラゴニュートが入ってくる。一匹は紫色の、もう一匹は明るいオレンジ色の鱗をしている。


 紫のドラゴニュートの方は知っている人かも、と思ったのだが。


「どうぞ、こちらへ」


 思ったよりも声が高い。女性のようだから、ドラゴニュート違いらしい。

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