第8話 グリムリーパー王ラダマス
中庭と言うべきか。真っ直ぐ伸びた鉄色の石畳の左右には、英雄や聖女を模した氷像が飾られている。
右手には噴水が置かれているが、この寒さのせいか水しぶきがそのまま凍っている。
左手には花畑のような区画があるが、咲いている花はおろか芝生らしき草も白に塗れているので、彩りを添えているとは言いがたい。
そして人影らしき姿もない。こんな環境だから訪れる者は殆どいないのだろうし、天敵もいないという話なので警備の必要もないのだろう。
正面にある城も外壁同様黒塗りの壁だ。やや光沢を帯びた素材だが、それが何なのかは分からない。正面の錆色の大扉はラッフレナンド城の扉と同じ位なので、主が巨人という事はなさそうだ。
リーファについていき、正面の扉から城内に入るとまた景色が変わる。
どうやら
外があまりに殺風景過ぎるからか、内装は温かみのある雰囲気だ。
壁の色はクリームがかった白で、そこかしこにある壁掛け燭台が部屋を照らす。足元の方は木目調の素材を使用している。床は真っ赤な絨毯が敷かれて華やかさがある。
そして何より、外と比べて圧倒的に温かい。中に入っただけだというのに、暑さで上着を脱いでしまいたいほどだった。
「御機嫌よう、我らが同胞よ」
聞こえてきた声に、アランは目線を先の扉の方へと移した。いつの間にか、一人の長身の男が立っている。
腰よりも長く伸びたストレートの髪の色は茜色、瞳の色も同じ色だ。足元までの長さの白いワンピースに金糸の袈裟のような上掛けを羽織った青年だ。その容姿は女性と見まごうばかりだが、動かない表情はまるで氷のようだ。
リーファは男の前へと立ち、スカートをつまんで恭しく頭を下げた。
「御機嫌よう、我が同胞よ。
ラッフレナンドより参りました。エセルバートの娘、リーファでございます」
「私はザハリアーシュと申すもの。
リーファ、この度は如何な用向きか?」
「遅くなりましたが、定期報告に参りました。
急で恐れ入ります。ラダマス様にお目通り願えますでしょうか?」
「…しばし待たれよ」
ザハリアーシュは
アランはリーファに近づき、ぼそりと問うた。
「…グリムリーパーか」
「あ…はい。初めて見る人でしたけど、恐らくは」
「それで、王に謁見して、それからどうする」
リーファは腕輪についた宝石に目を落とした。いくつか空きがあるが、六つ程宝石がついている。
「ラダマス様がリャナをラッフレナンドへ送ったのなら、橋渡しの腕輪のどの宝石がラッフレナンドへ通じているかご存知だと思うんです。それを聞いておこうかと」
「全部試せばいいだろう」
「ど、どの宝石がどこに飛んで行くか分からないんです。
うっかり魔王城なんかに飛ばされでもしたら、どうなるか…」
困惑した表情を向けるリーファを見て、アランは自分が
「…そうか」
「でも、そうですね。
リャナはきっと、魔王様のお遣いで色んな場所に行っているでしょうから、面白い場所へ行けるかもしれませんねえ」
「無闇に使うなよ」
「分かってま」
「りーーーふぁーーー!!!!!」
───バターンッ!!
もの凄い大絶叫と共に、目の前の扉が勢い良く開かれた。
びっくりしつつもそちらを見ると、一人の男が今まさに扉を開けました、と言わんばかりのポーズで立っている。
三十代後半程度のややくたびれた雰囲気はあるが、恐らく当たっている可能性はないだろう。燃えるような真っ赤な髪を逆立てていて、後ろ髪は短めだが一つに結わえている。
だぼっとした白い貫頭衣に橙色の上掛けを羽織っていて、足はサンダルと非常にラフだ。何となく砂漠の国の衣装を思い出したが、城に居るだけならまだしも、この寒空の下で外出するとしたら自殺行為だ。
「あいたかったよおおおぉぉぉおぉおお!!!」
「ぬぎゃっ?!」
真紅の瞳に涙をいっぱい溜め込んで、男はリーファに熱い抱擁をして頬ずりしだした。
思いっきり体当たりされて心底苦しそうだが、リーファも挨拶を返す。
「ご、ご無沙汰しております…ら、ラダマス様…」
「ん?」
何か思う事があるのか、男───ラダマスが眉根を上げてリーファを覗き込んでいる。
戸惑った様子で彼女は尻込みしているが、ラダマスは彼女の肩に手を置いて離そうとしない。
「え、ええっと…あ、あの?」
「ん?んん?」
じーっと。目に穴が開くくらいに見つめられて、そこでようやく理由に気づいたようだ。しどろもどろと、彼女は口を開いた。
「ご、ごめんなさい…その…ええっと…お、”おじいちゃん”…」
ラダマスの表情が一瞬で破顔した。
「そうそう!そう言ってくれないと!
いやぁ、グリムリーパーは皆兄弟だが、やはり家族というものはとても憧れてしまうものなのだよ。
しかし同胞はわたしを”王”としか呼んでくれないし、むさい男共に今更”おとうさん”と呼ばれるのは特段気持ちいいものではない!
そこで!わたしと魂の繋がりがありながら可愛い!孫という存在が、わたしにとっては必要不可欠という訳なのだよ、ふはははは!」
上機嫌に笑うラダマスとは対照的に、リーファは複雑そうに苦笑いを浮かべている。
「そ、それはそうなんですけど、…見た目的におじいちゃんという感じじゃなくてちょっと…」
「人間にも、歳若いおじいちゃんはいるだろう?いるよね?ね?ね?」
再び詰め寄られて、彼女は心底苦手そうに後ずさりする。
「あ、う…ま、まあいるとは思いますけど…」
「それなら何の問題もない!解決だね!」
「…はい。そうですネ…」
とても疲れた様子のリーファの肩を抱き寄せ、ラダマスは扉の先に手招いた。
「よく見たら人間の姿でこちらに来ているじゃないか。
この土地は人間の体には堪えるだろう?部屋を用意するから何日でも泊まっていきなさい。
定期報告など、茶の合間にでもしてくれれば───
…って、おや?」
そこでようやく、ラダマスの目がアランの姿を捉えた。
───ギ、リ。
「っ?!」
彼に見つめられた途端、アランの体が動かなくなる。
精一杯指に力を込めるが、小さく震えるだけで動こうともしない。錆びついた金具のように、関節が悲鳴を上げるだけだ。
(これは…!?)
まじないをかけられたわけではない、というのは分かった。
これは本能的な恐怖。蛇に睨まれた蛙のような。
逃げる事も抵抗する事も許されない、抗いようのない強大な力。無慈悲な圧だった。
アランの頬を冷や汗が伝う中、ラダマスは顎に手を当てながら熱心にアランを観察し始めた。
頭から足先へ、正面から背面へ。そして正面へ戻ってきて、その灼熱の炎ような瞳で顔を覗き込んでくる。
そうしてようやくラダマスは小首を傾げ、リーファに笑顔を向けた。
「うむ、人間にしてはなかなか良い魂の輝きをしている。
この輝きは前世由来のものか、現世の功績によるものか…そこまでは分からんが。
───リーファ、こちらは土産物かね?
魂は鮮度が大事ではあるが、まさか生きたまま連れてくるとは思わなかったなあ。
まあでも、良い魂は大好物だ。ありがたく頂く事にするよ、はっはっは」
うんざりしていたリーファが、はっと我に返った。
慌ててラダマスとアランの間に入り、両腕をいっぱいに広げて立ちはだかる。
「だ───ダメですラダマス様!
この人は美味しくな───い、いえ、美味しいかもしれませんけど!
とにかくダメです!食べ物ですけどっ…でも食べ物じゃないんです!食べちゃダメなんですー!」
(お前から見ても
色々言いたい事はあったが、体を満足に動かす事が出来ない。
アランは、目の前で必死に弁明している小柄な少女を、ただ恨めしげに見下ろす事しかできなかった。
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