第8話 食堂へ・2
「───お、剣の練習をしているようですなあ。頑張ってる頑張ってる」
いつの間にかソフィは、演習場側の窓にへばりつき、右の方を熱心に観察していた。
リーファもこそっとソフィに近づき覗いてみる。
ソフィが見ていたのは、東の哨戒路の側にいた三人の兵士達だった。何度か会話した事がある。まだ入隊して間もない新米兵士と、その上官だ。
「ノア君とルボミールさんとアハト君ね。
背の低い子がノア君で、彼と向き合ってる人がルボミールさん。
ふたりの間で腕組んでる一番背の高い子がアハト君よ」
「お知り合いですかな?」
「3階で巡回のお仕事してるからね。よく会うの」
窓を開けてふたりして練習風景を眺めていると、食堂側のカーテンを束ね終えたマイサが割り込んできた。
「何こそこそしてますの?わたくしにも見せなさいな。
………あら、あのくるくる巻き毛の子、ちょっと可愛いですわね」
この距離とこの暗さでは顔など殆ど見えないはずなのだが、マイサはその容姿をしっかりチェックしたようだ。
「ノア君はメイドさん達からも人気なのよ。
なんか、母性本能をくすぐられるとか何とかって」
「兵士やってるのが不釣合いな感じもしますがねえ」
「代々兵職に就く家柄の人もいるらしいのよ………何か事情があるのかもね」
そんな話をしている間に、ふたりの兵士の剣の打ち合いが始まった。
獲物は木剣のようだが、もちろん当たれば痛いからか、プロテクターらしき防具をつけている。
素人目で見た限り、ふたりの腕前はさほど差がないように見える。
つばぜり合いでは小柄なノアが分が悪そうに見えるが、ルボミールは目に見えて剣を振る速さが遅いので、打ち込む回数はノアの方が多い。
───コンコン。
打ち合いに夢中になってしまったらしい。扉をノックする音で三人揃って我に返った。
「失礼致します」
声がかかると程無く扉は開かれ、給仕の女性が食事をワゴンに乗せて運んできた。
手前のテーブルに頼んだ物が置かれていくのを見て、リーファは窓を閉め、ふたりに声をかけた。
「さあふたりとも、食べよっか」
「ドレスを緩めたらお腹が空いてしまいましたわ」
「マイサはレモネードとピッツァ食べてね」
「勝手にメニュー選ばれたのは気に入りませんけど、まあいいですわ。
あまり食べ過ぎると、体型が崩れてしまいますもの」
「体を維持するのも大変ですなあ。久々の、お肉♪お肉♪お肉~♪」
ソフィはスキップしながら、リーファとマイサは歩きながら席に着く。
ソフィ、リーファ、マイサの順に三人肩を並べて席についたら、両手を合わせて声を揃えた。
「「「いただきまーす」」」
リーファが頼んだ魚介のパエーリャは、お米が見えない程海鮮で埋め尽くされていた。レモンの香りが食欲をそそり、一口食べればハマグリのダシがコクのある味わいを生み出している。
(…このおいしいパエーリャが食べられるのも、あとちょっとかぁ…)
今日のパエーリャは一際美味しく感じられた。診療所の手伝いをしてきて、そこそこお腹が空いているからだろう。
オレンジ色に染まったエビを幸せな気持ちで噛み締めていると、ソフィが歓喜の声を上げた。見れば、目を輝かせて肉厚なステーキを口いっぱいに放り込んでいる。
「おおふ!肉が!肉が!肉汁がぁ!」
「慌てなくても逃げていかないから落ち着いて食べる」
呆れながらソフィを見ていると、今度はマイサの方から声が上がった。
「…んん?このピッツァどこかで食べた事が…」
「うん。うちにあったレシピの写しを料理長さんに渡してあるの」
首を傾げているマイサに、リーファはふふんと鼻を鳴らしてそのピッツァの正体を教えてあげる。
マイサは、リーファが何を言っているのか理解出来ていないようだった。もう一口食べてようやく気が付いたようで、リーファに渋面を向けてきた。
「まあ、国の食堂にリーファのレシピを預けたんですの?なんて乱暴な…」
「もちろん試食してもらって、メニューに入れられそうなもの、だけよ。
受けが良いようにアレンジも入れてもらったりね。
三割くらいは採用してもらったかなー。
マイサもレシピを持ってくればいいんじゃない?
いつか貰ったオレンジのレアチーズケーキ、美味しかったよ」
リーファの提案に、マイサは顔を赤くした。あからさまに戸惑った様子で、明後日の方に目を逸らす。
「そ…そんな、庶民の味をレシピに加えるだなんて…」
「ここは城下の人の出入りもありますからねえ。素朴な料理が好きという人もいるでしょうから」
「そうそう。もしかしたら陛下も食べてくれるかもしれないし」
「…。………。………………。ま、まあ検討してみますけど…。
モッツァレラのサラダとかどうかしら…いや、チーズ入りハンバーグとか…」
ソフィとリーファで後押しをすると、もぐもぐとピッツァを食べながらマイサは独り考え込んでしまった。きっと、自分のレパートリーの中から一番国に相応しいレシピの選考に入ったのだろう。
「…時に」
「え?」
不意にソフィがリーファに声をかけてきた。
「リーファさんは、本当に城から離れたいと思ってるんですかな?」
「ソフィ、ほっぺたにソースついてるよ」
「おおっと、失礼しました」
指摘されて、ソフィがナプキンで頬を拭く。
リーファはスプーンを器に置いて、窓の外に顔を向ける。
先の練習風景は、この場所からは壁に遮られて覗き見る事は出来ない。
しかし剣を打ち合う音は消え、代わりに話し声が聞こえる。会話の内容までは分からないが。
「…役所や兵士の人たちと仲良くはなれたから、城を出るのが辛くないなんて言わないけど。
適材適所、って言うでしょ?私には、このお城は窮屈過ぎるよ」
「わたしには、リーファさんはこの城にしっくりきてるような気がしますけどねえ」
リーファは右耳の上辺りを指で探った。
ここに傷のような火傷のような、Lの字型の痕がある。
数年前、気が付いたら出来ていたものだった。
梳いたり髪型が崩れたりすると痕がはっきり見えてしまうから、存在を知ってからは髪留めや髪型を変えて隠していたものだ。
髪を伸ばし三つ編みにしていたのも痕を隠す為だったが、それももう出来なくなってしまった。
未練はない。髪が傷んでいたのは事実だし、揃えてもらう頃には諦めがついた。
未練は、もうないのだ───半年前に決めていた覚悟も、全部。
「そんな事ないよ。…陛下も、きっとそう思ってる」
それだけ言うと、リーファは野菜がたくさん入ったコンソメスープに口をつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます