第10話 与えられたものは・2

「国章ってすごいんですねー。

 最初胡散臭そうに見られたんですけど、お店の人に国章を見せた途端、目の色変えて宝石を色々紹介されちゃって。

 陛下が外でイライラし始めて、どうやって言い訳して帰ろうか困っちゃいました」


 翌日、日の光が少しずつ落ちかけてきた頃合になって、リーファ宛に宝石屋から装飾具が納品された。

 涙を模した真っ赤なルビーに幾つか細かい宝石がちりばめられている。

 最初はネックレスのように見えたが、ルビーがやや大きいので、もしかしたらドレスなどにつける飾り物なのかもしれない。

 装飾具は光沢が美しいセルリアンブルーの宝石箱に入って届けられていた。

 花模様の金細工が美しく、置いておくだけで部屋が華やかになりそうな逸品だ。


「そういう事でしたか…」


 請求書の正体を確認する為に側女の部屋に訪れたシェリーは、リーファから昨夜の事情を聞いて物憂げに納得した。事情が事情な為、今日は他のメイド達は来ていない。


 シェリーが悩ましげに宝石箱に収められた装飾具を見下ろすものだから、リーファは不安になって訊ねてみた。


「あの…いけませんでした?」

「…いいえ。

 確かに贅沢は過ぎれば身を滅ぼしますが、側女と呼ばれる方が宝石の一つも持っていないのはどうかと思っていましたので。

 しかし…少々安過ぎやしないかと…」


 高い買い物を責めている訳ではなく、見た目に反して安過ぎる事を気にしていたようだ。

 装飾具の値段は、リーファが務めていた診療所の給料の数ヶ月分に相当する高価な品であった。

 しかし、高価、というのはあくまでリーファの、庶民の金銭感覚での話だ。

 一国の王が側女にプレゼントするものとしては、確かに安いと言えるのかもしれない。


「宝石としては、それほど純度は高いものじゃないかもしれませんね。

 でも私としては、これでいいんです。

 魔術の発動体は宝石の種類じゃなくて、魔力の通しやすさ、込めやすさが重要なんですよ。

 …あの宝石屋さん、魔術師的には掘り出し物いっぱいあるんですけどね。勿体無いなあ」


 装飾具を見る度にリーファの顔が緩む。

 以前あの宝石屋で一目惚れして、こっそりグリムリーパーの姿で忍び込んで魔力の通しやすさを確認し、大通りを通るたびに買われてしまわないかとやきもきしたものだ。


(お金が貯まったら自分へのご褒美に買おうって思ってたけど…。

 こんな形で貰えるなんて…人生ってどう転ぶか分からないな…)


 辛い思いをする事もあるが、こうして良い物が貰えるのであれば『側女の務めももうちょっと頑張ってみようかな』と思わないでもないのだ。現金な性格に、ちょっと恥ずかしくなってしまう。


「今の所それを知るのはリーファ様だけ、という事でしょうから。

 また機会を見て陛下に買って頂ければよろしいかと」

「ふふ、買ってくれますかねー。

 これを買った時も散々文句言われましたから、おねだりでは買ってくれないと思うんですよね。

 ゲームなら付き合ってもらえるでしょうけど、負けたら罰ゲームが怖いなあ」

「そういえば、例の罰ゲームとは何だったんですの?」


 シェリーの問いかけに、リーファは言葉を詰まらせた。

 別に恥ずかしい事を言う訳ではないが、シェリーがどう反応するか少しばかり不安はある。

 やや躊躇いつつ、リーファは意を決して話した。


「あー、ええっと………一緒に湯浴みが、したかったそうです。

 体洗って、欲しかったみたいですよ?

 陛下、結構筋肉質なんですね。意外とカチコチでびっくりしました」

「ぐふっ」


 案の定と言うべきか。優雅にティータイムを満喫していたシェリーが、飲みかけていた紅茶を噴き出した。

 喉の変な所に紅茶が入ったのか、豪快に咳き込んでいる。


(だよね…)


 シェリーの惨事を眺め、リーファは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 紅茶で濡れたテーブルをワゴンにあった布巾で拭いていると、深呼吸を繰り返し呼吸を正したシェリーは肩を震わせ恐る恐る訊ねてきた。


「え…あの、い、今までのお世話は…?」

「え、ええと………お世話っていうか…。

 私が一方的に、だったんですよ。陛下は上着は脱ぎますけど、肌着は着たままで。

 脱がそうとすると止められるので、何か理由があるのかなって思ったんですが…。

 特に意味はなかったのかなあと」


 凍り付いた笑顔のシェリーの心中に何かが込み上げて来ているのは、リーファにもよく分かった。

 側女であるリーファを飾り立てて礼儀を教え、早く御子を授かって貰えるよう躍起になっていたのに。

 肝心のアランにその気がないのだから、怒りたくもなる。


「………………何考えてるんですか、あの方は」


 人一人位なら殺せそうな形相をしているシェリーに、リーファはつい言ってしまった。


「あの、シェリーさん。顔、怖いんです…」


 は、と我に返ったシェリーは、頬に手を当て俯いて瞳を閉じる。

 一呼吸してみせ、顔を上げて目を開けると、いつもの朗らかな笑顔に戻っていた。


(…メイドって笑顔の訓練とかあるのかな…)


 手品でも見ているかのような表情の変化に、リーファは只々感心してしまった。


「…失礼しました。

 それにしても男性に免疫のないリーファ様に、そのような辱めをするとは…」

「それがそうでもないんですよ。

 診療所にいた時、患者さんの体洗うのは手伝ってましたから。

 そりゃ後ろから前から、上から下から、表から裏から、ちゃんと洗って差し上げましたよ。

 そしたら陛下、『手際が良過ぎてつまらん』って。

 …先に宝石を買わせて正解でした。

 罰ゲームの後だったら、適当な事言って買って頂けなかったかもしれません」


 ちょっと得意げに言ってみせると、シェリーは口をぽかんと開けて驚いていた。


 恐らくリーファの身辺調査は行われていたのだろう。

 家族構成、最終学歴、職歴、恋人の有無辺りは知っていたのかもしれない。

 しかしその詳細までは調べなかったのだろう。『男性に免疫がない』のは事実にしても、男性の体の洗い方を知らないかどうかは別問題だ。


 誇らしげに笑うと、シェリーもつられて悪戯っぽく微笑んだ。


「…あら。今回はリーファ様の方が一枚上手だったという事ですのね」

「たまたま、ですけどね。

 でも、『覚えていろ』って言った時のあの顔、見ていてちょっと楽しかったですよ」

「ふふ、陛下の悔しそうなお顔が目に浮かびますわ」


 リーファは昨日のアランを思い出し、シェリーは想像を働かせて、ふたりはクスクスと笑い合う。


 テーブルに置かれた装飾具が、日の光に当たって鮮やかな紅色に輝いた。

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