第10話 城暮らしの始まり・1

 先王の葬儀が恙なく終了した日の夜の、王城の廊下。

 新たな王となり初めて執り行った国葬を無事終えたアランに、ヘルムートは声をかけた。


「葬儀、お疲れ様。アラン陛下」


 王と呼ばれるようになっても、国事以外で王としての装束を着る気はないようだ。

 いつの間にかアランは、王子時代の黒い礼装に着替えていた。


「お前に言われると気持ち悪い。ヘルムート」

「はは、僕も気持ち悪いよ」


 自分が国の頂点に立っても態度を改めない異母兄のヘルムートを見て、アランはほんのちょっとだけ落ち込んだようだ。


「だったら二度と言うな。………あの女は?」

「大分元気になったよ。

 立ち上がるのは無理だけど、起き上がる位なら問題ないみたいだ」

「…一ヶ月半か」

「もうそんなに経ったんだね。あっという間だ」


 他愛ない会話をしながらも、ヘルムート達は廊下を歩いていく。目的地は一緒だ。


 3階の西側。庭園が一番映えて見える部屋の扉を、ヘルムートはノックした。


「どうぞ」


 中からの返事を聞いて、ふたりは入室する。


 その部屋は、特別な立場の者が住む事を許される寝室だ。

 装飾の美しいガラス製のテーブル。体がゆったり沈むソファ。剣を掲げた戦乙女の絵画。赤を基調にしたカーテンと絨毯。彫刻の造作が素晴らしい暖炉。


 中にいたのは三人のメイド達と、ベッドから起きたばかりの一人の少女だ。

 胸ほどまで伸びた茜色の髪は三つ編みおさげに結ってある。

 よく映えた瑪瑙色の双眸以外はどこにでもいそうな町娘。


 メイド達が一礼して部屋を出て行くのを見送って、ヘルムートはベッドの側に来て声をかけた。


「リーファ、元気かい?」

「おお、ヘルムート。よく来てくれた。おかげで………あ」


 ちょっとだけ居丈高な物言いをした少女を、ヘルムートはきょとんと、アランは不機嫌に顔をしかめた。


 すぐにリーファが、は、と気付き、頭を掻いて空笑いした。


「し、失礼しました。まだ、一昨日の癖が抜けてなくて…。

 先王陛下の葬儀、お疲れ様でした。陛下、ヘルムート様」


 すぐに喋り方を訂正してみせたリーファを見下ろし、ヘルムートは朗らかに笑ってみせた。調子は良さそうだ。


「元気そうで何よりだよ。

 …しかし随分無茶な事をやらかしたね?先王の体に乗り移るなんてさ」


 ヘルムートの言葉に、リーファはただ、ははは、と笑って誤魔化している。


 ◇◇◇


 ───時は、大亡霊を消滅させた直後に遡る。


 グリムリーパーは王が眠り続けるベッドの側に佇み、淡々と説明をした。


「王陛下の魂は、体に戻れないほど弱っていた為浄化する他ありませんでした。

 …だから、私が王陛下の体に乗り移ります」


 魂の専門家のように振る舞うリーファを、アラン達は胡散臭そうに見ている。

 ふたりは一度互いを見合わせ、またこちらに顔を向けてきた。


「そんな事が、出来るものなの?」

「死んだ体を、強力な魂が憑依して動かす事はよくある事です。

 この体はまだ死に切っていませんから。私でも何とかなるでしょう。

 ───ここに」


 グリムリーパーが手甲に埋まった宝珠から一つ、帯の長い魂が顔を出す。

 この場において必要となる魂と言えば一つしかない。


「それは…王陛下の魂か」

「はい。王陛下の記憶は、この魂から何とか抜き取ってみます。

 まるで記憶がないよりは幾分か動けるかと思いますが、それでも限界があるので、おふたりにはサポートをお願いしたいのです。

 …どこまで王陛下の体を生かすかは、おふたりにお任せします」

「…あれはどうする」


 アランが親指で指し示すのは、上の階で動かないリーファ自身の体だ。


 グリムリーパーは少し考え込んだ後、苦笑いした。


「あー…出来れば、どこかに寝かせておいて貰えませんか?

 十年以上使ってきた体なので、出来ればもう少し使っておきたいですし…。

 実質寝てるようなものなので、王陛下に入っている場合はお世話をお願いしないといけませんけど…」

「…私としては、今あれだけでも片付けておきたいのだがな」

「…ですよねー…」


 意地悪そうに笑うアランに気後れして、グリムリーパーが嫌な顔をする。


 王の体を生かす手伝いをすると言っても、リーファ自身は国には関係ないただの町娘だ。

 世話をする人員が必要になるし、王に乗り移っている間に『邪魔だから』と湖に沈められてもどうする事も出来ない。


 ふたりの返事を待っていると、ヘルムートがアランに声をかけた。


「アラン、アラン」

「何だ、ヘルムート」

「ちょっとね………。

 リーファ、だったね。少し待てるかい?」

「?…どうぞ?」


 グリムリーパーの返事を聞いてヘルムートはアランを引きずるように連れて行き、広場の隅の方で耳打ちしている。

 声までは聞き取れないが、アランの表情を見る限りあまり楽しくない話題のようだ。


 やがて、ふたりがベッドの側まで戻ってくる。

 アランはとても不機嫌そうだが、ヘルムートは上機嫌に口を開いた。


「いいよ。僕が責任持って君の体を管理しておくよ」

「あ、ありがとうございます」

「期限は………王位継承の儀式を終了した後だね。

 さすがに直後に死ぬと怪しまれるだろうから、儀式終了後一ヶ月を目処にしてはどうかな?」

「その位なら、何とか入っていられると思います。

 ───では、行きますよ。後は、お願いします」


 グリムリーパーは瞳を閉じ、横たわる王の体に触れる。

 手に持っている魂が発光して、グリムリーパーと王の体の繋ぎの役目を果たす。


 やがて、グリムリーパーの姿がぐにゃりと崩れた。

 変形しながら球状になっていったそれが、王の体に飲み込まれていく。


 大きな光の塊が王の内に消え、程なく。

 現王オスヴァルト=ラッフレナンドの瞳に、くすんだ藍色の光が宿った。

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