第6話 薄暗い牢の中で・3

 気絶した少年兵は早々に引きずり出され、拷問部屋にはリーファとアラン、そして従者の三人となった。


 通風孔のような窓から、差し込む日の光が赤く染まっていく。夕方なのだろう。

 息を吐けば微かに白いもやが出る程に、部屋は冷え切っていた。

 灯りは其処此処についているが、暖を取るにはあまりにも心許ない。


 靴下と靴は脱がされたままだから、自然と足先から体温が逃げていく。

 膝を曲げ、冷えた足を大腿と臀部で温めながら、リーファはぽつりぽつりと話し始めた。


「私はグリムリーパーという種族です…」


 聞き馴染みのない名前に、アラン達が怪訝な顔をしている。


「グリム…?」

「所謂、死神、というものです。

 死者の魂を刈り取って糧にしています。

 ただ、純粋なグリムリーパーではないんです。母が、人間なので…。

 一応体があるので人として生きていけるのですが、素質はあると言われて、父からグリムリーパーの仕事は教わりました。

 母が身まかり、父が行方知れずになったので、父が続けていた仕事を引き継ぐ事になったんです…」

「まるでやらなきゃいけない仕事のように聞こえるけど…。

 死神の仕事をしないと、何か困る事があるの?」

「魂はグリムリーパーが刈り取らないと、救済されないんです。

 これは、魔物も人間も同じです。

 放置すれば、大亡霊に変容して周囲に危害を加えます。

 …人が知らない所で、人に害がないように活動しているんです」


 半信半疑といった表情で従者がアランを見やっている。視線に気付いたアランは、黙ったまま小さく頷いていた。

 それが何を示すのかリーファには分からなかったが、従者はリーファに顔を向け言葉を待った。


「…グリムリーパーにも王と呼ばれる方がいて、引き継ぎが決まった時、挨拶に伺ったのです。

 そこで、仕事を一つ任される事になりました。

 ───『力のある魂を回収し、王に献上しろ』と」

「何故?」

「詳しくは知りませんが………魔王軍の戦力にする、と。

 その為には、対象者を殺して回収する事も厭わないと、そう聞いています」


 隣接する魔王領の話が加わり、アランと従者の表情が険しくなった。


 ラッフレナンドは古くから魔王領の軍勢と領土の取り合いを続けていて、数十年前までは予断を許さない状況が続いていたという。

 昨今は魔王軍の侵攻頻度も減ってきているらしく、全てが国境で防衛出来ているというが。

 そこに『魔王軍の戦力になりうるものが加わる』というのは、王族としては気分の良い話ではないはずだ。


「…私は断りました。

 人間として生きている以上、人間に危害を加える事はできないと。

 父から教わった、グリムリーパーとしての矜持もあります。

 王にも、理解を示して頂いたのですが…一つ気になる事があったんです。

 ………見せて頂いた対象リストの中に、アラン殿下、あなたのお名前がありました」


 名を挙げられ、アランが眉根を寄せる。

 だが、それ以外に反応らしい反応をせず、仏頂面でリーファを見下ろしている。


「…私が断っても、同胞が殿下に危害を加える可能性があると、そう思いました。

 だから、警告の為に先日ここへ来たのですが…」


 今まで黙っていたアランは、不機嫌に言葉を返す。


「私の所へ、お前は来なかったが」

「…殿下が見たのは、こちらの、グリムリーパーの私」


 リーファが目を閉じると、彼女の体からずるりと別の体が抜け出てくる。


「おお…!」

「これは…!」


 アランと従者が目を見張り、驚きの吐息を零した。


 リーファから出てきた女は、空色の甲冑を身に纏った戦士のような姿をしていた。

 頭に羽根飾りを添え、橙の髪は腰まで伸ばしている。長大な鎌───サイスを携えた、半透明の異形だ。


 一方リーファの体の方は、壁と拘束具にもたれてぐったりしている。


 リーファと同じ声音で、女戦士が口を開いた。


「空間を超越できるので、移動が楽なんです」

「…なるほど、確かにお前だったな」


 こくりと女戦士は頷いて、姿が霧に消える。

 それからややあってリーファが目を覚まし、小さく頷いた。


「…これで、私が隠していた事は全てです」


 全てを白状してしまい、リーファは肩を落とした。


(言ってしまった…)


 アランが言っていた『隠している事』がこれであったのかは分からないが、思い当たる事はこれしかなかった。

 今まで通り、人知れず事務的に魂の回収を続けていれば良かったのに、国に関わる話が降って湧いて、気持ちが疼いてしまったのだ。


 ───王子の危機に対し、知らぬふりを決め込んでしまっていいの?

 警告に行けば、危機は避けられるのでは?───と。


 勿論、結果は変わらなかったかもしれないが。

 それでも『しないよりはマシだ』と考え、行動に移した結果がこれだ。

 自分の考えなしな性格が、結局自分の首を絞める事になってしまった。


「どう?アラン」

「…嘘は言っていないようだな」


 落ち込んでいるリーファの耳に、従者とアランの会話が掠める。

 そのやり取りに奇妙なものを感じ、リーファは顔を上げた。


「…なんで、そう思うんですか?」

「…ん?嘘をついたのか?」

「そ、そうでは、ないですけど…」


 全てを見下すようなアランの目に見つめられると怖気が走る。居心地悪く、リーファは目を逸らした。


 アランの横で失笑した従者が、リーファの疑問にあっけらかんと答えてくれた。


「アランはね。人の嘘を見抜く事ができるんだよ」

「おい、ヘルムート」


 ヘルムートと呼ばれた従者の軽口を、アランがたしなめる。


「いいじゃないか。ここまでしたんだ。遅かれ早かれ気づく事だろう?」


 従者なのは間違いないようだが、彼はアランと対等に接しているように見える。

 この国唯一の王子であるアランもそれを良しとしているようだし、不思議な関係だ。


(嘘を見抜く…?)


 ヘルムートの言葉を胸中で反芻し、リーファは先のやりとりを思い出していた。


 薬剤所に来た時はリーファの挙動をよく観察していたようだし、グリムリーパーの話をした時ヘルムートはアランに何度か顔を向けていた。

 どういう理屈なのかは分からないが、”嘘を見抜く”とは真逆と言える”真実も見抜く”事も可能なのかもしれない。そう考えると、しっくりくる。


(”正直者が住む城”って、そういう…?)


 以前聞いた寸言を思い出し眉根を寄せていると、ふと、廊下の方からがちゃがちゃと忙しない足音が聞こえてきた。


「アラン殿下ー」

 ノックもなく扉を開いて顔を出してきた兵士は、先程の少年兵ではない。

 ひょろりと背の高い、お世辞にも鎧の似合わない風体の青年兵だ。


 青年兵は、こちらの様子を見て色々察してしまったようだ。たどたどしく、アランに訊ねてきた。


「リーファという、女の子が、来なかったかと、診療所の、人が、見えたんですが…」

「!」


 はっとして、リーファは顔を上げた。

 遣いに出したリーファがなかなか戻ってこないから、診療所の誰かが様子を見に来てくれたらしい。

 だが。


「どうする?アラン」

「…今ここで解放したら、何を言われるか分からん。

 ───臨時で薬剤所の仕事を手伝わせているから、今日は戻らないと伝えろ」


 アランとヘルムートの決定は、当然と言えた。こんな怪しい女を、そのまま解放するなどまずあり得ない。


「了解、しました…」


 青年兵はリーファを心配そうに一瞥したが、自分に何が出来る訳でもないのは分かっているのだろう。

 諦めた様子で敬礼して、拷問部屋を出て行った。


 がちゃがちゃと忙しなく廊下を走る音が消えてなくなって、アランはこちらを見下ろしてきた。

 すぐに視線を外し、ヘルムートに命じる。


「これの処遇は明日決める。

 ヘルムート、部屋を用意しておけ。後は任せたぞ」

「はいはい」


 いい加減にヘルムートが相槌をする。


 アランは呆れた様子で鼻を鳴らし、マントを翻して拷問部屋を出て行った。性急なブーツの靴音は、すぐに耳に届かなくなる。


 音が聞こえなくなった途端、リーファの肩の力が一気に抜けて行った。


「助かった…、の、かな…?でも、なんで…?」

「まあ、こっちにもいろいろ事情があるんだよ。ちょっとね」


 独り言のつもりだったが、ヘルムートは人当たりの良い笑顔で答えてくれる。

 彼はポケットから小さな鍵を取り出し、腕を拘束していた拘束具を外してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る