保護者



───で、どうしてこんなことになったのかしら?


私はリヒトと2人、東地区の瓦礫がれきの合間を歩いている。


スルグレアの街中のはしには人の背丈せたけの倍以上の防護壁ぼうごへきめぐらされている。

被災地と街をへだてる壁。

それを越えるとかつての東地区から南地区にかけては全て立入禁止地区。


吹く風の音、ほこりの匂い、殺風景さっぷうけい瓦礫がれきの街。ここはいつ来ても身体中から寂しい気持ちが入ってくる。


「カシミール、ごめんね」


「もう2度とワガママ言わないで」


不機嫌に突き放すとリヒトは隣で少しシュンとなった。


孤児院に帰って、リヒトが置いていった野菜を整理している時にピアナ姉さんから呼び出しを受けた。

言付ことづけを受けたカッコねぇが今日の料理当番を代わってくれたけれど、少し嫌な予感はしていたの。


父様がきっちりと管理していることもあるけれど、ピアナ姉さんは予定外のことはあまりしない。そんな時は大体不測の事態だから。


話を聞いてみれば、リヒトがどうしても今日中にノヴォにぃと話がしたいらしいから、そこまでの護衛ごえいを頼みたいとの話だった。


連日の疲れや治療を考慮こうりょして今日は手合いを休息日にすること。

ノヴォ兄が明日まで東地区から帰ってこないこと。


それもあって今日のうちにとリヒトが懇願こんがんするものだから、私が急に護衛ごえいの呼び出しを受ける羽目はめになった。


───きっと姉さんもこの子のワガママに折れたのね。手合いにあせってるのはわかるけど何も今日じゃなくていいじゃない。ノヴォ兄が帰るまで待てないのかしら。


私は頼み事をしてきたピアナ姉さんの困った顔を思い出してまた余計にムスッとした。


「皆が迷惑するの。貴方あなたはまだ約束をクリアしたわけでもない。1人ではここに来れないんだから、これっきりにして」


「はい」


「離れないでついてきて」


力なく返事をするリヒトの前で私は耳をませてあたりに注意をはらいながら歩く。

東地区廃墟の中でも、街近くにまず屍人しびとはいないだろうけれど、いつどこで襲ってくるかわからない。


街から離れれば離れるほど、ここは空虚くうきょで切ない空気に包まれる。

屍人との遭遇率そうぐうりつも高くなる。

私はピオッジアをいつでも放てるように手に持ち、なるべく瓦礫がれきの少ない見晴らしの良い場所を歩いた。


「ノヴォさんは、双月そうげつ火耀かようの戦いの日以外にここへ来て何をしてるの?」


「着けばわかるわ。静かにしてて」


少し先に煙が見える。ノヴォ兄はあそこだ。

私は先の煙と私達の間に広がる瓦礫の密集地帯に目をめて警戒する。


───もしも出てくるとしたら、この辺り……。


少し迂回うかいして死角の少ない瓦礫の合間をう最中、両脇に広がる瓦礫の山からかすかな物音を拾った。


───ほら来た……。


瓦礫の山から突如とつじょ表れる屍人達の群れ。

1、2、3、4、5、6人。

それは私達を囲むように一斉に襲い掛かってきた。


───甘い……。遅いわ……。


私は瞬時にピオッジアの引き金を引く。

右前に3発。左前に2発。左後方の死角に脇越しから1発。

ピオッジアの6回の咆哮ほうこうを受けて、彼らはうめき声と共に硬直こうちょくし倒れた。


もう1人硬直こうちょくしていた。

私の左脇から伸びたピオッジアに驚いて耳をふさぎながら尻餅しりもちをついたリヒトが。


「す、すごい」


「早く立って。走るわよ。銃声で他のが寄ってくる」


私は手を差し伸ばして彼を立たせると周りへの注意をらさないまま走り出した。


「カ、カシミールはいつも銃で戦うんだ。狙撃そげき銃だよね?」


私の後を懸命けんめいに追いながらリヒトは言う。


「そうよ」


「そ、そういうのって照準器しょうじゅんきついてるもんじゃないの?」


「そんなもの邪魔なだけよ。もう黙って走って」


右前の壊れた壁の影からまた1人屍人が白い髪をのぞかせた。私は走りながらすかさずピオッジアで射抜いぬく。


ノヴォ兄がいつも頑張ってくれてるけれど、やっぱり東地区にはまだまだ残っている。

私は後ろで息を吐くリヒトをチラッと見た。


───いくら地下に隠れていたとはいえ、よくこんな所で3年も生き永らえたものだわ……。


私は走りながらポケットから取り出した布切れを彼に差し出した。


「そろそろこれで口をおおいなさい」


彼はキョトンとした顔でそれを受けとる。


「え?どうして?血霧ちぎりなんて見えないよ?」


「着けばわかるわ」


私も同じものをもう一つ取り出すと、走りながら口元に巻いた。


煙の位置からして、ノヴォ兄は旧フロレアの一番手前の広場にいるはずだ。

私は手と脚に力をこめて先へと急いだ。




幸い、それから屍人に遭うことはなく比較的早くノヴォにぃの居場所へたどり着くことが出来た。

壊れた街並に囲まれた広場は開けていて、その真ん中で大きく立ち上る炎が放つ臭いにリヒトが顔をしかめる。


「すごい臭い……」


彼は口元を押さえながら私の後ろで噎せかえった。


「おやまぁ、遠くで銃声が聞こえたと思ったら」


そんな私達に気付いて、炎から少し離れた瓦礫の上で腰かけるノヴォ兄は柔らかく微笑んでいた。

私は軽く瓦礫を跳ねてノヴォにぃの元へ近づいてゆく。


「ご迷惑な仔犬ちゃんがお話ですって」


ノヴォ兄は思わず苦笑いをこぼした。


「リヒト、ダメじゃないか。当主と約束しただろう?」


「ごめんなさい。1日も無駄にしたくなくて。ノヴォさんの話が聞きたいんです」


「やれやれ。ここでは何だから少し離れよう」


ノヴォ兄はそう言ってゆっくり立ち上がると、真っ黒いズボンのほこりを払って私に耳打ちをする。


「屍人は?」

「7人……」


彼は私の顔を見てまた微笑み、静かに言った。


「ご立腹だね。悪いねカシミール」


「銃弾が勿体もったいないわ」


「私からも謝るよ」


ペコリとあごで軽くお辞儀するノヴォ兄に続いて私も下へ降りてゆく。

ノヴォ兄は少し離れた建物を指差して私達を引き連れた。

リヒトは後に続きながら炎を振り返る。


「ノヴォさん、あれは?すごい臭い」


「屍人達だよ。ちょくちょく東へ来ては荼毘だびしている。そのままでは可哀想だから」


リヒトは黙って歩きながら、しばらく炎を見つめていた。

まだ夕方前だけど、冬の空は早めの薄闇うすやみを匂わせている。

炎はその空へ向かってどこか悲しげに立ち上っていた。


ノヴォ兄が指定したのは屍人の襲来の心配の無さそうな、所々壊されてはいるけれどまだ完全に崩壊していない建物の開けた屋上だった











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