夢の話

斯波らく

第一夜 夢の中の銃声(2022/06/25)

 女子のたくさんいる中に、ひときわ美人で金持ちで権力のある女子が入ってきて、銃を取り出す。たちまち銃声。悲鳴。そして静寂。

 この美人は、女子寮を一瞬で支配した。あい。それが彼女の名前だ。なぜ銃を放つのか、理由は誰も分からないが、とにかくこの場から逃げる必要がある。こうしている間にも彼女は人の多い場所を狙って撃っていく。


 彼女が来る前、というのは先ほどの一瞬以前のことだが、この高校の女子寮は平和だった。いわゆる女子特有のギスギスした空気というのを感じたことがないし、隣の男子校との交流も盛んでカップルもたくさんいる。外の人が予想するよりずっと和やかな空間だ。


 ……話を今に戻そう。あいが暴れている。彼女は寮ではなく、実家から通っているはずで、どうしてこの場所にいるんだろう。いや、そうじゃない。いま考えるべきは、私が逃げるべき場所はどこかということだ。

 考えるより先に体が動いた。少し高い場所にある出窓のカーテンの下。出窓だから縁があって、そこに身を丸めて隠れる。カーテンも手伝ってくれる。

 こうしているうちに銃は既に三発ほど放たれている。誰かがどこかで倒れている、だろう。パアンという銃の声は、音の大きさと強さでとても近い場所で発生したような気がしているが、人が倒れた音は聞こえてこない。人が倒れた場所が遠くて音が届かないのか、倒れる音が小さいのか、銃声の大きさに耳がキーンとして聞こえないのか。銃が軽く撃たれ、放たれた音が重く響き、人の落ちる音が聞こえない。


怖い。

何が怖いかなんて考えられない。

怖い。とにかく怖い。

隠れるために小さく折り曲げたはずの体が、ただ恐怖のために小さく、小さくなっていく。

震える。

震えたらバレちゃう。

震えたらダメなのに、怖くて震える。

震えを止めるために、まずは呼吸を整える。ふう、ふう。


 先ほどまでいた場所で、ハルカが怯えている。どこから入ったか、遙の恋人が彼女の肩を抱く。遙はその場で立てなくなり、体重を預けるように恋人の体に倒れ込み、そのまま地面にへたり込む。

 それを見つけたあいが近寄ってきて、二人に、銃口を向ける。思わず目をつぶってしまって、私が真っ暗闇にいる間一発の銃声が轟いた。しばらくしてから足音が遠ざかっていくのが分かり、目を開けた。どうしてそうなったかは分からないけど、柱に穴が空いていた。そして二人は無事だった。先ほどまでの恐怖で動けないことを除けば。


 あいは私のいる位置から離れていったようで、何度か聞こえる銃声も遠くなっていった。近くにいた同級生たちと息を潜めて話をする。どうにかして取り押さえて去ってもらうか、それとも私たちの方が外に逃げるか。

 黙って目を合わせていると、皆が同じことを考えているのが分かる。今、この寮内に留まるのは危険すぎる。逃げよう。

 その場にいたみんなでこっそりと寮を抜け出し、騒ぎを収めてくれそうな大人や知り合いの男子校生に声を掛けていく。外部の人の協力がなければ、彼女の暴走は終わらない。高校の女子生徒は彼女の支配下に置けるかもしれないが、外部の人間にまで勢力を広げられるほど、彼女の権力は強くない。

 はやく彼女を止めようと急いで寮に戻る。息が苦しいけれど、そんなことは言ってられない。


足が痛い、胸が痛い、怖くて戻りたくない。

みんなが行くから私も行く。行かなきゃ。


 寮に戻ると、あいの近くには一人の小柄な女性がいて、どうやら彼女のメイドらしい。メイドというよりは従者といった雰囲気だが。その人は表情を変えず彼女を手伝っている。私の横から力の強い大人たちが駆け出し、あいとそのメイドを取り押さえる。手首を強く掴み、あいの握力を弱めて、銃をスルリと取り上げる。銃から弾を抜いて、それぞれ別々の場所に持っていく。あいはそこで諦めたようにして、そのまま帰っていった。

 残された我々は後始末に追われた。思い出したくない記憶なので、詳しいことは覚えていない。だが、意外なことに死者はいなかった。足を怪我している人は多くいたが、いずれも命に別状はなかった。



 一週間後、寮に戻ろうとしたら寮内から鋭い音が三度した。聞いたことのある音、と、ともにフラッシュバックする一週間前の無惨な光景。赤く水たまりのある床。血を拭いた雑巾。雑巾を入れたゴミ袋。足がすくむ。すくんでいる間に考える。

 逃げるか、助けるか。

 助けるにしても、いま私がこのまま突入していくのでは、助かるものも助からない。どうする。目玉だけを動かして辺りを見渡す。

 ダメだ、逃げよう。


 走り出した先は大型スーパーの駐車場だった。無意識に薄暗くて見つかりにくそうな場所を選んでいた。特定の人を狙っているわけじゃないのに、自分が狙われているような気持ちがして、「他の誰か」が誰もいない場所に来てしまった。


は。

人がいる。

こちらに向かって歩いてくる。

だれ……知り合い?


 その人は私の目の前で立ち止まり、動かない私に「どうした?」と声をかけてくる。安心感のある声、優しい声、聞き馴染みのある声。幼馴染の優人ユウトだった。例の男子校に通っている。

 私は安心してその場に座り込み、ふう、と一息吐いて話し出す。「いま、一週間前と同じことが起きている。」「助けたい。でも私一人だけじゃ助けられない。」「助けて。」

 優人は頷く。「大丈夫。やろう。」

 今度もまた外部の人の協力を仰ぐ。でも今度は、私たち内部の女子生徒があいを止めなければ同じことが繰り返されるだろう。


 バタバタと大勢を抱えて、寮に戻る。私がそうであったように、中に入るべきか逃げるべきか迷っている寮生が七人いた。一緒に行こうと声を掛けると、三人が付いてきてくれた。

 物音を聞いて推測するに、あいは食堂にいるようだ。そっと隙間から食堂を覗き、彼女の背後に回る。正面には外部の人たちが待機してくれ、私を含む寮生四人が彼女らの背後に回り込む。

 優人の合図で正面と背後の両方から一気になだれ込んでいく。一瞬の怯みを逃さないようにして、私たちはあいとそのメイドの腕を一本ずつ両手で掴む。絶対に離さない。絶対にやめさせる。あいは激しく抵抗する。力が強い。必死でおさえる。


「ねえ、このメモがあなたの暴れてる理由?」

私がこれほど必死なのに、余裕そうな声が後ろの方からする。なんだ?

「『あい 嫌いで ドジする』ってあなたの字で書いてあるけど、これが原因だったりする?」

そんな簡単なメモ書きが、この騒動の原因だとは思えないですが……と思いつつも、あいの抵抗に対抗していく。

「ねえ、そんな簡単なアナグラムも解けないの?」

強い力で腕を動かしているのに、息切れもせずあいは話し出す。

「それはね、初等部の時に書いたものなの。でね、もういらないの。」

抵抗が弱まる。

「そろそろアナグラムは解けた?濁点は関係ないよ。」

あいはほとんど腕に力を入れていないが、私はしっかりと掴み続ける。

「並び替えると『頼斗らいと好き愛してる』になるの。可愛いでしょ?それ、もういらないんだあ。」

余裕そうな台詞とは裏腹に、だんだん声が震えてきて、あいの腕は私が持ち上げないと上がらないくらいすっかり力が入っていなかった。

「もう、もうね、」




という夢を見た。夢なのに緊張して疲れた。

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