4−3−4 甲子園・急 習志野学園戦

 館山の投球練習が終わる。右投げのスリークォーター。その投げ方自体は何も特徴的ではない。だがそれ以上に抑えを任されるような特別な才能があった。


 それは変化球の種類。館山はナックルカーブに高速スライダー、フォークにサークルチェンジという四球種を使えるのだ。全部が違う方向なためにそれだけで脅威になる。速度も全部異なるために打ちづらい。


 そんな虹の魔術師とも呼ばれる彼の変化球は芸術的だった。それだけ全部の変化球がよく曲がる。そんな変化球とコントロールの良いストレートで凡打の山を築くタイプの投手だ。


 ストレートも145km/hは出る。そんな逸材が何で先発をやらないのかと言うと、長いイニングを投げれば投げるほど変化球のキレが落ちる。変化球がまともに使えなくなってしまって先発なんてできないのだ。


 だからこそ、この二枚看板システムが生きた。才能があってもエースになれないような投手が生きる場所。それこそが習志野学園だった。


 千葉はおろか、全国でも有望な強豪校で甲子園の頂に近い場所。そこへ才能がない人間でも活躍できる可能性がある。館山が食いつかない理由がなかった。


 先発として才能がない人間は高校野球で芽が出にくい。ベンチ入りの人間が限られている高校野球ではどうしても長いイニングを投げてもらう必要が出てくる。スタミナがない投手はよっぽどのエースがいないと活躍できない。


 そのシステム上、館山が目指すには一番良い高校だった。ここ以外で大成したかもわからない。その能力からエースに据えられて中盤から失速するような投手になって名前も馳せないくらいの投手にしかなれなかっただろう。


 だが、今や館山は習志野学園の黄金リレーの一角だ。こういうのは起用方法と才能の見極めが大きい。だがここまで投手を豪華に使えるのは習志野学園の選手層の厚さがあるからこそだ。


 館山はピンチでの緊急登版だが特には気にしていない。こういうことはよくあって、ブルペンで十分に準備ができているので肩もしっかりとできている。


 対する打者は早川。得点圏で一番打者という巧打者を迎える。その初球、選ばれたのは高速スライダー。それがしっかりとアウトローに決まってストライク。


 続く二球目はストレート。これがインハイに向かい、早川は避けながら見逃す。対角線を交互に投げられるほどのコントロールはある。次に投げられたのはストレート。これが真ん中低めに投げられて早川が手を出してバックネットに当たるようなファウル。


 追い込まれて早川は頭を回す。手数が多いというのはそれだけで考えることが出てくる。緩急やストレート、コース。涼介のリードなんて読めないが、早川は的を絞る。突拍子のないリード、裏をかくリードと言われても何度か見ていれば傾向も掴める。


(こいつの性格は悪い。変化球投手なのにストレートとか選ぶだろ。そういう奴だ。実際館山は変化球投手の癖にストレートも十分武器になる。だからこそのストレートだ!)


 メタ読みのような要領で決め球を絞る。球種も多くてキャッチャーのリードも突飛だとこうでもしないと打てない。


 四球目。


 インコースに来た速いボール。早川がバットを出すがそれはホームベースの近くで曲がる。ボールがバットの先に当たってしまいセカンドゴロに倒れた。高速スライダーの変化に合わせることができなかった。


 エラーなどもしないまま、三アウト。せっかくチャンスを作ったというのに得点ができない。


 打の帝王といえどもここまで点が取れないものかと誰もが思う。帝王の攻撃力は予選とこの甲子園で散々見てきている。習志野学園相手に六点も奪っているのは予選・甲子園含めても帝王しかいないが、逆に言えば帝王がたったの六点で抑えられているのだ。


 絶対的エースがいて守備も鉄壁だった白新にはそれ以上に抑えられた。予選決勝の臥城には同じような継投でやはり六点に抑えられた。帝王が継投が苦手、というわけではない。基本的に特徴の違う投手がポンポンと出てきたら普通は困惑するのだ。


 しかも出てくる投手のレベルが全員高い。これだけの投手陣から六点奪っていることをむしろ褒められるべきだ。


 だが、どれだけ理由を並べても無得点だった事実は変わらない。攻守の交代が行われて八回の裏、習志野学園の攻撃は九番の館山から。本当だったら八回の先頭打者には代打を送るつもりだったが、館山が習志野学園最後の投手なので代打を送ることはできなかった。


 一応もう一枚の看板である高橋がブルペンに入っていた。何かあった時のために準備をしているだけで、登板することは基本ない。保険としてその日に先発していない片方がブルペンに入るだけで、公式戦では一回も抑えとして登板したことはない。


 グラウンドに目を戻して、実はこの夏の公式戦で館山は初打席だったりする。予選はほぼ全部コールドだったので登板機会が少なかった。最終回に投げることが多い館山は打席が回ってくる可能性が限りなく低いのだ。


 さて、そんな館山の打力は。


「なっ!」


 決して甘くはなかったのだが、ストレートをレフト前に運ばれていた。投手は野球センスが高い人間が務めることが多い。館山は先発適性はなかったが、野球センスは全然悪くない。


 ここで打順は一番に戻っていく。柏木が打席に入り、その柏木は初球から振っていきまたレフト前にヒットを打っていた。フォークをしっかりと掬い上げて連続ヒット。


 ノーアウトでピンチが広がったところで、二番の常盤が送りバントの構えをしていた。そこまで貪欲に点を奪いにくるかとも思ったが、今は一点しかアドバンテージがない。最終回を迎える前にもっと点をキープしておかなければ心許ない。


 その結果、常盤は送りバントをする。しっかりと決めて送りバント成功。一アウト二・三塁になってここからクリーンナップ。


 帝王バッテリーもなりふり構わなくなった。続けて投げたSFFを三番の八柱は打ち上げてしまった。センターに高く上がったフライは飛距離さえあれば犠牲フライになれたかもしれないが、高さばかりで飛距離は全くなく、定位置よりも前のフライになった。


 三塁ランナーの館山が投手ということもあって無理に本塁へ突入しなかった。ランナーは動けないままアウトカウントだけが増える。


 どうにか失点しないまま二アウトまで漕ぎ着けていたが、今日に限ってはこの打順が嫌になる。中原はそう感じていた。いつもだったらここでこの男には回らなかったのだ。


 今日は四番に座っている天災・・。羽村涼介が左打席に向かってきていた。


 先程の打席で大久保は涼介に打たれている。ここで長打を打たれたら二点は確実に失う。単打でも打球の場所によっては二塁ランナーの柏木も俊足なので帰ってくるだろう。


 ここでの失点は絶対に防がないといけない。なら、バッテリーが取る手段は一つしかなかった。中原はベンチにいる東條監督の方を見て、東條監督が頷いたことで立ち上がった。


 右打席のバッターボックスから更に離れて、キャッチャーミットを大きく三塁側へ出す。


 敬遠だ。


 涼介の打撃成績を鑑みたら当然だと考えるもの。真剣勝負から逃げることをカッコ悪いと、高校野球くらい全力で勝負をしろと批難する者。ここでその選択ができることは英断だと褒める者。


 一年生相手に情けないという声も出てくるかもしれなかったが、東條監督はここはこれがベストだと思っていた。帝王は追いかける側。そして相手は守護神と呼ばれる投手が全開で投げてくるのだ。逆転するにはこれが最善。


 満塁の方がかえって守りやすい。内野ゴロだったら近くの塁を踏めばいいのだ。


 一球、二球と投げていくと球場でブーイングが起こる。


「勝負しろ!」


「それで勝って嬉しいのかよ!」


「恥を知れ!四番だからって、まだ一年生だぞ!」


 そんな外野からの野次が聞こえてきたが、帝王の面々は無視をする。たった一点しか差がなく、相手は一番警戒しなければいけない打者。ここでプライドを優先して打たれて敗北しました、となるよりは確実な一手を選ぶ。


 甲子園優勝を目指しているからこその選択だ。


 しっかりと四球外して敬遠。ランナーが満塁になって五番の中原が打席に向かう。


「中原、打ってくれ!」


「卑怯な連中に負けるな!」


 一定数そんな声が飛び出るが、敬遠はしっかりと認められている戦法だ。五打席連続敬遠をしたわけでもなく、重要な場面でこれを選んだだけ。卑怯でもなんでもない。


 この球場の空気の悪い変化に充てられたのか、中原は力んでしまいファーストゴロ。三間が自分で捕って自分でベースを踏んでチェンジ。


 帝王の作戦勝ちだ。


 最後の攻撃へ希望を託すことができた。これにとやかく言われる筋合いはない。


 ブルペンでは智紀が投げるボールが町田のミットをバシンバシンと鳴らしている。それだけ気合が入って準備をしていた。


「さあ、逆転しようか!お前たちのバットで甲子園を沸かせてくれ!」


「「「はい!」」」


 6-7のまま、九回に突入していく。


 決着はもうすぐ。

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