4−3−2 甲子園・急 習志野学園戦
葉山が転がしたボールは良い感じに力なく転がっていった。三塁線に転がったボールをサードの滑川が素手で捕球してすぐに投げた。滑川の足が速かったこと、肩も申し分なかったこと。そしてほぼないだろうと思いつつも状況として送りバントはあるなという意識があったこと。
これらのことから奇襲として完璧だったセフティーバントは、残念ながら葉山も生き残ることはできずに送りバントという結果に終わってしまった。
「惜しい〜!」
「っていうか、キャプテンがバントって。初めて見たぞ」
「ウチでそもそもバントが珍しいのに、クリーンナップだからな。そりゃあ見覚えないだろ」
三年間一緒だった三年生ですら初めて見たのだ。相手の頭にあるはずがない。だというのに処理をしてしまった習志野学園の滑川がおかしい。
一アウト二塁になって打席には四番の倉敷が入る。その倉敷へ葉山は強い視線を向けていた。
「頼んだぞ。俺らの大砲」
葉山のチーム内のライバルと呼べる存在は倉敷だ。打力はもちろんのこと、キャプテンに選ばれそうになった才能の持ち主で一年生の秋からレギュラー、プロのスカウトからも声を掛けられているなど共通点が多い。三遊間を守っていたこともあって一番意識している相手と言えるだろう。
その倉敷と、期待の一年生に全てを任せる。ランナーは足の速い間宮だ。ワンヒットで十分得点を入れられる。
強硬策よりも安全策を選んでチャンスを広げた。これが吉と出るか凶と出るか。
倉敷はチームの期待を一身に浴びて打席に立つ。
茂木のボールはどれも近しいものは覚えがあった。ストレートは名塚の方が速かったし、カットボールも智紀の高速スライダーと比べれば変化も小さい。ムービングは小林で慣れている。高速シュートも全国を巡った練習試合で経験済み。
茂木とは関東大会でも対戦している。ストレートの感覚も掴んでいた。
初球の高速シュートを真後ろにチップ。一番経験のない高速シュートにもアジャストできていることから茂木のボールには全て対応可能だと見せ付けていた。
二球目はストレートがアウトコースに外れてボール。間宮は涼介の肩を警戒して三盗はしなかった。二塁でも刺されてしまうためにもっと近い三塁への盗塁は無謀だと考えて盗塁は考えていない。倉敷が右打者なために三盗は走者有利だが、それを差し引いてもストライク送球をレーザービームでされたら刺される可能性の方が高い。
だからこそ間宮は主砲に全部を任せた。
三球目はストレートが低めに外れてボール。一ストライク二ボールと打者有利なカウントになる。こうなれば倉敷も次のボールを積極的に狙っていくし、バッテリーとしてはここで是非とも追い込みたい。
そんな大事な一球に選ばれたのは、真ん中から落ちるカットボールだった。
倉敷は膝下へ落ちていく回転の少ないボールを弾き返した。狙っていたのがカットボールではなかったのか、打球がライトへ流れる。それでもボールは伸びていきライトの八柱は下がっていった。
八柱が足を止めたことで長打だと思って上がった歓声が途切れる。だがその飛距離は間宮からすれば十分な距離だ。八柱もフェンスギリギリまで下がる。捕球したのと同時に間宮がタッチアップ。三塁へ余裕で到達し、二アウトながら三塁まで進んだ。
できれば倉敷で点を奪いたかったが、最低限の進塁打は打ってくれた。後は三学年を合わせても打撃で期待されている三間に全てを託すだけだ。
今日の三間はきちんと結果を残している。当たっている日というのは得てしてずっと調子が良いものだ。少し格好のつかない打球だとしても結果が出ていれば形なんてどうでも良い。
習志野学園バッテリーとしては勝ち筋は三間は茂木のボールが初見だということ。春大会ではベンチ入りもしていなかったので打席に立ったわけではなく、この甲子園が初めてだ。だが、この一つの事実では慢心できない。
先程の打席で初見だった柳田の球を不格好ながらライト前にヒットを打っているのだ。
(三間本人のことは正直あまり知らないが、こいつのスイングスピードと対応力は本当に厄介だ。この身体だからこそ勘違いしてそうだが、こいつの本質はスラッガーというよりも巧打者タイプだな)
涼介はそう考える。スラッガータイプというのはここぞという場面で決定的な一打を打ってくるような人種だ。だが三間はどちらかというとその動体視力と超反応によって凡退しない、ヒットでも良いから出塁するようなことが得意なタイプだった。
筋力も上背もあるためにホームランも量産しているが、涼介の見立てではアベレージヒッターだ。それくらいヒットを打つための材料が揃っている。
もちろん一本足打法を成立させるための足腰の強さや、横幅に見合った筋肉量。そしてスイングがブレないリストの強さなど強打者らしい要素も揃っている。涼介と共通する部分もあるだろう。ホームランを打てる材料は揃っているためにホームランも出る。
ホームランは確かに目立つ。打てる人間はボールを遠くへ飛ばす才能がる人間だけだ。いくら筋力を付けようが、インパクトの瞬間にバットからボールへ力を伝える感覚、そして打球を上げる角度を調整できる人間じゃないとホームランなんて打てない。
極論を言ってしまえばゴルフスイングのように思いっきりボールを掬い上げて、バカみたいに筋力を付ければホームランを打てる可能性はグッと上がる。ボールに当てられれば、だが。
まずそんな極端なスイングをしていたらバットに当たらない。そして投手もアッパースイングで当てられないようなコース、もしくは球種を投げる。最近の肉体改造理論の発展により打力は野球界全体で伸びているが、だからってホームランバッターはそんなに増えていない。
身体を作っても技術が追いつかなければホームランなんて打てない。強い打球は打てるようになるが、ホームランは他の要素も数多く必要なために安定してホームランを量産できるというのはそれだけで価値があるのだ。
だから三間も注目される。ホームランを一年生の段階で複数打っているだけで警戒する。
ホームランがあまりにも野球にとって特別すぎて、それが三間の本質を隠してしまっている。涼介はそう結論付けた。
(ホームランも打てる打率の高い打者。いざとなれば確実な一打を狙ってくる。ホームランだけを考えてくれる打者なら対処も簡単なんだけど、そうじゃないっぽい。一応ホームランなら同点っていう場面なんだけどな)
三間は一発を狙っていない。今考えていることは先輩たちが繋いでくれたこのチャンスで絶対に間宮を生還させようということだけ。
だからこそ、涼介からすれば厄介だった。大振りしてくれれば楽なのに、堅実な一打を狙ってくる。
初球は試す意味もあってストレートを要求。若干アウトコースに外れたものの打てると思ったのか三間はバットを出した。それは三塁側ファウルスタンドに吸い込まれていく。
ボール球がストライクになったのなら儲け物だ。
(うーん。正直歩かせても良い気がしてきた)
涼介はそう思ってアウトコースから逃げるシュートのサインを出す。その意図がわかったのか、茂木は信条もあって首を横に振らずに投げた。
これにはピクリと反応したものの見逃してボール。
三球目も高めに外れるストレートでボールに。涼介はカモフラージュとして「楽に!」と声を掛けつつ肩を回しながら返球する。
三番・四番を抑えつつ、一年生の五番を敬遠するのかということは後で問い質されそうだが、こういう勝負勘と結果を出す人間に年齢や打順なんて関係ない。決勝打が八番のヒットだった。逆転の一発は一年生のものだった。そんなドラマは捨てるほどある。
四球目のムービングボールが、インコースの手の届く場所へ届いてしまうことも、よくやることだった。
それを三間は見逃さない。バットの近くで動くボールにアジャストさせて打球は右中間へ飛んでいった。打った瞬間三間はガッツポーズをしていたが、その打球はノーバウンドで飛んでいくもののフェンスに直撃してあわや同点ホームランかと思われた打球は最後で失速していた。
「んがっ⁉︎」
三間が唸り声をあげながらも、しっかりと走る。三塁ランナーの間宮は余裕で生還して、三間も二塁に到達。一点差に迫るタイムリーツーベースを打っていた。
この結果に涼介はたまらずタイムを取る。
「すみません。明確に身体ごと外すべきでした」
「いや、俺のコントロールミスだ。それに一年生を敬遠したなんて外聞が悪すぎてできやしねー。王者なりの苦労ってやつだな」
「新聞やネットとかで叩かれそうですね。打たれたものは仕方がありません。切り替えていきましょう」
「ああ。今度はコントロールミスをしないように気を付ける」
そんな短いやり取りの後、涼介はかなりの強心臓の持ち主か打たれたばかりのムービングボールを要求する。コントロールミスさえしなければ打たれなかったと茂木に知らしめるためだ。
そんな涼介の意思が通じたのか、六番の中原はムービングを引っ掛けてセカンドフライに倒れる。
6-7になって攻守交代。涼介はすぐに打席なので防具を外してもらうのを手伝ってもらいながらヘルメットを被った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます